下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは

文字の大きさ
76 / 102
全ての始まりと終わり

.

しおりを挟む
「揚げ物は位置が高いから私がするわ。じゃあ、天つゆ作ってくれる?大根おろしも欲しいかな」

「分かった!」

大根の皮を剥いておろすが、前まで力が入らずにしゃぶしゃぶの大根おろししかできなかったが、毎日釣りをしたり出掛けたりし、手摺で腕の力もだいぶ入るようになったので、ちょっと疲れたがしっかりとした物ができた。それを器に盛りつけながら、膝に載せて土間の机に置く。

板の間からは那智の怒鳴り声と、それを窘める冬弥の声が聞こえてきて、帰ってきたんだなと実感する。

「栞さん、今のうちに宮司さんの家に行ってもいい?お土産おきに行きたいけど、お饅頭でいいかな?」

「ええ、よろしく伝えてね」

部屋にお土産を取りに行ってから土間の裏口から出て宮司さんの家のインターホンを鳴らす。

栞の実家に遊びに行かせてもらったとお土産を渡し、元来た道を戻る。

「雪翔君、あっちは片付きそうにないから今日はここで食べましょうか」

「うん、じゃあ降りないと……」

流石に土間の机は高いので、木の椅子に座る時には車椅子から降りて座り直すことにしている。

机に掴まって座ろうとした時に、脇を持ち上げられてヒョイっと椅子に座らされる。

「冬弥さん……これくらい出来るよ?」

「いえ、つい。まだまだ軽いですねぇ。もう少し体力をつけた方がいいかもしれません」

体力よりも持ち上げられて座らされたのが赤ちゃんぽくてとても恥ずかしいとも言えずに、つい下を向いてしまう。

「最後の書類だけ書いてくれ。あとは俺が手続きに持っていくから」

「はいはい」

撫で撫で撫で撫で……

夕食は衣がサクサクで美味しく、珍しく那智にも大根おろしがしっかり出来ていると褒められた。

「今更ですけど、雪翔の事有難う御座いました。まさか那智が子育てを……」

「今回は約束だったしな……まぁ、楽しかったが……」

「栞さんも大変だったでしょう?」

「私はそんな事は。でも、みんなが手伝ってくれたので。 今回はみんなが当番制で掃除とか手伝ってくれたし、那智様が特に色々と動いてくださったので助かりました」

まぁ飲めとばかりに、来たばかりの日本酒を瓶のまま御猪口ではなく湯のみに入れている。

「おい、湯のみはないだろう?」

「細かいことはそのくらいで。私の部屋の酒……全部飲んだでしょう?」

「俺だけじゃないがな」

「だとしてもです。中々手に入らないお酒もあったのに……」

「そう言うな……」

「さて、今後なんですけどねぇ。診察は明後日。それはついて行きます。リハビリはバスで行きます?」

「うん」

「これから夏休みがが終わるまであと少ししかありません。完全に思い出す手助けはできます。どうしますか?」

「完全に?」

「そう、雪翔が思い出したのは、こんな事があったと言う事実まで。本当に思い出すと言うのは、その時の痛みや苦しみ、怒りなども含めてのことを言います」

「それは……前にも頼んだけど、学校の中に入って、その場所が見てみたいんだ……」

「那智、手続きお願いしますね?」

「はいはい。明日にでも行けるようにできるけどどうする?」

「……行く」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...