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第21話 お内儀の過去2
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お藤が鬼灯長屋を訪問したのは、伝次が来た日の三日後だった。三郎太がちゃんと御用聞きに行っているか、伝次に頼んだ天神屋の噂はどれくらい広まっているか、それらを確認する為である。
それに、こちらは天神屋の依頼を断ったのだ、他の殺し屋が二人を狙っていないとも限らない。付近を注意深く見ておく必要がある。
まずは天神屋の話がどれくらい行き渡っているか確認することにしたお藤は、駒屋に顔を出した。
駒屋の暖簾をくぐると、お駒の「あら、お藤さん、いらっしゃい」という元気な声に出迎えられた。お藤が空いている席を探すより早く、「姉さんこっち」と呼ぶ声があった。例のゴロツキ二人組だった。
「おや、兄さんたち。あたしを覚えていてくれたのかい?」
エヘヘと笑った弟分の後ろ頭を軽く叩いて、兄貴分の方がデレッと鼻の下を伸ばした。
「そりゃあ、これだけのいい女だ。忘れるわけがねえや。ここ空いてるぜ」
「じゃあ、ここに落ち着かせて貰うよ」
お藤が座ると、お駒がお茶を運んできた。
「姉さん、お藤さんて言うんだな」
「ああ、こないだ言わなかったかい? 済まないね、おごってもらったってのに」
「今、わかったからいいって事よ。俺たちも名前言ってなかったしな。俺は鹿蔵、コイツは馬之助、二人合わせてウマシカ兄弟って呼ばれてる」
「おいらと兄貴が一緒になると、名は体を表すって言葉がピッたりさ」
少なくともその言葉を知ってるだけでも馬鹿ではないと思われる。
「今日も俺におごらせてくれ。再会記念だ」
「悪いね。遠慮なくご馳走になるよ」
こういう時美人は得である。相手が勝手に鼻の下を伸ばして近付いてくるのだから。これを利用しない手はない。
「それより姉さん、お藤さんだな、聞いてくれよ。俺たち大変なことしちまったかもしれねえ」
「どうしたんだい?」
「こないだの天神屋さんの話覚えてるかい?」
「ええと、何だっけね」
百も承知だがすっとぼけて見せたりする。あまりすぐに反応すると、待ってましたという感じになってしまうのだ。かと言って全く思い出さないと、彼らの話を適当に聞いていたように感じさせてしまうので、適度なところで思い出したように言う、この匙加減がなかなかに難しい。
「ああ、思い出したよ。あんたたち天神屋で暴れたんだったね」
「そうそう」
お藤は急に声を落とした。
「天神屋の旦那が番頭さんを追い出そうとしてたんだよね」
「それが大変な事なんだよ」
鹿蔵の方も声を落として言った。
「天神屋の話、何か聞いてるか?」
「いや、何にも」
こういう時のお藤はやたらと演技がうまい。
「天神屋の主人、女中に手を出して孕ませたらしいぜ」
「しかもその女中、十八の娘だってよ」
と、馬之助が合の手を入れる。
「へえ、それで?」
「主人が女中に手を出したなんて世間体が悪いってんで、手代とくっつけたらしい。で、その代わりに手代を番頭にしてやる必要があったんだと。そのためには番頭が邪魔になる」
「だからおいらと兄貴が雇われて、番頭を追い出すために芝居を打ったんだよ」
「それほんとかい?」
お藤が疑念の目を向けると、反対側から別の客が口を挟んできた。
「ほんとだぜ。しかもその女中が子供を産んで、それが男の子だったら天神屋の跡取りにと奪い取る心づもりだったって話だ。酷いねぇ」
「そうなのかい? なんだ、みんな知ってるのかい」
「知ってるも何も」
ふと、お藤が顔を上げると近くの客がみんなお藤を見ている。恰も「知らなかったのか?」とでもいう雰囲気だ。どうやら伝次がいい仕事をしたようだ。
お藤は心の中で満足しながらも、顔には一切出さずに驚いて見せた。
「へぇ。あの天神屋さんがねえ。まあ、確かに先代の大旦那さんはよく働いたし、奉公人の世話も怠らなかったけど、今の主人はちょっとアレなとこあるからねえ」
と駄目押しの一言を置いて、その場にいる人に印象付けてみたりする。
それにしても、これで悪いことをしたと考えるこの馬鹿兄弟……じゃない、ウマシカ兄弟はそこまで悪いやつではないのかもしれない。
「ところでお藤さん、今日これから何か用事でもあるのかい?」
「ああ、ごめんよ。これからちょいと寄るところがあってね。ご馳走様。また会えるといいね」
