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新田義貞の甥に会いに行く
三日目 義貞が先頭になり幕府を滅ぼす
しおりを挟む脇屋義治はずいぶん長く、新田勢が幕府追討の挙兵に至るまでの話をしている。それがほぼ義治の実体験ではないのにも関わらず、途中で一日は終わってしまった。
「よう父ぎみに話を聞いておられたのですなあ」と私は感じ入って義治に告げた。
「残して受け継がねばいかんと思っておったのでしょう」と義治はちらりと左上方を見やってからポツリという。つられてそちらを見上げると、「八幡大菩薩」と書かれた札が目に入った。
源氏の守護神である。
それほど、新田一族にとっては一族の成り立ちが大切だったということだろう。
そして、義治の伯父である新田義貞の登場と相成るのだ。新田の登り竜とでもいうべき重要な人物である。
新田義貞は文保元(1317)年に、父朝氏(ともうじ)の逝去にともない十六歳で家督を継いだ。このときにさきの刀、「鬼切安綱」も受け継いだ。途中の持ち主は定かではないようだったが、頼朝以降源氏の嫡流が絶えた頃に何らかのいきさつがあったのかと思われるがその辺りは定かではない。
私はこの刀の来歴と、その逸話の持つ妖しさに大いに惹かれていた。『今昔物語』を好んで隅々まで読んでいたこともある。琵琶法師の語る平家の栄枯盛衰に聞き入っていたこともある。今では説話として教条的になっているが、そのものがたりの豊かさは比類なきものだと考えている。この刀はその流れを酌み、夢と現実(うつつ)を去来する旅人のようだ。
ゆえに私は刀のことをより詳しく知りたかったのだ。
話を戻そう。
新田荘の土地が厳しい気候風土であることはさきに書いたが、源氏の宝刀を受け継いだにも関わらず新田氏は鎌倉の中心から遠く離されていた。それは先祖の新田義重が娘を頼朝の側室に上げるのを断ったからともいわれている。「それほどのことで」と呆れるところではあるが、権力を持つ者ならば簡単にできることでもある。また、自身と同様の出自を持つ輩を近くに置くのは危険だと感じていたのかもしれない。
それが百年経っても尾を引いていた。
義貞は新田の頭領になっても無位無官だった。同族の足利高氏(のちの尊氏)が十五にして従五位下治部大輔に任命されていたのを考えると、ずいぶん差がついていたといえる。
◼️いざ幕府を倒さん
新田義貞が後醍醐天皇の側に付くと決めて新田荘園に戻った頃、義貞の弟・義助(よしすけ)も挙兵に加わるために仕度をはじめた。
義助の子の義治はその時、数えで十一歳だった。兵に加わるには少し幼かったが、そのときの印象は生涯忘れ得ぬほどのものだった。もちろん戦に立つ仔細は知りようもないが、新田庄脇屋郷から父の義助が出立する様子だけはよく覚えているという。
義助の屋敷はさほど広くない。
普段は飼っている鶏がせわしなく走り回っている小さな庭に、武装した近在の郎党が集まっているのを義治は見ていた。厳しいほどの緊張感にあふれていたが、みなこの上なく勇壮だった。
義治父の義助に「自分も行きたい」と言ったのだ。すると父は、「戦いがすぐに終わるとは限らぬ。また武者姿のおまえとともに出立する日を楽しみにして、必ず生きて帰ってくるからな」と息子の頭を撫でて去っていった。
そして脇屋勢は新田義貞の軍に合流した。そこは新田庄(群馬県太田市)生品神社の境内である。濃い緑の故郷を背にして彼らは気勢をあげ出立したのだ。元弘五年(1333)五月八日のことだった。
もちろん、実の距離以上に鎌倉は遠かった。
