I my me mine

如月芳美

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第38話 愚痴

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 明け方まで改稿していた俺が目覚めたのは、太陽が真上に昇る頃だった。机の上に突っ伏して寝ていたので、体中がバキバキ言っている。
 ああ、なんてこった、ゲラを枕にするとは。涎垂れてないだろうな?
 ふと気になってベッドを見ると、アイさんの姿はもう無くなっていた。俺が眠っている間に帰ったのだろう。
 ん? PCの上に置手紙?

八雲君おはよう。
よく寝てるから起こさないでそのまま帰ります。
あのね、あたしやっぱり八雲君に甘えすぎてるよね。
ちゃんと自分の足で立つよ。
ダメ出しもちゃんと聞く。
泣きながらでもついてくから。
だから、見捨てないでね。
八雲君と一緒に書きたいの。
笹川流れのところ直して来る。
頑張るから。八雲君も頑張ってね。
(追伸)
ねえ、書籍化、発表になってるよ?
サイト大騒ぎになってる。

 は? 発表? どういう意味だ?
 俺は大慌てでサイトを開いた。そこで俺が目にしたものは、煌びやかな装飾と共に堂々の太文字で書かれた『祝コメディレーベル立ち上げ!』『第一号は投稿作品からの書籍化』『ヨメたぬき・藤森八雲著』の文字だった。
 ……ありえない。サイト運営が『ヨメたぬき』の書籍化を発表している。聞いてないよ、おい。

 まさか、と嫌な予感がして、俺は読者感想欄を開いた。
 うわぁ何だこりゃ! お祝いコメントが……何これ三百件? 嘘だろ。
 これは編集部に直接問い合わせた方が早そうだと踏んだ俺は、メールを立ち上げた瞬間に固まった。編集部とサイト運営からメールが届いてる! 内容はどちらも土曜日朝八時に公式発表するというものだ。送信時刻は……ああ、昨夜アイさんを迎えに駅まで行ってた頃だ。なんてこった。連絡来てたのに俺が気付かなかっただけかよ。ああ~、しかもスマホの方にも着信あるじゃねーか、こっちはアイさんがグズグズ言ってた時間帯か。
 何はともあれ編集部とサイト運営には急いで返信しないと。
 その前にコーヒーだ。顔洗ってコーヒー飲んで、一旦落ち着こう。

 それからの俺は文字通りの「てんてこ舞い」だった。編集部とサイト運営に返信し、読者感想欄のお祝いコメントにに全て返信……できるわけがないので、近況報告ページで書籍化の報告とお祝いコメントへのお礼を書いた。
 全く読まない訳にもいかないので、三百件以上ものお祝いコメントにも全て目を通した。
 何より驚いたのは、そのコメントの順番だ。ランキング上位「帝王組」が我先にとコメントを書いている。これはもしや、彼らを差し置いてコメントを先に入れてはいけないという暗黙の了解でもあるのか? なんだか恐ろしくなって来た。いや、きっと気のせいだ。気のせいだといいな。
 真っ先にコメントをくれたのが、あの夏木さん。いつもの調子で明るく祝福してくれている。兄貴気取りなところもまた彼らしくていい。
 そして二番手が氷川さん。大先輩なのに相変わらず腰が低い。丁寧で爽やか、しかも品がある。流石だ。
 驚いたのが三番手。冬華さんだ。そして内容も怖い。慇懃無礼なほどに丁寧な挨拶。更に他の人にはわからない、俺だけに宛てた厭味。ひたすら怖い。とにかく怖い。くわばらくわばら。
 二百番目くらいにアイさんがコメントを入れてくれていた。

「八雲君おめでとう。あたしもたぬきになってヨメになりたいよ、きゅーん」

 なまじ冗談と思えない。が、まあいい、そこは深く考えないでおこう。
 一通りの確認が終わってからアイさんにLINEを打った。「置手紙読みました。ありがとうございます」とだけ。既読はすぐについたが、返信はして来なかった。遠慮してくれているのだろう。

