神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは

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1巻

1-2

 それから約束の日まで何事もなく過ごし、神社へ行く当日にやっぱり無理だとごねたけれど、祖父に「行かなければ家に入れん!」と言われ、家から出されてしまった。
 仕方がなく夜道を自転車で急ぎ神社に着いたものの、奥の立ち入り禁止のロープをまたぎ、中に入っていくのは気が引ける。
 一応街灯はところどころ点いているが、風で聞こえてくるガサッという葉音や、砂利を踏む自分の足音さえ、何かいるのか? と振り返るほど怖い。
 しかも、目的の家は明かりも点いておらず、きびすを返して帰りたくなる。

はよう入らんか」
「うわぁぁぁぁぁ!」

 いきなり後ろから声がしたので振り返ったところ、この前の爺さん……八意さんが立っていた。強制的に家の中へ入れられ、真っ暗な土間に足を踏み入れると、それが合図だったかのように蝋燭ろうそくの明かりが点く。
 心臓がまだバクバクと鳴っている。俺の寿命が縮むじゃあないか!

「今度から、お前さんが来たら点くようにしておいたから安心せい」

 そういう問題ではないよ、神様……

「ここの明かりとかも、外からは見えないようになってるんですか?」
「ちゃんと見られんようにしとるわい。それよりも、きちんと本は読んできたかの?」

 そう言われても、あんな分厚い百科事典のようなもので、やることもわからないのにどうやって予習すればいいんだ? そんな文句を口にする前に、「まぁ、上がりなさい」と八意さんにうながされる。
 八意さんについて上がると、前に上がった奥の座敷ではなく、一番手前の座敷に座布団と文机ふづくえが置いてあった。

「あの、本についてなんですけど……」
「ふむ」
「あんなの覚えられません! 無理です!」

 やっと言えた!

「では毎回持ってくると良い。今日は紹介したいやつがおってな、お主が教えることになる生徒じゃ」
「いや、引き受けるっていうのは爺ちゃんが勝手に言っただけだし……。何度も言いましたけど、俺には無理ですって」
「そろそろ来ると思うぞ。ふむ。会ったらわかるであろうよ」

 全然話を聞いてもらえない。それに会ったらわかるなどと言われても……神様に何かを教えられることがあったとしても、こっちが教えることなんてないだろう。そう思っていると、ガタガタガタッと乱暴に扉の開く音がする。
 何々? この古い建物でこんな音がするなんて、怖いからやめてくれ!

「来たな。あぁそうじゃ、この瓢箪ひょうたんを持ってなさい。蓋を開けて、『入れ』と言えば生徒が吸い込まれ、『出てこい』と言えば出てくる。小さいものじゃから常に身につけていてほしい」

 そう言って俺に小さな瓢箪ひょうたんを渡した八意さんがふすまを開け「先生を待たせるでない、馬鹿ものが!」と怒鳴る。そうして早く中に入るようにうながした人物は――
 上下革のジャケットにパンツ。アクセサリーをジャラジャラとつけている赤髪の少年だった。
 これが神様のわけがない!
 それでも、もしかして……と困惑していたら、隣に立った八意さんが自己紹介をしろと少年に言い出す。なんだか、手を焼いている様子に見える。

具土ぐつちだ!」
「……佐野翔平です。こんばんは……」

 俺と同じ年頃だろうか、話し方はぶっきらぼうで、会話する気がないみたいだ。

「翔平、迦具土については知っておるか?」
「なんとなーく聞いたことがあるような……」
「やはり次からは本がいりそうじゃの。本人からも話をさせるが、何をどう教えるのかは、翔平に決めてもらいたい。今回はわしもちょっと協力しよう」

 座布団の上で膨れっ面をしている迦具土が、自分が知っている通りの神様ならば、確か火の神様だったはず。

「えっと、八意さん」
「何かな?」
「彼は火の神様でいいんですよね?」
「そうじゃ。これは生まれが生まれだけにかなりの偏屈になっておる」
「誰が偏屈だ! クソジジィ!」
「の? 偏屈じゃろ?」

 そう話しかけてくる八意さんにおずおずと言う。

「学校の授業などでは神様について習わないので、いまいちよくわかってないです」

 すると、迦具土が「え? お前、俺のこと知らねーの?」と驚いた顔でこちらを見る。

「すいません」

 つい謝ってしまったが、知らないものは知らない。
 この前の話では、今の日本について教えろだのなんだのということだったが、教えられる側にしては態度がでかい。でも、もう帰りたいな……なんて言ったら、きっと爺ちゃんに怒られる。

「仕方ねーなー。俺の母親は伊邪那いざなみみことってことは知ってるか?」

 そこは知っているのでコクコクと頷く。
 なんだか上から目線なことに、とっても腹が立つのは何故だろう?

