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人間編【身銭依存】

第5話 売買

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 後ろにいたはずの人間たちも、輝きに目を奪われている。
 今なら反撃に出れる。
 拘束もされていないし、注意も疎かだ。
 なんて無様。
 これならいつでもやれる。
 そうおもうと、今やるのは少々めんどうになって何もしなかった。
 それをどう受け取ったのか。
 狐塚様は高笑いを響かせた。


「は、はは……ははははははは!! やっぱりそうだ! これが本物だ! あれは偽物だったんだな!! これだ……これを買ってくれ! 俺の満足のいく値段でなければ別の所に売るぞ!!」
「ボ、ボスに連絡するんだ!」


 諦めたように見えたのだろうか。
 それを本物と信じているようだ。
 他の輩も輝きに魅了されたのだろう。
 上の人間に慌てて連絡を取る。
 必死に伸ばした手で高く掲げられた龍の一部は輩たちの顔を所々照らす。
 ああ、なんて汚い。
 悠々と足を組み、狼狽え、笑い声や驚嘆の台詞をあげ続ける人間どもを観察する。
 本物を知らないくせに本物と信じ。
 たかが噂や妄想を信じて疑わず。
 偽物を渡してきた存在から奪ったものを『本物』だと決めつける。
 ……もしやこれが、短命な人間の人生の楽しみ方だろうか?
 短い人生をどう楽しむかと言うことだろうか。
 …………んなわけないか。


「よおよおどうしたよ。静かだな。本物を奪われたってのに」


 いつの間にか思考に没頭していたようで、眼前の汚い存在に気付かなかった。
 私を見下げる顔に苛立ちつつも、まだ私は冷静でいられている。


「果たしていくらの値がつくのだろうかと思いまして」
「なぁに、てめーもきになっちゃう!? やっぱテメーも売ろうとしてたのか!? ざぁんねんだったなぁ! お前にはなんもねぇよ!!」


 椅子の座面を蹴られる。
 縛られてはいないので倒れることもなくただ立ちあがった。


「そこで見てな」
「あんた。十億でどうだ?」
「は? 本気で言ってんの? 話にならねぇ。別に行くわ」
「ま、待て! …………十だ。十億でどうだ」
「あー……そんだけあれば一生いけるか? いや、確実じゃねえからな。まだ足りねぇ」
「っ、少し待て」


 ほう。
 狐塚様は人生のお金が欲しいのでしょうか。
 まだお若そうなのに、もうすでにドロップアウトと言うことでしょか?
 ……他人が楽をするために使われるのは、根も葉もない噂をたてられるよりも――


「不快だ」
「百億でどうだ!!」


 私の呟きは、部屋の輩の一番上らしき人間の声にかき消された。


「よし、いいだろ!! これで俺は一生豪遊だ! 周りの奴らがうらやむ生活を手に入れるぞ! さっさと金持ってこいや!!」
「おい」


 輩の下っ端らしき奴が、スーツケースを持ってきた。
 床に引いて開けばこの世界の通貨。
 しかし私の知識では百億にしては少ない。


「ここに十億」
「は?」
「百億も現金で渡して、持って帰れないだろ。ほら」
「……ああ、web口座」
「俺たちの独自のものだ。残りの金はお前の口座に今振り込んだ」


 長方形の板に映し出された何かに触れる。
 映像だろうか、なんだろうか。
 切り替わったものを見て、狐塚様の目を弧を描き、唇を舐めた。
 鼻唄でも歌い出しそうに体を跳ねさせながら、スーツケースを閉じる。
 男に小箱を突き出した。


「まいど」


 まるで自分のものの様に扱われる、の一部。
 そろそろ苛立ちがピークになってきた。
 足元に転がっていた椅子を踏み砕く。
 破片が飛び散り、そこら辺の輩にぶつかったのか痛みを訴えた。
 それよりも。
 突然の破壊音に驚いたのだろう。
 値段の交渉をしていた狐塚様も。
 電話に夢中な輩も。
 一斉に私の方を見た。


「下賤な人間ども。よくもの一部をもてあそび、よくもにその愚かな姿を晒してくれたな」


 俺の一番近くにいた人間の頭が飛んだ。
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