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人間編【赤い糸と真っ赤な嘘】

第6話 爛ラン乱

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 調査をまとめながら考えていた。

 今回調査した『羊木ようき 灯里あかり』という人間というのは。
 つい先日『山羊やぎ ひとみ』という名前で私に依頼してきた女性と同じ人間だった。
 双子、または人違いというわけではなさそう。
 そして今回。
相馬そうま 俊生としき』という名前で私に依頼してきた男性。
岡平おかひら達馬たつま』という名前の男性と同一人物であった。

 二人はお互いに偽名を使いながら私に依頼を出し、その裏で逢瀬を続けていた。
 ――これは何かの罠か?
 人間如きに罠にかけられたところでどうということはないが、『罠』という時間を無駄にしてしまう行為には怒りを抑える自信はない。
 もちろん、『罠』と決まったわけではない。
 視野と考えを狭めるな。

 ……。

 二人は生命体で声帯を持っている。
 けれど自分では言おうとはしないのが今。
 それでもユズを連れてくれば、二人の欲求考えは容易にわかるだろう。
 だが、何故かそれをする気にならない。
 意地、ではない。
 私にそんな概念はない。
 ではなぜか。

 ……。

 二人が嘘をついている様には見えなかったからだ。
 隠し事はあるだろう。
 けれど、話していること、つまりは内容に偽りは感じなかった。
 その直感を信じるのが意地というのならば訂正しよう。
 私にも意地という概念はあったのだと。

 では。
 その概念を信じたうえで、また同じ場所で森林浴に勤しむ相馬そうま様に結果を報告するとしよう。


「はぁー……良いですねぇ」


 まるで温泉にでも使っている様に没頭する姿。
 少し申し訳なくなってくる。
 けれど、私の時間も大切。
 このような複雑な案件、欲しいのは確かだが、私が関わった上で複雑になるのは御免被る。


相馬そうま様」


 意を決して呼びかけた。


「ふぇ?」


 腑抜けた返事が返ってきた。
 多少、苛立った。


「ご報告なのですが」
「……あ、ああ、はい。はい。そうですね」


 忘れてたなコイツ。


相馬そうま様がご心配されていた『裏』というものは見つかりませんでした」
「え、ほ、本当に?」
「はい。人当たりがよく交友関係は広いようですが、男性とお二人になるという機会がまずありませんでした。集団で食事、というものはありますが、現地解散後、その日のうちに自宅へ帰宅されています。怪しさの欠片もない、疑う余地のない女性です。まさに清廉潔白と言っていいでしょう」
「……そ、そうか……そうなのか……っ!」


 静けさに似つかわしくない、力のこもった声と拳。
 自信がないというご本人の問題はさておき、お相手が遊びではないとわかったのはやはり嬉しいようだ。
 いや、彼女が自分に対して真剣な交際をしているということが、自己肯定感を上げているのだろうか?
 人間の恋心は男も女もよくわからない。


「じ、実は、彼女から同棲を持ちかけられているんです……。僕、女性にひどい目にあわされたことがあって、不信だったんです……。でも僕、彼女のために頑張ります!」


 ……何を?


「とても素敵な女性です。大事にしてあげてください」
「はい! ありがとうございます! ライターさん!」


 不安が取り除かれたからか。
 考え方が変わったのか。
 森林浴の効果か。
 意気揚々とスキップを踏んで森の外へ抜けて行った。

 私はしばらくその場に留まることを選んだ。
 私も森林浴をしながら、今後を考えることにしよう。

 偽名を使っている理由。
 そもそもどちらが本名でどちらが偽名なのか。
 普通に考えれば……いや、どちらかと言えば、私に名乗っている方が偽名の可能性はある。
 私のような怪しい奴が、『幸せ本舗・ハッピーエンド』という怪しい相談所で、こんなよくわからない場所に案内されるのだから。
 普通は依頼すらしないだろうし、案内状を出してもバックレてしまう客だっている。
 それでも来るのは、相当切羽詰まっているか、対価にしり込みしているのか、普通・・の手段では普通・・の相談所や探偵が使えないのか。

 ……。

 はてさて。
 本当ならばこの依頼はすでに終了している。
 だが、やはりどうにも腑に落ちない。
 このまま気にしているようでは私の時間に支障が出てしまう。
 ……となれば。


「調べるほかありませんね」


 山羊やぎ様も、相馬そうま様も。
 向こうから再度依頼があるか、私からアクションを起こさない限りは接触する予定はない。
 ならばユズたちに頼ることは難しい。
 たまには自分の足で稼いでみましょう。
 日ごろの運動不足を解消しましょうか。
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