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いずれ天国で会うための贈りもの。

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ー1ー

『明日に行く切符はもう売り切れだよ』
駅のホームで、うろうろしていたら
穏やかな口調で、駅員にそう言われた

『今日も沢山買う人が多過ぎてねぇ、ごめんね』
『いいんですよ、仕方ないっすよ』
ちょっと遅れるだけで上り電車にはもう乗れない
『どうしてお兄さん、遅れたの?』
『ちょっとねぇ、バイトで夜遅くなっちゃって』

俺と駅員はベンチに腰掛けて、おそらく最後の会話をする。

『バイト?何のバイトされてたんですか?』
『深夜のコンビニっすよ、夜だと給料高いんです』
『だろうね、忙しかったの?』
『全然!暇も暇っすよ、でも暇だからって疲れないわけじゃないんすね』
『そうなんだよね、意外と忙しいほうが時間の流れが速いよね』
『ほんと、そうっすよね』

時計の針が少し傾いたとき、駅員は何か思い出したらしく、話を変えた。

『そうだ、いろいろ書いてもらうことがあるんだ』

そういって質問表とマークシートを俺に渡してきた。

『こんなのセンター試験以来っすよ』俺は苦笑しつつ記入し始めた
『性別は男、原付免許のみ、交通事故っと・・・はい、出来ました』
『バイク事故ですか・・・前方不注意ですか?』
『そうっすね、夜だったんで見にくくて』
『ダメですよ気をつけなきゃ・・・』
『今更言われてもなぁ、でもありがとうございます
 あっそうだ、ここ来る前にあった掲示板で見たんですけど』
『はい、どうされました?』
『最後の晩餐を頂けるって見たんですけど、ほんとですか?』
『はい、召し上がれます、何でもご注文してください』
『何でも?うぅん・・・何かオススメってあります?』
『そうですねぇ、一番人気はオムライスですね』
『なるほど・・・じゃあ天ぷらそばで』
『かしこまりました』

そう言うと駅員は、少し古めの駅舎に戻っていった。
一時的な一人ぼっちになった俺は、ベンチから腰を上げて
少し空気の薄いホームを見渡す。
駅員はまだ戻ってきそうもなかったので
ホームの端まで歩くことにした。

途中には無料で飲み物が買える自販機とその横に時刻表が置いてあった。
自販機には、暖かい紅茶のみ売られていて、その他は売り切れだった。
そして時刻表を何気なくめくると、人名と時刻が延々と羅列されていた。
しばらく眺めていたが、目が痛くなってきたのでやめた。

これから向かうほうの線路は二手ふたてに分かれており
一つはなだらかな坂道、もう一つは先の見えないトンネルになっていた。
なんとなく行き先は予想できる。
俺は来た道を引き返しベンチに座った。

(そういや、スマホは?)

思い出し、履いてたジーパンのポケットに手を突っ込むが、入ってない・・・。
『冥土の土産』なんていう言葉があるが、俺の土産はスマホでないらしい
そんなことを考えてると、駅員が天ぷらそばを持ってやってきた。

『いやぁお待たせしました』
『いえいえ』

天ぷらそばには数種類の薬膳、エビの天ぷらが綺麗に浮かんでいた。
ずるずるっと勢いよく啜る。
正直、期待してたほど美味いわけではなかったが
行きつけだった蕎麦屋の味にそっくりだったので、気分が落ち着く・・・。

『あっそうだ、記入漏れとかなかったですか?』
『大丈夫です、バッチリでした』
『そりゃよかった・・・にしても・・・
 配偶者有りの欄にマークできなかったのは、唯一の後悔かなぁ』
『恋人もおられなかったんですか?』
『うん、片思いみたいな女の子はいたんすけどね』
『ほぅ・・・』
『バイトで一緒の娘でね、ギターが上手で話しやすくて、仲が良くてね』
『思い切って告白すればよかったのに』
『ん~仲良くなればなるほど、恋人になりにくくなっちゃって』
『なるほど』
『俺の思い込みでなければ、両思いだったと思うんすけどね』
『なんでそう思うんですか?』
『唯一クリスマスの日に一緒に過ごした女性でさぁ
   すんごい甘いババロア食べて、安いプレゼント交換したりねぇ』
『へぇ』