「えっ」
用が済んだら長居は無用だ。お藤はさっさと立ち上がって駒屋を出て行った。
それに、こちらは天神屋の依頼を断ったのだ、他の殺し屋が二人を狙っていないとも限らない。付近を注意深く見ておく必要がある。
まずは天神屋の話がどれくらい行き渡っているか確認することにしたお藤は、駒屋に顔を出した。
駒屋の暖簾をくぐると、お駒の「あら、お藤さん、いらっしゃい」という元気な声に出迎えられた。お藤が空いている席を探すより早く、「姉さんこっち」と呼ぶ声があった。例のゴロツキ二人組だった。
「おや、兄さんたち。あたしを覚えていてくれたのかい?」
エヘヘと笑った弟分の後ろ頭を軽く叩いて、兄貴分の方がデレッと鼻の下を伸ばした。
「そりゃあ、これだけのいい女だ。忘れるわけがねえや。ここ空いてるぜ」
「じゃあ、ここに落ち着かせて貰うよ」
お藤が座ると、お駒がお茶を運んできた。
「姉さん、お藤さんて言うんだな」
「ああ、こないだ言わなかったかい? 済まないね、おごってもらったってのに」
「今、わかったからいいって事よ。俺たちも名前言ってなかったしな。俺は鹿蔵、コイツは馬之助、二人合わせてウマシカ兄弟って呼ばれてる」
「おいらと兄貴が一緒になると、名は体を表すって言葉がピッたりさ」
少なくともその言葉を知ってるだけでも馬鹿ではないと思われる。
「今日も俺におごらせてくれ。再会記念だ」
「悪いね。遠慮なくご馳走になるよ」
こういう時美人は得である。相手が勝手に鼻の下を伸ばして近付いてくるのだから。これを利用しない手はない。
「それより姉さん、お藤さんだな、聞いてくれよ。俺たち大変なことしちまったかもしれねえ」
「どうしたんだい?」
「こないだの天神屋さんの話覚えてるかい?」
「ええと、何だっけね」
百も承知だがすっとぼけて見せたりする。あまりすぐに反応すると、待ってましたという感じになってしまうのだ。かと言って全く思い出さないと、彼らの話を適当に聞いていたように感じさせてしまうので、適度なところで思い出したように言う、この匙加減がなかなかに難しい。
「ああ、思い出したよ。あんたたち天神屋で暴れたんだったね」
「そうそう」
お藤は急に声を落とした。
「天神屋の旦那が番頭さんを追い出そうとしてたんだよね」
「それが大変な事なんだよ」
鹿蔵の方も声を落として言った。
「天神屋の話、何か聞いてるか?」
「いや、何にも」
こういう時のお藤はやたらと演技がうまい。
「天神屋の主人、女中に手を出して孕ませたらしいぜ」
「しかもその女中、十八の娘だってよ」
と、馬之助が合の手を入れる。
「へえ、それで?」
「主人が女中に手を出したなんて世間体が悪いってんで、手代とくっつけたらしい。で、その代わりに手代を番頭にしてやる必要があったんだと。そのためには番頭が邪魔になる」
「だからおいらと兄貴が雇われて、番頭を追い出すために芝居を打ったんだよ」
「それほんとかい?」
お藤が疑念の目を向けると、反対側から別の客が口を挟んできた。
「ほんとだぜ。しかもその女中が子供を産んで、それが男の子だったら天神屋の跡取りにと奪い取る心づもりだったって話だ。酷いねぇ」
「そうなのかい? なんだ、みんな知ってるのかい」
「知ってるも何も」
ふと、お藤が顔を上げると近くの客がみんなお藤を見ている。恰も「知らなかったのか?」とでもいう雰囲気だ。どうやら伝次がいい仕事をしたようだ。
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「へぇ。あの天神屋さんがねえ。まあ、確かに先代の大旦那さんはよく働いたし、奉公人の世話も怠らなかったけど、今の主人はちょっとアレなとこあるからねえ」
と駄目押しの一言を置いて、その場にいる人に印象付けてみたりする。
それにしても、これで悪いことをしたと考えるこの馬鹿兄弟……じゃない、ウマシカ兄弟はそこまで悪いやつではないのかもしれない。
「ところでお藤さん、今日これから何か用事でもあるのかい?」
「ああ、ごめんよ。これからちょいと寄るところがあってね。ご馳走様。また会えるといいね」
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用が済んだら長居は無用だ。お藤はさっさと立ち上がって駒屋を出て行った。
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