しかし、十分に勝機を感じられるものでもあった。利根川を渡ったところで足利高氏の子、千寿王(のちの義詮ーよしあきら)の軍勢が加わったからである。高氏は六波羅で反乱の狼煙を上げていたが、関東にいる息子に事を託したのだろう。
それまでの格差はそこにはない。
そのようなことを言っている間はない。
焦眉の急である。
大将は変わらず新田義貞だった。
足利の参戦を知った周辺の豪族が続々と軍勢に加わっていった。その数は数万に上ったという。
挙兵を知った幕府の軍勢が新田軍を迎え撃つために行く先々に立ちはだかった。武蔵国の小手指原(こてさしはら、埼玉県所沢市)で桜田貞国を大将とする幕府勢と激突した。幕府側は側を流れる入間川を防衛線として構える考えだったが、構える前に新田勢は入間川に現れた。数では幕府勢に劣る新田側は劣勢になるかと思われたが、途中で幕府方の河越氏が加勢したことで風向きが変わった。双方とも犠牲者が多かったので、一端退却して再度決戦に臨むことになった。
そして新田勢は武蔵国を南下し大きく歩を進める。
六千の主力は八国山に陣を張り、麓の久米川(現在の柳瀬川、東京都東村山市)に陣を置く幕府軍とにらみ合いになった。幕府軍はまだ五万の大軍である。新田義貞は急襲がもっとも有効だと考えたが翌朝自ら攻め込んだところ敵の防備が固く、すぐに撤退せざるを得なかった。
続いて幕府軍が大軍で義貞軍を囲い込む戦法を取ったが義貞はそれを察知した。そして軍勢を分散して配することを即断したのである。
義貞勢を完全に取り囲んだと思い込み、いよいよ攻め入ろうとした幕府軍の背後から、援軍を含む新田の別動隊が草むらから一気に襲いかかった。かれらのときの声に幕府勢は大混乱に陥った。その本陣へ義貞はまっしぐらに進み、大将を射止めんとする。幕府勢は指揮が外れて頭から翼まで千々に乱れた鶴のようになる。逃げ惑う兵たちの群れの中、もっとも恐怖しているのは大将の桜田であった。
それは正しい恐れだった。幕府勢副将の長崎・加治勢は総崩れになり、桜田貞国は残りの兵をかき集めて退却し南下する。小手指原、久米川と続いた戦いで敗れた幕府軍にはもう余力は残っていなかった。桜田率いる幕府勢は石瀬川沿いの分倍河原(ぶばいがわら、東京都府中市の多摩川沿い)にまで撤退した。
新田義貞を先頭にした反乱軍は相模国、ひいては目指す鎌倉のほど近くにまで迫っていた。彼らが入間川、久米川と勝利したことを知り、行く道を決めかねていた豪族やちが続々と義貞のもとに結集し、夥しい数に膨れ上がっていった。まずは越後勢が合流し、進軍するにつれ甲斐や信濃の源氏勢も加わった。
相模国が最後の決戦の地になるのは疑いがなかった。幕府勢が撤退した分倍河原(ぶばいがわら、現在の東京都府中市)での戦いでそれは火蓋を切った。
脇屋義治はこの一連の進軍の中でも分倍河原以降のことをよく父から聞いたという。
「父ならばこのことだけで長い書物を綴れただろうと思う。わしは聞いただけなので何とも心もとないのだが、分倍河原の合戦では加勢する者も膨大な数になり、父も伯父も高揚する心持ちを抑えがたかったという。ここを突破すれば鎌倉は目前、それだけに幕府軍も総力を寄せてくると大将の義貞は踏んでいた。その脇に付いて、高揚するとともにたいへん気を張っていたと父は語っておった」
川のこちら側とあちら側に双方対峙して、一触即発の状態にあったそのとき、反乱勢に静かに寄せてきた一団がいた。奇襲を受けるのかと義貞は構えたのだが違う。進んできた大多和義勝という武者が告げる。
「わしらが貴殿らの勢に加われば十万余になる。数として幕府勢には及ばないが、十分に勝機はある。われらこちらに加勢いたす」