「俺が生まれた時に、火の神を産んだことで母親が死んだんだよ。で、怒った親父……伊邪那いざなぎみことが俺を十束とつかのつるぎで切って殺して……あ、八つにされたんだ。で、流れた血からも八柱の神ができて、体からも八柱の神ができたってわけ。な? 最悪だろ?」

 最悪だろ? と言われても答えようがないので、頷きつつ頭を整理する。

「それで生まれた神様として、たけ御雷神みかづちのかみって名前は聞いたことがあります」
「あ、そいつは俺の頭をはねた時に、剣の根元の血が岩に飛び散って生まれた神の一柱だな」

 さらりと怖いことを言われ、つい正座していた足を崩して後ずさりしてしまう。当たり前じゃないか。俺はただの! 普通の! 人間だから!
 でも、話を聞いていかないと帰してくれないんだろうなぁ。

「えーと、で、俺は何をしたらいいんでしょうか?」
「それなんじゃがなぁ、この口の悪い小童こわっぱには一つ問題があってだな……あー、今の日本について教えつつ、それを何とかしてもらおうと思うておる」
「問題……ですか?」
「火の神なのに、火が怖いんじゃと……それで、小童こわっぱが火を怖がらなくなるようにしてもらいたい」

 無理だ! そんなの俺にどうこうできる問題じゃない!
 それでもやるしかなさそうな雰囲気だったので、ひとまずどの程度まで火がダメなのかを聞いてみる。途端、迦具土が面白くないと言わんばかりの顔をした。

「別に俺は火が怖いってわけじゃ……」

「そうなんですか? だったらこの蝋燭ろうそくの火は?」と、近くにあった蝋燭ろうそくを近づける。

「うわぁぁぁ! 寄せるな馬鹿!」

 顔からかなり離れていたのに後ろに下がった迦具土。改めて、置いてある蝋燭ろうそくは大丈夫なのかと聞く。すると八意さんが、以前試したところ、その程度離れているなら大丈夫だが、近付けられたり近寄ったりするとダメなのだと答えた。

「次にここに来るのは、二日後の金曜日でもいいですか?」

 とにかくあの百科事典を読まないと、俺にはわからないことばかり。

「構わんよ。ああ、小童こわっぱ瓢箪ひょうたんの中に入れて連れていくといい。好きな時に出せるし、腹が立ったらまた閉じ込めてしまえばよいからの。それと、基本的には小童こわっぱの姿は他の人間には見えんから、それも覚えておくように」

 期待しておるぞと言われた俺は、瓢箪ひょうたんに迦具土を入れてから、夜道を自転車で戻ったのだった。



   迦具土との生活


「ただいま」

 扉を開けたところ、遅い時間だったが明かりが点いていたので声をかける。

「爺ちゃん起きてる?」
「おかえり、翔平。寒かっただろう? 早くこっちで温まりなさい」

 そう言われたので炬燵こたつに入って足と手を温めていると、祖父が珍しくお茶をれてくれた。起きて待っていたということは、やはり気にしていたのだろうか?

「どうだった?」
「どうって言われても……あ、これ貰ったんだ。中に神様が入ってる」

 押し付けられた感が半端ない迦具土入り瓢箪ひょうたんを、炬燵こたつの机の上に置く。すると、祖父がそれを手に取り、すぐに返してくる。

「何かいるのはわかるんだが、見るのはやめておこう。私はもう引退したんだしな」
「でも、爺ちゃんには見えるんだろ? ほとんど無理やり俺に押し付けたんだから手伝ってよ」
「そうだなぁ。できることだけ……この家の中でのことならいいだろう。で、どんな神様なんだ?」
「迦具土って神様。火が怖いんだって」

 そう言うと、聞こえているのか瓢箪ひょうたんがカタカタと揺れる。本当のことを言っただけなのに中で怒っているのだろうか?

「ちょっと待ってて」

 そう言って、部屋に置いておいた分厚い本を持ってきて、か行から迦具土を探しページを開く。

「爺ちゃん、このページ」
「翔平、迦具土様についてどのように聞いた?」
「生まれが凄まじい神様って話だったよ」
「一度出してみてくれんか?」

 祖父に言われて、瓢箪ひょうたんの蓋を開けてから「出てきてくださーい」と言うと、すっと迦具土が出てきた。キョロキョロと部屋を見回して不思議そうな顔をしている。

「ここは……」
「俺が住んでる、爺ちゃんの家です。前にいるのが祖父で、この間まで神様の使いをしてました」
「どうりでにおう。あいつらの匂いが染み付いてるな。それよりも、蝋燭ろうそくの火がないのになんでこんなに明るいんだ?」

 そこからか! そこから教えないといけないのか? ものすっごく面倒くさい!

