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人間編【赤い糸と真っ赤な嘘】

第2話 廃れた大地に一滴の水

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 ―――――……





 ガラスが割れ、吹き曝しの窓。
 ひび割れたコンクリート。
 室内に生えた雑草。
 外は雨が降っていて中が薄暗く寒い。

 予め準備しておいた畳みに上がる。
 炬燵の電源を入れ、いそいそと足を入れる。
 これのために車椅子を置いてきたと言っても過言ではない。
 ……背中が寒いので半纏も持ってきても良かったかもしれない。
 ポットと急須でお茶を用意。
 湯気が温かい。
 サングラスが白く濁る。
 読みかけの小説に手を伸ばす。

 ……。
 ……。
 ふむ。
 ホラーも面白い。
 他にはない感情の動きがありますね。
 廃墟という静かな空間で読むとさらに良し。


「あの……」
「おや。これはこれは失礼いたしました」


 ロングスカートと丈の長いコート。
 首周りのマフラー。
 特徴的な口元の黒子ほくろ
 全体的に色味がベージュ系でまとめられていて、所々にある差し色がセンスの良さを感じさせる。
 お仕事終わりだろうか。
 セミロングの髪が風に揺れ、顔の周りで遊んでいる。
 ちらりと見えた耳と頬が寒さのためか少し赤らんでいる。


「ご依頼人の方ですね」
「あっ、はい」
「お名前をお願いいたします」
山羊やぎ ひとみです」
「ありがとうございます。確認しました。どうぞ。あたたかいですよ」
「あ……はい」


 靴を脱いで畳に上がり、正面に腰掛けた。
 背中が寒いので上着は着たままを推奨した。
 お茶をもう一杯入れ、湯呑を手渡す。


「どうぞ」
「ありがとうございます」
「迷われませんでしたか?」
「いえ、大丈夫です。こういうところ好きなので」
「おや。何かご趣味ですか?」
「はい。廃墟の写真を撮るのが好きで、良く調べてるんです」
「素敵なご趣味ですね。よろしければ見せていただくことって可能ですか」
「今スマホに入っているものでよろしければ」
「ぜひ」


 緊張で強張ってた表情が緩み、いそいそとカバンを漁ってすまーとふぉん・・・・・・・を取り出した。
 炬燵の暖かさと向こうの好きなこと。
 それは心身の緊張をほぐし警戒心を解く有効な手段。
 相談事をしていただくうえで、頂ける情報は多い方が良い。
 緊張したままでは話してもらえないことも多い。
 廃墟と炬燵というアンバランスな組み合わせは、普段とは違うという異質さを出し、逆に日常と違うからこその安心感へと変わることもある。


「どうぞ」
「ありがとうございます」


 すまーとふぉん・・・・・・・を手渡される。
 サングラスをずらして拝見する。


「……廃墟とは味がありますね。建物だけでもそうですが、天気や風景によっても全く印象が異なりそうです。外から見た廃墟は壮観ですが、廃墟の中から撮ったお写真は別世界にもつながっていそうで」
「そう、そうなんです! 大体の人は『不気味』という一言でくくってしまうのですが、それは一面でしかないんです。侘しさというか。物寂しさというか。そこには一つの物語があって、それは感じ取った人にしかわからない。それは普段の生活ではなかなか感じ取れない新鮮さもあって――」


 熱心に話される山羊様。
 普段はご趣味の話はあまりしないのか、それとも毎回のことなのか。
 緊張は廃れて消えたように見える。

 彼女の熱が治まって上着を脱ぎ始めたのは、約三十分後ことだった。
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