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用意したのは、卵、チーズ、それと玉葱、人参、じゃが芋などの野菜。今日は旦那様がお好きなマッシュルームもあるから、それも入れよう。
エルナは野菜は小さく角切りにして軽く炒め、少し水を入れて火を通し、濃い目の味付けにしたそれを冷まし始めたところだった。
「こんにちはー」
コンコンと軽いノックの音が聞こえて、勝手口からフランツがひょいと顔を覗かせた。
「まぁ、フランツさん。いつもより早いですね」
普段は夕食の準備を始める前くらいの時間に来るのに、今はまだ正午過ぎだ。
「他のが終わったんで、早めに配達に来ちゃいました」
へへっ、と、まるで少年のように笑う様子に、エルナもつられて笑顔になる。
フランツが木箱を抱えて中に入ると、
「なんか、いい匂いがしますね」
と、鼻をひくひくとさせる。
「ちょうど今、旦那様の夕食の下準備をしていたんです。オムレツなんですけど、一回ちゃんと具を冷ました方が味が馴染むので」
「へぇー、そうなんですね」
ぐうぅーっと、大きな腹の虫がなり、フランツの顔が真っ赤になった。
「あっ、あはは、す、すみません」
「・・・・もし良ければ、召し上がって行かれますか?」
「いいんですか?」
クスクスと笑いながら、エルナはテーブルを指し示す。まるで横に揺れるしっぽが見えるようだ。
「ええ、ちょっと作りすぎてしまったんです。すぐ、出来ますから」
エルナは卵を五つ割ってとき、その中に先程の具とチーズを混ぜる。フライパンにバターを落として拡げたら、具を混ぜた卵を流し入れる。少しかき混ぜながら火を通し、ある程度固まったら、ひっくり返しつつ、皿に一度上げる。
両面を焼いたら、野菜とチーズのオムレツの完成だ。卵をたっぷりと使ったまん丸のオムレツは、イザベラとエルナにとって、たまに食べる最高のご馳走だった。
エルナはそれを、食べやすいように包丁で切った。ほかほかと美味しそうな匂いの湯気が立ち上ぼり、チーズがとろりと溢れる。
「どうぞ」
「うわ、旨そう。いただきます!」
フランツは一切れを二口三口で食べ進め、あっという間にぺろりと食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした!」
「・・・・・・・」
「エルナさん?」
「あ、いえ、まさか全部無くなるとは思ってなくて・・・・・。男の方ってこんなに食べるんですねぇ」
素直に感心して言ったのだが、フランツは焦ってあわあわとし始めた。
「えっ!!す、すみません、もしかしてエルナさんの分も・・・・」
「ああ、いえ、私は別に食べるのがありますから。大丈夫ですよ」
今と同じ量を夜に作って、旦那様には切り分けてお出しする予定だ。旦那様は普通の食事は少ししか取らないので、エルナと分けてちょうどいいくらいだから。
「それなら良かったぁ。身体を動かすから、これでも軽いくらいなんですよ」
「女ばかりだったから、男性の食欲を甘く見ていました」
食後のお茶を飲みながら、エルナとフランツは互いの家族の話をしていた。
父親と弟の三人暮らしで、一つ下の妹はすでに所帯を持っている事。母親は随分前に亡くなっていて、それからは自分と妹が家の中を切り盛りしてきた事。弟は末っ子らしく、気ままに生活している事。
「妹さん、大学に通ってるんですか。それはすごいや。でも、エルナさんも大変だったでしょう。偏屈なわからず屋でもうちは親父がいたし、妹も家の事やってくれたから。それを一人でやって来たなんて・・・・・。ほんとに、すごいなぁ」
フランツは心から賛辞している。大変な家庭で育ったらしいのに、とても真っ直ぐで、優しい心根の持ち主だ。
「妹がいたから、やって来られたんです。私一人だったら、きっと駄目でした。・・・・結局、私が妹に支えられているんです」
フランツは優しく微笑んだ。
「そうなんですね・・・・・・・・・・・・・っと、いけない。そろそろ行かないと。すみません、長居してしまって」
「あっ、ごめんなさい!わたしったら気付かないで・・・・・」