「これは電気といって、蝋燭ろうそくとかとは違う明かりです」
「火を使わないってことか?」
「そうですね、最近ではコンロも火が出ないものもありますし……」
「こんろ? でんき? って何だ? 火を使わずにどうやって米を炊く? 汁物もどうやって作るんだ⁉」

 俺が助けを求めるように見ると、祖父が頷いて前に出た。

「失礼します、迦具土様。今でも火は使います。使いますが、古くからあるかまどなどで米を炊くことはあまりありません。明日、翔平が学校から帰宅したら、元々火を使っていたものが、今はどうなっておるのか見られてはどうでしょう?」

 そう説明をしてくれて助かったが、この流れ……。これは、なしくずしで俺が継いだことになるのか?
 上手く乗せられた気がしないでもないけれど、瓢箪ひょうたんを持って帰って来た時点でもう後戻りはできなかったのだろう。

「爺さん、前の代では何をしてたんだ? 何かこいつと違う感じがするんだが」
「私は大国主命様の手伝いをしていただけにすぎません。祖先は話し相手として神社に通っていた者や、私と同様に悪いあやかしはらう者など、様々な役目をおおせつかってまいりました。孫の翔平に代替わりしたものの、翔平はまだまだ未熟。私もこの家の中でしたらお手伝いをさせていただきます」
「お前の爺さん、話長いな。明日から頼む」

 祖父の話を聞くだけ聞いた迦具土が瓢箪ひょうたんの中にスポッと戻っていったので、何だか拍子抜けしてしまう。というか、自分の意思でも入れるんだ……

「神社ではもっと口が悪くって、態度も悪かったんだけどなぁ」
「翔平、何でも相性というのがある。迦具土様は、翔平がまだ子供だからとそんな態度だったのかもしれんが、言葉が交わせる以上、ちゃんとした態度をとらんと失礼に当たる。お前、渡した本を読んでおらんのだろう?」
「あ……」
「あれには神様相手の一通りの作法、神様の経歴などが書かれておってな、もう一冊は歴代の使いが何をしたのかが書いてある日記のようなものだ。読んでおくといい。それと、どんなノートでもいいので、そこに自分がどんなことをしたのか書き記しておきなさい」
「日記ってこと?」
「日記というよりは記録と思えばいい。後々役に立つ日がくるだろう」

 今日はもう遅くなったから寝なさいと言われ、明日に備えて鞄へ教科書を詰めてから布団に入った。


 翌朝、机の上に置いておいた瓢箪ひょうたんがガタガタと揺れる音で目が覚めた。「何ですか?」と蓋を開けて迦具土に話しかける。

「お前が出てきていいって言わないと、出られないんだよ!」
「なんか小さいのに声は大きいですね……俺、学校なんで、ここに置いてってもいいですか?」
「アホかお前は! 俺の飯は?」

 神様もご飯食べるんだ……とボソッと言ったら、「腹くらいくに決まってるだろ!」と怒られた。食事内容に関しては本人に聞くしかないので、出てきてもらう。
 あぁ、朝から本当に勘弁してほしい。遅刻したらどうしてくれるんだ!

「お前の家、神棚あるだろ?」
「家と道場にありますけど」
「そうだな……次の授業というのまでは、瓢箪ひょうたんから勝手に出ないと約束してやる」
「それ以前に、出られないって言ってましたよね、さっき」

 そう言えば、授業はあの茅葺かやぶき屋根の家でするんじゃなかったっけ? もしかしなくても、迦具土の世話をていよく押し付けられたのか、俺? あぁぁぁ、なんであの時に普通に会話して帰ってきてしまったんだろう、と後悔しても、もう遅い。

「う、うるさい! その神棚に置いてけってんだ。お前の爺さんにも俺が見えるらしいし、変なことはできそうもないからな」
「変なこと?」
「脱走とか、脱走とか、脱走とか?」
「思いっきり逃げる気満々じゃないですか」
「火の神なんて他にいくらでもいるだろ? そいつらに任せたらいいんだよ。でも八意のジジイの顔を立てて次の授業までは脱走しないから、神棚に置いてけ」

 そこで疑問に思ったことを聞いてみる。何だかんだで聞いたら答えてくれるし、祖父の言っていたように、会話ができるのならばちゃんと話してみないといけないと思ったのだ。

「ちょっとした疑問なんですけど、瓢箪ひょうたんにいても食事はできるんですか? あと、神様って普段どこに住んでるんですか?」
「飯に関しては、ちゃんとまつってあれば、気だけで十分持つ。俺達の住んでるところは、何と言えばいいのか……人の暮らす地上ではない。簡単に言えば空の上?」
「そうなんですね。わかりました。逃げないって言った迦具土さんを信じます。祖父にお願いして時々様子を見てもらいますけど」