味方に付くということだ。
彼は大胡、山上、江戸、豊島、松田、河村、土肥、土屋、本間、渋谷など相模と周辺の豪族からなる六千騎あまりを従えていた。大多和は三浦党の一族であり鎌倉開府いらいの重鎮だった。豪族たちにしてもそうだ。みな源頼朝挙兵の際に結集した人びとなのである。開府に力を尽くした者の末裔が、今度はそれを叩き潰そうとしているのだ。
どちらに肩入れするわけでもないが、何とも皮肉なことではないか。
五月十六日、分倍河原で幕府勢と反乱勢の戦いが始まった。ここで反乱勢は奇策を打った。
味方のふりをして幕府軍に大人しく寄っていく風を装い、大多和勢が一気に切り込んでいったのである。軍勢は三手に分かれる。新田義貞も脇屋義助兄弟もそれに続いて怒涛のごとく敵に攻めかかる。
迎え撃つ幕府軍はこれまで移動を重ねてきたので、士気も下がりきっていた。そこに味方と思っていた大軍が急襲したのだ。まともに応戦できた者は多くなかった。まだ武装していない者も多かった。
「うわああああっ」
蜘蛛の子を散らすように人びとがほうぼうに逃げていく。そして攻勢をまともに受けた敵の兵は次々と川原に川面に倒れていった。
義治はゆっくりと言葉を発する。
「父は言っておったよ。川の水も川原の石もそこらじゅう真っ赤に染まり、地獄絵図そのもの。酸鼻を極めるありさまだったそうじゃ」
分倍河原の戦いの様子を聞いて、さらに幕府打倒を旗印に挙兵する者ら集まってきた。すでに楠正成や足利高氏の挙兵の規模は優に越えていた。群れはこれまでで最大の数になっていた。分倍河原の地獄絵図も膨大な数の群れが生じていたから生まれた光景なのである。
尋常ではない加勢の衆の数群を見て、反乱軍大将の新田義貞は神仏の大きな力が自身らに付いているような心持ちになった。その後の行程にも神仏の加護が付いているのだと。それがひとつの奇跡を生む。
反乱軍はさらに相模国の奥に進む。
鎌倉を目前にして大軍は自然の要害に行く手を阻まれた。鎌倉は三方を山、残る一方を海に囲まれている。そこに至るには狭い切通(道)を抜けるか海から攻め入るしかない。切通をこれだけの大軍が一気に通ることは不可能だ。そのように作られたもののふの都だということは皆承知していた。しかし、それを突破しなければ本懐は遂げられない。
◼️稲村ヶ崎突破
五月十八日、反幕府を旗印にした幕府勢は鎌倉に突入する算段をし、先頭に立つ新田勢が極楽寺の切通を突破しようと進軍する。村岡、藤沢、青船、腰越、肩瀬、十間坂などあらゆるところに火を放ち首府を目指す。しかし迎え撃つ幕府勢も死に物狂いに切通を守る。戦況は一進一退で切通で詰まっている様相になった。防ぐ幕府勢の金沢越後守、大仏(おさらぎ)陸奥守、赤橋相模守らを大将に据えた武蔵、相模、出羽、奥州の兵ががっちり構えていた。
その日の巳の刻(午前十時ごろ)に激しい攻撃を仕掛けるが、新田勢は鎌倉府への細道を攻めあぐねている。その上、極楽寺に向かっていた同族の大館宗氏が討たれて劣勢となり大軍は片瀬、腰越辺りの海辺までいったん退却を余儀なくされた。
この膠着状態を何としても打開したい。
大将の新田義貞はそれだけをひたすら考えた。 切通から侵攻するのは不可能だ。
海から進むしかない。
鎌倉府の南南西一里あまりに稲村ヶ崎の浜がある。ただし間には急峻な崖が突き出しており、波も高く寄せている。沖には反乱勢を防がんとして幕府の船が寄せ集まっている。おいそれと通れるものではない。際に舟を何隻も寄せて急場の櫓を築き構えるのが精一杯である。
それでもここを突破口にするよりほかはないと義貞は考え、近隣の舟を手前に集めることにした。