「いえ、こちらこそご馳走になっちゃって。ありがとうございました。また、配達に来た時に」
ぺこりと軽く頭を下げ、帽子を被り直したフランツはバタバタと立ち去った。
彼と話すと、何となく重苦しい心がすっと軽くなる。エルナはあまり広く人付き合いをするタイプではないけれど、彼の空気がそうさせるのかもしれない。
お昼を食べていると、窓から覗く空の雲行きが怪しくなってきた。
「大変、シーツが」
旦那様のお部屋のシーツも洗濯して干していたのに、とエルナは慌てて外に駆けていき、急いで洗濯物を取り込んだ。
取り込んで屋敷の中に入ると、ちょうどポツポツと雨が降り始めた。
「良かった、濡れずに済んで」
それからエルナは、シーツやシャツのアイロンがけを始めた。掃除も夕食の下準備も終わっているし、ゆっくりと手を動かす。
すると、熱によってシーツの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
石鹸の香りの中に、微かに薔薇が顔を覗かせる。
(香水を付けている様でもないのに・・・・)
香りというのは、五感の中でも一番記憶を刺激するらしい。エルナの脳裏に、夜の《食事》の情景が浮かび、体温がわずかに上がる。
アッカーマンの優しくも淫らな愛撫は、少しずつエルナの身体を変えている。まるで固い蕾が膨らみ、花弁に色がつき始めているように。
エルナ本人はまだそれに気づいていないが。
(あれは《お食事》のための行為だもの。今考える必要のない事だわ)
と、エルナは無理矢理、頭に浮かんでいた情景を追い出すため、手の動きを早めた。
熱いままだと皺になるので、よく冷ましてからシーツを軽くたたみ、旦那様の部屋に向かう。
大きなベッドに真っ白なシーツを広げ、ぴんと張って丁寧に角を折り込む。
「これで、良し」
シーツをきちんと整えられると、気持ちが良い。エルナは立ち上がって仕上がりを確認する。
綺麗に出来たけれど、明日は《お食事》の日。エルナの頬が、また熱を持った。
(どうしたのかしら、わたし。何だか変だわ)
エルナが背後に気がまわらなかったのは致し方ない事だった。
「・・・・・何か考え事か?ミス・フィッシャー」
エルナは野菜は小さく角切りにして軽く炒め、少し水を入れて火を通し、濃い目の味付けにしたそれを冷まし始めたところだった。
「こんにちはー」
コンコンと軽いノックの音が聞こえて、勝手口からフランツがひょいと顔を覗かせた。
「まぁ、フランツさん。いつもより早いですね」
普段は夕食の準備を始める前くらいの時間に来るのに、今はまだ正午過ぎだ。
「他のが終わったんで、早めに配達に来ちゃいました」
へへっ、と、まるで少年のように笑う様子に、エルナもつられて笑顔になる。
フランツが木箱を抱えて中に入ると、
「なんか、いい匂いがしますね」
と、鼻をひくひくとさせる。
「ちょうど今、旦那様の夕食の下準備をしていたんです。オムレツなんですけど、一回ちゃんと具を冷ました方が味が馴染むので」
「へぇー、そうなんですね」
ぐうぅーっと、大きな腹の虫がなり、フランツの顔が真っ赤になった。
「あっ、あはは、す、すみません」
「・・・・もし良ければ、召し上がって行かれますか?」
「いいんですか?」
クスクスと笑いながら、エルナはテーブルを指し示す。まるで横に揺れるしっぽが見えるようだ。
「ええ、ちょっと作りすぎてしまったんです。すぐ、出来ますから」
エルナは卵を五つ割ってとき、その中に先程の具とチーズを混ぜる。フライパンにバターを落として拡げたら、具を混ぜた卵を流し入れる。少しかき混ぜながら火を通し、ある程度固まったら、ひっくり返しつつ、皿に一度上げる。
両面を焼いたら、野菜とチーズのオムレツの完成だ。卵をたっぷりと使ったまん丸のオムレツは、イザベラとエルナにとって、たまに食べる最高のご馳走だった。
エルナはそれを、食べやすいように包丁で切った。ほかほかと美味しそうな匂いの湯気が立ち上ぼり、チーズがとろりと溢れる。
「どうぞ」
「うわ、旨そう。いただきます!」
フランツは一切れを二口三口で食べ進め、あっという間にぺろりと食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした!」