 なのに。なのにだ!
 まさかの高校時代の友人からメールが来たんだ。こいつは……なんと言うか、とにかくめんどくさい女だ。学校で同人誌を作っていて俺も誘われたりしたんだが、とにかく勘違い甚だしい。左向きの人物しか登場しないマンガや、全然まるでこれっぽっちも面白くないショートショート、更には自己陶酔型ポエムをたくさん書き、敢えて『同人誌』として仲間を募って製作費を出させるが、結局半分以上は本人の作品に埋め尽くされているという、所謂「バンド組みます。ボーカル以外のメンバー募集!」みたいな奴なのだ。
 だが、どんな形でもいいから自分の書いたものを発表したい子なんかは彼女の同人誌でさえもありがたがって参加していたので、ある意味ギブアンドテイクな関係だったのだろう。今思えば、全く何も書いていなかった俺が誘われたのも、かなりの謎ではあるが。
 その超迷惑女からのメールである。全く以て安全な気がしない。寧ろ不安要素しかない。が、読まない訳にはいかないので一応開けてみる。

哲也、おひさー! 元気してた?
この前哲也のお母さんにバッタリ遭遇したんだー。
そーしたら、あんた、あの藤森八雲だってゆーじゃん。
「そのサイト、アタシも参加してます!」って盛り上がっちゃってさ。
榊アイとも仲良しなんだってね~♡
それにしても哲也凄いじゃん、あのころから文才あるって思ってたけど、まさかホントに作家になっちゃうなんてねー。アタシの目に狂いはなかったね!
ところでさー、アタシまだ細々と書いてるんだけど、ちょっと暇な時でいいからダメ出しとかしてくんないかな~?
ファイル添付しとくからさ。
今は忙しいだろうから、手の空いた時でいいからね、よろしく~♡

 そんなものを見ている暇はない。俺は今『ヨメたぬき』が忙しいんだ。寝言は寝てから言え。……と思ったが、こうなると気になる。というか気に障る。逆にさっさとダメ出しして終わらせた方がいいかもしれない。一応俺を頼って来てくれたのだから、それなりにきちんと読んで真面目にダメ出ししてやろう。
 俺は添付されたファイルを開いて、彼女のショートストーリーを八年ぶりに読んだ。

 ああ、読んだよ。確かに読んだ。たったの一万文字だ、すぐに読み終えた。そして愕然とした。コイツ八年間全く進歩がない!
 使い古されたネタ、ありがちなストーリー展開、陳腐で安っぽい台詞、世界観にまるで合っていないキャラ、覚えにくいキラキラネーム、自己陶酔型の表現、読者をまるで意識していない言葉選び、ご都合主義な結末。どれをとっても『下の下の下』だ。
 さすがにこのままの感想を送る訳にはいかないので、最大限努力して柔らかい表現で問題点と回避策を書いて返信してやった。一万字の作品に対して二万字のダメ出しだ。このために六時間も費やしてしまった。
 ところが、三十分ほどですぐにまた返信が来た。

哲也ってサイテー!
普通はまず褒め言葉から入るもんじゃない?
ダメ出しってそれから少しずつでしょ?
いきなりダメ出しって、あんたバカ? 
常識も知らないの?
あんたなんかに頼んだアタシがバカだったし。
ちょっとくらい自分の作品が本になるからって、あんた何様?
ヒトの事こんな風にダメ出しできるほど偉くなったわけ?
何調子こいてんの、信じらんないよね。
あんたの本なんか絶対買わないから。

 は? ちょっと待てよ。俺コイツのダメ出し書くのに六時間費やしたんだぜ? お前がダメ出ししろって言ったんじゃねーの? なんだそれ、褒めて欲しいだけかよ? なんで俺が本出すのにそんな言い方されなきゃなんねーんだよ? もう意味わかんねーよ。女ってみんなこうなのかよ? 俺の貴重な六時間返せ。

 気持ちのやり場が無くなった俺は、この気持ちを吐き出す場所さえもネットに求めた。ツイッターでボソッと愚痴ってしまったのだ。
「ダメ出ししてくれって言うからこのクソ忙しい時期に時間割いてダメ出ししたのに、なんで『褒めてくれない』って罵られなきゃならないんだ? 褒められたいだけなら『ダメ出ししてくれ』なんて依頼しないで欲しい……」
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