思えば『好き』と確信できた女性は、その娘だけだった気がする。
ちょっと可愛い女性を見て『いいなぁ』と思うことはあったり
胸の大きな女性を見て『セックスしたいなぁ』と思うことはあったけど
それらは所謂『好き』という感情ではなく、単に『欲』を満たしたいだけで
人間しか分からない、唯一の心残りだった。

『ねぇ!ちょっと来てくれるー?』別の駅員おそらくの声がした。
『はいはい!ちょっと失礼します』再び、駅舎へと戻っていった。

また一人ぼっちになった俺は、残りの天ぷらそばを啜りながら待った。
するとすぐに、駅員は神妙な表情で帰ってきた。

『すみません、もう出発時刻が近づいてきたので・・・』
『はぁ・・・いよいよか』
『はい・・・』

しばしの沈黙が流れる間もなく、目の前の線路には
音もなく、青と白を混ぜたような色の汽車が入ってきた。
そして音もなくドアが開かれる。

『最後になりますが、何か聞いておきたいことなどはありませんか?』
『あぁ・・・じゃあ二つだけ』
『はい』
『えぇっと俺はどっちに行くのかな?』
『と言いますと?』
『その・・・天国か地獄かみたいな』
『あぁ!実は天国も地獄もないんですよ』
『そうなんだ』
『ただ、死因やこれまでの行いなどによって
   全員が同じ場所とは限らないんです』
『?』
『例えば、同時に亡くなった恋人は、それぞれ別の場所に行ってしまうんです』
『悲しいですね』
『ただ安心してください、あちらの空間はどこへでも繋がっているので
   再び偶然でも巡り会えることもあるんです』
『へぇ、じゃあもう一つ____』

そのとき、ホームにベルが鳴り響いた。
それが出発の合図だと、俺はなんとなく分かった。

『まぁいいや、じゃあさようなら』

駅員は黙って深く頭を下げた、そして扉が閉まり、ゆっくりと汽車は動き出す。
他の乗客はいなかったが、椅子に座らず、ぼーっと窓の向こうを見ながら
なだらかな坂道を上りながら、目的地までの時間を過ごした。

ー2ー

私はその青年を見送ったあと、彼が食べ終わった蕎麦の丼どんぶりを洗っていた。

(あと10分後に次の人か)

頭の中でスケジュールを確認しながら、丼を食器棚に戻した。
そのあと、ホームの掃除していたら、予定の時刻が訪れた。
改札口できょろきょろしている人物を発見して、声をかける。

『明日に行く切符は売り切れちゃったよ』
『えぇっ!そんなぁ・・・』

次の瞬間、通り雨のように泣き出してしまった。

『どうか泣かないでください、辛い思いをされたのでしょう』
『うっ・・・うっ・・・』

少し涙は治まったが、まだ落ち着けないらしい。
その人は小柄で『Ibanez』と書かれた大きなバッグを背負っていた。
ベンチに座らせてから、ホームにある自販機で温かな紅茶を買って
その人に渡した。

『ありがとうございます・・・』
『いえいえ、なぜここに来てしまったのですか?』
『・・・もう何もかも無くなっちゃって』
『・・・』
『しがみついてたものが、無くなっちゃって』
『心中、お察しします』
『・・・』
『私も急いでこちら側に来てしまった人間なので、気持ちはよく分かります』
『え?』
『私も、あなたと同じような経緯で、ここに来てしまって・・・それで
   毎日が楽しくなくて、そんな日々を自分から一瞬で抜け出してしまって
   気付いたら、こうして駅の仕事をしています
   奇しくも、抜け出した場所と同じところで』
『そうなんですか』
『えぇ・・・あっそうだ、ちょっと書いてもらうことがあるんですが』
『はい』

私はその人に、質問表とマークシートを差し出し、記入をお願いした。

『えっと ーーーー はい、出来ました』
『ありがとうございます・・・踏み入ったことをお聞きしますが』
『はい?』
『恋人有りと記入されてますが、どんな方だったんですか?』
『気さくな人でした、異性であんなに話しやすい人は初めてで
   ただ少しだけ言葉遣いが子どもっぽいんですけどね』
『なるほど』
『でも、急に事故で・・・もういないんです』
『・・・』
『それも私の誕生日にいなくなっちゃって、家に来る予定だったのに
   私の作ったオムライスが好きで、その日も振る舞う予定だったのに』
『・・・』
『私が急がせちゃったのが悪いんです、全部私がいけないんです』
『どうか泣かないでください』