 脱走を連呼していたし、念のため。
 朝は道場にいる祖父を訪ね、先程の話をして瓢箪ひょうたんを預かってもらう。

「本当はお前が持ってないといけないんだぞ?」
「学校でガタガタされたら困る! 友達にも説明できないし、一日だけ頼むよ」
「わかった。しかし、私には出すことができないということは忘れるなよ?」
「うん、ごめん爺ちゃん。早く帰ってくるから」

 そうして支度をして逃げるように学校に行き、一日ソワソワとしながら、下校のチャイムとともに教室から出て自転車に乗り、急いで家に帰る。あぁぁぁ、絶対に友達に変な奴って思われたよ!


「ただいま。婆ちゃん、爺ちゃんは?」
「おかえり。お爺さんなら道場にいるけど……どうしたの?」
「ちょっと用事」

 そう言ってまた靴を履いていると、「ちゃんと手洗いとうがいするのよー!」と後ろから声がかかる。
 道場前に着いてすぐ、パンパンと竹刀しないのぶつかり合ういい音が聞こえてきた。誰か来ているのかと思いつつ、外で手を洗って、うがいも簡単に済ませる。そして道場の扉をそっと開けると、爺ちゃんと迦具土が手合わせをしていた。

「出てこられないんじゃなかったのかよ……」
「あ、おかえり。早かったな……おっとっと……」

 ハァハァと息を切らせている迦具土に対して、全然息の切れていない祖父。二人ともかなりの汗をかいていた。いつから稽古けいこをしていたんだろうと思うほど、冬なのにムワッとした熱気が出ている。

「クソジジィー! めーん!」

 迦具土の竹刀しないをパシッと手で受け止めた祖父が、「ばかものがぁぁぁ!」と怒り、仮にも神様の頭を竹刀しないで叩いた。

「不意打ちなんぞ許さん! そこに正座しておれ」
「じ、爺ちゃん。何してんだよ……」
「今日の朝にガタガタガタガタとあまりにもうるさかったんでな、蓋を開けて出てこられるなら出てきてみろと言ったら、出てしもうた」

 出てしまったじゃあない!

「その時に大国主命様が気配を感じて来てくださり、性根を叩き直せと言われてな。それならばちょっと相手をしてもらおうと思って道場に来たんだが……」
「朝から今まで?」
「何度か休憩は挟んだが、まぁよく食うわ、うるさいわ、こんな神様初めて見た」

 と、祖父は豪快に笑っている。
 いや、笑い事じゃないから……

「俺は今から何をすればいいの?」
「とにかく迦具土様の風呂と服だろう。この服しかないみたいだし、お前とは背の高さも違うから買い物に行ってきなさい」
「マジかよ……人には見えないんだよね?」
「本人がその気になれば見えるようにもできるはずだ」

 そうしてお金を貰って、近くのショッピングモールに行き、何着か服を見ていくものの、迦具土があれは嫌だこれは嫌だと言うので、なかなか決まらない。

「あのさ、今まで遠慮してたけど、神様だからっていい加減にしてくれる? 今着てるやつみたいなのはこの店にはないし、他の店にあっても高いから買えない。だから、ここのお店で選んでくれ」
「お、お、お前! 神に向かってなんてことを言うんだ」
「多分、爺ちゃんもそういう常識っていうの? それをわからせたかったんじゃないかな。普段は朝から夕方前まで稽古けいこつけるような人じゃないから。それに俺は、神様に今の国……日本について教えるんだよね? この洋服選びも授業だから!」

 きっともう引き受けたことになっているのだろうし、俺ができるのは普通の生活を教えることと、火を怖がらなくすること。
 それが一番の問題なんだが、まずは服選びを終わらせてしまいたい。

「とりあえず、これ以上文句言うなら、八意さんに無理やり引き渡すよ?」

 ちょっと言いすぎたかな? と気になったけれど、爺ちゃんから貰った一万円で下着や服を買おうと思ったら、安い服屋で揃えるしかない。迦具土は横でブツブツ文句を言っているが、元は素直なのだろう。嫌だと呟きながらも服を選び始めたので黙ってついて回る。

「これとこれにする」

 そう言って渡してきたのは、黒のパーカーと黒のパンツ。赤い髪で黒ずくめの服装というのは怪しい人に見えないでもないが、本人がそれでいいと言うなら仕方がないし、それほど長く地上にいるとも限らない。なので、試着をしてきてほしいとパンツを渡す。

「試着?」


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