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出会いは突然なのです

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 階段を降りることができないお餅さまを抱きかかえ、階下へと向かいます。
 何処に向かうかはお餅さま次第。ゆっくりと歩きながら、お餅さまが示す方向へと進んでいきます。
 二時間目が始まっている校舎内は静かなもので、教室内から教師の声が微かに耳に届く程度です。

『お餅さま、今度は何処に行くんですか?』
『ニャー』
 
 お餅さまは、黙って着いてこいとでも言わんばかりに一声鳴きます。
 いいんですけどね。僕はもうお餅さまの奴隷ですから。
 屋上から階段を降りていき、行き着いたのは一階の三年生の教室が集まる場所でした。
 ここまで来れば、僕にもお餅さまが何処に行きたいかわかりました。
 
『あゆむ先輩の教室に行くのですね』
『ニャー』
 
 正解、と言っているのかどうか定かではありませんが、多分間違いないでしょう。
 廊下の端からゆっくりと歩いていきます。あゆむ先輩は三年生ということはわかっていますが、何組かは伺っていませんでした。
 多分お餅さまはわかっているのだと思いますが、僕としては自分で見つけたいという思いもあります。
 お餅さまはそんな僕の気持ちを知ってか、僕の腕の中で大人しくしています。
 廊下から窓越しに教室の中を覗き込むと、沢山の生徒が黒板に書かれた文字をノートへと書き写している姿が見えました。
 三年生にもなると、受験のために真剣に授業に取り組む生徒が大半で、居眠りなんてしている人はほとんどいないようです。良いことですね。
 しかし、この教室にはあゆむ先輩はいないようです。次に行きましょうか。
 廊下を歩いて教室を覗き、あゆむ先輩の姿を見つけられずに次の教室へと行く。そんなことを幾度か繰り返し、結局最後の教室まで来てしまいました。
 なんでしょう、このちょっと損した気分は。まぁ、いいです。では、さっそく中を覗いてみましょう。
 おぉ、いました。あゆむ先輩です。ちゃんとうたた寝せずに授業を受けているようですね。
 真剣な表情で黒板を見つめるあゆむ先輩は、中々の男前に見えました。ただ、やはり人相が悪いので先生にガン飛ばしている様にしか見えませんけども。
 あゆむ先輩、いろいろと損をしていそうですね。
 
『お餅さま、あゆむ先輩の所に行きますか?』
『ニャッ』
 
 お餅さまがあゆむ先輩の所に行くのなら、気合いを入れて教室のドアを透過しようと思ったのですが、どうやらお餅さまはあゆむ先輩の所に行く気はないようです。
 お餅さまは短く一声鳴くと、ヌルヌルと僕の腕の中で蠢き始めました。お餅さまには申し訳ありませんが、ちょっと気持ち悪いです。
 
『下に降りたいんですか?』
『ニャー』
 
 このニャーを肯定と受け止めて、お餅さまを廊下に下ろします。すると、お餅さまはあゆむ先輩の教室を通り過ぎ、生徒玄関の方へ進んでいきます。校庭に行くのでしょうか。
 ナメクジのように進むお餅さまの後について校舎から外へと出ます。
 今日は昨日とはうって変わって目の覚めるような快晴が広がっています。なんだか目が痛いほどです。
 悪霊がこんなお日様が燦々と輝く日中に出歩くのもなんだかシュールですね。
 実際には、悪霊も闇落ち魂も昼夜関係なく活動しているんですけどね。むしろ生きていた時の習慣が染み付いているのか、朝起きて夜に寝るといった生活をしている魂がほとんどてす。
 お餅さまは、やはりこんな明るい太陽の光にも臆することもなくどんどんと進んでいきます。
 どんどん進んで、遂には校門すら通り過ぎてしまいました。
 お餅さま、学校の敷地から出てしまいましたが大丈夫ですか。一体、何処に向かっているのでしょうか。
 校門から出て、更に進みます。午前中のこんな中途半端な時間に外を歩いている人は疎らです。時折赤ちゃんを抱いたお母さんや、お散歩中のお爺ちゃんお婆ちゃんカップルとすれ違う程度です。
 長閑な、ゆったりした空気になんだかほっこりしてしまいますね。記憶にはありませんが、きっと生きていた時もこんな風に過ごすことが好きだったような気がします。
 お餅さまの行き先も気になりますが、なんとも気持ちの良いお散歩にちょっぴり気分が緩んでいました。
 まさに、そんな時でした。
 
『!』
 
 ピリッと、静電気が走ったような小さな痛みが頭のてっぺんから足先に流れました。
 何が、と思う間もなくその原因に気がつきました。
 いえ、気がついたと言うのとは少し違う気がします。僕の本能というか、なんというか。兎に角言葉では言い表せないのですが、僕の意識が一瞬で引き寄せられた感じです。
 そこは、道路の端にある電信柱でした。その根本には花束やお菓子、ジュースの缶などがひっそりと、しかし無視のできない存在感を醸し出して置かれていました。
 そして、その傍らに一人の少年が佇んでいます。
 一目見てわかりました。彼が、闇に落ちようとしている魂であるということが。
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