女性の涙を止めることほど難しいことはないと何度も実感しているが
慣れることはない、いや、慣れちゃいけないことだ

『お腹空いてませんか?何か食べますか?』
『・・・何か甘いものがいいです』
『なんでもございます』
『・・・じゃあ、ババロアで』
『かしこまりました』

急いでシェフにオーダーを出して、ババロアを作ってもらった。
それをスプーンと一緒に彼女に渡した。
「美味しい」そう呟き、静かに食べていた。
 
『もうすぐで、電車が来るはずです』
『はい・・・』

そう言って、俯いてしまったが、先ほどと違って涙は流していない。

『あの・・・お願いがあるんですが・・・』私がそう言うと

俯いていた彼女は、ひょこっと顔を上げてハテナな表情をした。

『その彼氏さんのことなんですが』
『はい?』
『ついさっき電車に乗って旅立っていったんです』
『・・・』
『彼、お土産を持たずに旅立っていっちゃったんです』
『どこへ行っても、おっちょこちょいなのは変わらないんですね』

すぐに消えそうな笑顔の彼女は、もう地上にはいない、動かせない事実だ
そのことを考えると、鼻と胸がツンとくる、これも慣れることはない

『そこでなんですが・・・』
『はい』
『あなたが彼のお土産になっていただけませんか?』
『え?』
『それが彼にとって一番の贈り物だと、確信していますので』
『・・・はい』
『ダメでしょうか?』

驚いた目をして、彼女は『違うんです』と呟き

『これから続く日々の初めに良いことが出来てよかったと思って』

再び少しだけ笑みが溢れて彼女は、そう言った

ー3ー

気付くとホームには、音もなく銀色の古びた電車が入ってきた

『もう、出発の時間ですね』そう私が言うと彼女は
黙って一つ深く礼をして、電車に乗り込んだ
そして、少し不安な顔をして声をかけてきた

『あっちの世界に行ったら、彼に会えますかね?』
『残念ながら、すぐには会えないです、これはどうすることも出来ません』
『そうですか・・・』
『やはり自分から抜け出して、ここに来てしまうと、彼の場所に行くまで
   少し時間がかかってしまいます・・・私がそうでしたから』
『えっ?』
『実は料理を作ってるシェフ、生前、私の妻だったんです』
『・・・』
『ある日、ほんとぽっくりと逝ってしまって、それからの私の毎日は
   ”無”だけ有って、それ以外は何も無くなっちゃったんです』
『受け入れられないですよね、突然、近しい人が消えちゃうんですもん
   音もなく、ずーっと眠っちゃうなんで、信じられないですよね』
『まったくです、私も再び、妻と再会できるまで・・・何年か費やしました』
『大丈夫かな・・・』
『大丈夫です、いつか逢えます・・・けれど捜すのが辛くなって
   また抜け出そうとしても、もう出来ませんからね』
『はい、分かってます』

そのとき、ホームのベルが鳴り響いた、もうお別れの時間だ。

『それでは』

彼女はそう言って、静かに頭を下げ、電車はゆっくりと動き出す。
電車はトンネルに入り、彼女も目的地へと旅立っていった。

ー4ー

『今日は二人だけだったよ、それも素敵な二人だったよ』
『どういうこと?』
『ん?素敵な恋人だったってこと』
『えっ!あの二人ってそういう関係だったんだ』
『うん、互いに告白したわけではないみたいだけど、そうみたいだよ』
『へぇ』
『まぁとにかく、今日はあまりストレスが溜まらなくてよかったよ』
『それは良かったね』

私は駅員という看板を背負っているものの、実際のところ
こちらに来た人に『死んだこと』を伝えなきゃならない仕事なのだ。

中には喚き散らして現実を見ることが出来ない方もいる、無理もない
こちらに来てしまった以上、もう自らは死ぬことも出来ないのだから
もうどんなに辛くても抜け出せない、飽きてもずっと続けなければならない。

俗にいう『あの世』なんていうものは
ハチミツみたいなユートピアでも、真っ黒なディストピアでもない
そのどちらの成分も混ざり合った世界なのだから

『さてさて、もう11時半か・・・寝ようかなぁ』
『そうね、久々に良い一日だったんだから、早く寝たほうがいいかもね』
私と妻は寝巻きに着替えて、ベッドに潜り込んだ。

(あの二人が再会できるのは、いつになるのだろう・・・?)

そんなことを考えながら、明日へ近づいていった。
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