「・・・・・・・」
「エルナさん?」
「あ、いえ、まさか全部無くなるとは思ってなくて・・・・・。男の方ってこんなに食べるんですねぇ」
素直に感心して言ったのだが、フランツは焦ってあわあわとし始めた。
「えっ!!す、すみません、もしかしてエルナさんの分も・・・・」
「ああ、いえ、私は別に食べるのがありますから。大丈夫ですよ」
今と同じ量を夜に作って、旦那様には切り分けてお出しする予定だ。旦那様は普通の食事は少ししか取らないので、エルナと分けてちょうどいいくらいだから。
「それなら良かったぁ。身体を動かすから、これでも軽いくらいなんですよ」
「女ばかりだったから、男性の食欲を甘く見ていました」
食後のお茶を飲みながら、エルナとフランツは互いの家族の話をしていた。
父親と弟の三人暮らしで、一つ下の妹はすでに所帯を持っている事。母親は随分前に亡くなっていて、それからは自分と妹が家の中を切り盛りしてきた事。弟は末っ子らしく、気ままに生活している事。
「妹さん、大学に通ってるんですか。それはすごいや。でも、エルナさんも大変だったでしょう。偏屈なわからず屋でもうちは親父がいたし、妹も家の事やってくれたから。それを一人でやって来たなんて・・・・・。ほんとに、すごいなぁ」
フランツは心から賛辞している。大変な家庭で育ったらしいのに、とても真っ直ぐで、優しい心根の持ち主だ。
「妹がいたから、やって来られたんです。私一人だったら、きっと駄目でした。・・・・結局、私が妹に支えられているんです」
フランツは優しく微笑んだ。
「そうなんですね・・・・・・・・・・・・・っと、いけない。そろそろ行かないと。すみません、長居してしまって」
「あっ、ごめんなさい!わたしったら気付かないで・・・・・」
「いえ、こちらこそご馳走になっちゃって。ありがとうございました。また、配達に来た時に」
ぺこりと軽く頭を下げ、帽子を被り直したフランツはバタバタと立ち去った。
彼と話すと、何となく重苦しい心がすっと軽くなる。エルナはあまり広く人付き合いをするタイプではないけれど、彼の空気がそうさせるのかもしれない。
お昼を食べていると、窓から覗く空の雲行きが怪しくなってきた。
「大変、シーツが」
旦那様のお部屋のシーツも洗濯して干していたのに、とエルナは慌てて外に駆けていき、急いで洗濯物を取り込んだ。
取り込んで屋敷の中に入ると、ちょうどポツポツと雨が降り始めた。
「良かった、濡れずに済んで」
それからエルナは、シーツやシャツのアイロンがけを始めた。掃除も夕食の下準備も終わっているし、ゆっくりと手を動かす。
すると、熱によってシーツの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
石鹸の香りの中に、微かに薔薇が顔を覗かせる。
(香水を付けている様でもないのに・・・・)
香りというのは、五感の中でも一番記憶を刺激するらしい。エルナの脳裏に、夜の《食事》の情景が浮かび、体温がわずかに上がる。
アッカーマンの優しくも淫らな愛撫は、少しずつエルナの身体を変えている。まるで固い蕾が膨らみ、花弁に色がつき始めているように。
エルナ本人はまだそれに気づいていないが。
(あれは《お食事》のための行為だもの。今考える必要のない事だわ)
と、エルナは無理矢理、頭に浮かんでいた情景を追い出すため、手の動きを早めた。
熱いままだと皺になるので、よく冷ましてからシーツを軽くたたみ、旦那様の部屋に向かう。
大きなベッドに真っ白なシーツを広げ、ぴんと張って丁寧に角を折り込む。
「これで、良し」
シーツをきちんと整えられると、気持ちが良い。エルナは立ち上がって仕上がりを確認する。
綺麗に出来たけれど、明日は《お食事》の日。エルナの頬が、また熱を持った。
(どうしたのかしら、わたし。何だか変だわ)
エルナが背後に気がまわらなかったのは致し方ない事だった。
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