上 下
74 / 96
人間編【赤い糸と真っ赤な嘘】

【赤い糸と真っ赤な嘘】①

しおりを挟む
 その女は飽いていた。
 十代にして全てに飽いていた。

 幸いにも比較的整った容姿。
 それを好んでくれる周囲。
 もてはやされる毎日。
 毎日。
 毎日。
 毎日。
 同じ毎日は飽いても来る。

 女は刺激を求めた。
 何か、簡単には手に入らない出来事。
 凄いこと。
 珍しいこと。
 すごいこと。
 楽しいこと。
 なんでもいい。
 なんでもいいから、この乾いた日々をどうにかしてほしかった。

 思い立つのは、普段は行かない場所に行くこと。
 学生だった女は夜の街に出た。
 学生故に制限がある。
 時間も。
 距離も。
 金も。
 それでも今までにない刺激がよかった。
 楽しかったのだ。
 だから足繫く何度も通った。

 そんな時だった。


「付き合ってくれない?」


 その台詞は聞き飽きていた。
 けれど、その風貌は目新しかった。

 学生からしたら黒いスーツというのは特別な洋装であり。
 整った容姿と大人びた風貌は周囲に言いふらすにはアドバンテージである。
 その男のことは知らない。
『怖いもの知らず』と『後先を考えず』は違うもの。
 二つ返事をした女は後者だった。


 ――それが謝りだと気付いたのは、その女の価値がなくなってきた時だ。


 初めのうちはお姫様の様だった。
 毎日のように会い。
 迎えに来てくれて。
 楽しい場所。
 綺麗な場所。
 ちょっと危なそうなところ。
 すごくすごく楽しい時間が過ぎて行った。


 ――高校を卒業する頃までは。


 齢十八歳。
 恋人に言われた。


「仕事を手伝ってくれないか」


 相も変わらず二つ返事をした。
 何をするのかは聞かなかった。
 何でもやろうと思っていたから。
 別に尽くすタイプじゃない。
 相手を信じ切っていた。
『この人が私に害になるようなことをするはずがない』
 他人からしたら『根拠のない自信』だった。
 本人からしたら『これ以上のない信頼』だ。

 進学せず。
 就職もせず。
 実家を出て、恋人の家に転がり込んだ。
 そして仕事をした。


『紹介する男に優しくしろ。
 好きそうな言葉を並べて、
 言ってほしそうな言葉を言って、
 お前が俺にするような行動をしろ。
 だが、決して追うな。
 必ず追わせろ』


 指示されたのはそれだけ。

 太った男。
 細身の男。
 地味な男。
 派手な男。
 父親程の男。
 祖父ほどの男。
 同い年ぐらいの男。
 男か女かわからない人。
 見覚えのある人。
 話が通じない人。
 話しがつまらない人。
 話しがない人。
 話さない人。

 楽しさはあった。
 難しさもあった。
 報酬はよかった。
 毎日頑張った分だけもらえた。
 だからこそ頑張れた。
 数年頑張った。

 数年のうちに、私は自分のお金が増え、使うお金が増えた。
 使っても使ってもなくならない。
 足りなくなりそうでも、少し仕事を頑張ればその日のうちに入ってくる。
 学生までの窮屈さのない生活。
 欲しい物を欲しいだけ手に入れられる。
 際限のない欲求。
 止める必要もなかった。


しおりを挟む

処理中です...