小高い大岩の上で様子を見ていた新田義貞だった。それが突然岩を下り、兜も外し海に向かってひれ伏し祈願した。
「伝えたてまつる。日本を開かれた伊勢天照大神は、お姿を大日如来の中に隠され、蒼き海の龍神となられた。われらが奉じる御末裔は逆臣のために西海の波に漂っておられます。この義貞、今その臣たる道を尽くすため、古の斧鎌を携え敵陣に臨みまする。ひとえに王を援け、万事平定させるためにございます。ここに仰いで願えるのなら、内海外海の龍神さま、朝敵を万里の際に退け、道をわれら三軍の前にお開きくだされ」
そう祈願し、身につけていた金誂えの刀を海に奉じたのだ。
その祈願が聞き届けられたのか、あるいは時が適ったのか、海の潮はみるみるうちに退いていく。それとともに幕府の船も強い風のため遠く流されていく。そこに集団が悠々と通れるほどの砂浜が現れたのだ。義貞は目を見開いて大声で皆に号令を発した。
「潮が引いたぞおおおっ、今だ、今だっ!皆、進めええええっ!」
越後、上野、武蔵、相模の軍勢一千が一気に浜干潟を駆け抜けていく。
ときが適ったのだとしても、稲村ヶ崎の砂浜がそれほど広くなると考えていなかったかもしれない。義貞にとって、反乱軍にとってまさに千載一遇の奇跡だった。幕府勢が多数待機する極楽寺の切り通しを悠々と迂回して、背後から源氏の軍勢が怒涛のごとく若宮大路を駆けていく。そして、首府に襲いかかった。寄せる大軍に北条氏はじめ御家人衆は逃げ惑い、あるいは自害に追い込まれた。方々に火が放たれ、一帯は阿鼻叫喚が耳をつんざくありさまとなった。
執権の北条高時は追い詰められ、自害した。
鎌倉幕府は滅亡した。
この報で後醍醐帝も全土にいる源氏勢もいっそうの勢いを得た。全土に配された幕府方の勢力も次々と倒されていった。それは鎌倉から遠く離れた越後や西国、九州まで及んだ。そのさまについても縷々記録が遺されているが、大軍の将・新田義貞および弟の脇屋義助にどれほど詳細が伝わっていたかは定かではない。実際、鎌倉の府滅亡のことにしても、その全容を隅々まで承知していたかも明らかではない。その地にあっては皆近くしか見えなくなるものだからである。いろいろな地にあって、多くの人の言を借りなければ全てを描くことは困難なのである。
法勝寺の記録(『太平記』)はそれをつまびらかにする一つの手法といえる。その中でも、鎌倉府の滅亡はひときわ強い光を放つ出来事であった。
「確か、法勝寺での記録で足利高氏さまは挙兵の折に八幡大菩薩に祈願しておりましたね」
私は脇屋義治の館に貼られた八幡大菩薩の札を見ながら尋ねた。足利高氏は源氏の守護神である八幡大菩薩に祈願をし、新田義貞は天照大神および龍神に祈願して活路を開いた。
脇屋義治は深く頷きながら、札を見ている。
「そう、わしらは常に源氏の一として帝をお守りするのが第一と考えておった。高氏にとっては源氏のため、後には自身のためというのが先に立っておった。無論、わしらの守護も八幡さまであることに変わりはないが、それは帝あってのお役目。それと、龍神さまに祈願したのは海からのご加護を願ったからじゃ。よく聞き届けていただいたと父もよう感じ入って語っておった。
貴殿はやはり僧なだけあって聡明なことじゃのう、足利とわしらのもっとも大きな違いはそれだったのじゃ」
そう、八幡太郎の末裔である足利高氏と新田義貞の考えは、根っこのところで大きく隔たっていたのだった。
そこから軋轢が生まれるのは必定であった。
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