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先程からエルナは、チラチラと時計を見ている。イザベラがカフェを出ていって、一時間以上経っている。
「イザベラ、どうしたのかしら・・・・・・」
「きっと、話が盛り上がってるんじゃありませんか?」
「そうでしょうか・・・・・・」
ケーキとお茶も飲み終えて、カップはすっかり冷たい。エルナはカタン、と立ち上がった。
「やっぱり私、少し周りを見てきます」
「あ、じゃあ俺も・・・・・・」
フランツが立とうとするのをエルナは留まらせた。
「申し訳ありませんが、フランツさんはもう少しここにいてもらってよろしいですか?イザベラと入れ違いになってしまうかもしれないし」
「それも、そうですね・・・・・」
「申し訳ありませんけれど、十五分待っても来なかったら、先に帰ってて下さい。少し寒くなってきましたから。すみません、お詫びはまたあらためて・・・・・・」
エルナはストールを巻き直した。
「いえ、いいんです。気にしないでください」
ペコリと頭を下げて、エルナは急ぎ足でカフェを後にした。
その頃イザベラはというと、本屋に入って法律学の本を探していたが、やはり地方の街の本屋に専門的なものがあるはずもなく、大学の図書館が恋しくなっていた。
姉さんと過ごせるのは言うまでもなく嬉しい。けれどイザベラにとって、大学は既に自分の大事な居場所だった。
勉強は貧しい生活から抜け出すための手段と思っていたけれど、やはり好きでなければ続くはずもない。男だらけの同級生や教授は、女である自分を馬鹿にする輩がほとんどだとしても。
ふと目を上げ、本屋の窓から外を見る。姉さんとフランツさんは上手くいったかしら。
上手くいっているなら良し。そうでないなら助け船を出さねばならない。
そろそろカフェに戻ってみようかと考えるイザベラは、一度手元の本に目を戻したが、すぐにまた目線を上げた。
だってなんと、姉のエルナが道を歩いていたのだから。
(な、なんで?!フランツさん、何やってんの!!)
本を盾にしてエルナの動向を覗き見ていると、すぐに理由がわかった。
(姉さん、私を探してくれてるんだ・・・・・・)
姉さんが人に聞いたり、不安そうに走り回って私を探している。頑張って仕事を終わらせて、せっかく街に出てきているのに。
溜息を吐きながらも、イザベラの口の端は上を向いていた。
「しょうがないなぁ、もう・・・・・・・・あれ・・・・・・・・??」
イザベラが再びエルナの姿を目で捉えると、エルナは足を引き摺る男性と共に、狭い路地へ入っていくところだった。
「姉さん・・・・・・・・・?」
(どこに行っちゃったのかしら。あの食事以来、何だかいつもと違うし・・・・・・・・)
エルナが探し回っても、イザベラはなかなか見つからなかった。
本屋の近くで新聞を売る老人を見かけて、エルナはイザベラの事を見かけなかったか聞いてみる事にした。
「あの、すみません。小麦色の髪の女性を見ませんでしたか?二十歳前くらいの、背は私より少し低くて、青色のワンピースを着ているんですけど・・・・・・」
「いや知らんね」
老人はしっしっと追い払う仕草をしながら、顔も上げずにそう答えた。
「す、すみません・・・・・」
エルナは頭を下げて、その場を去った。少し離れた所で立ち止まり、手をぎゅっと握り締める。
一度カフェに戻ってみようか。もしかして入れ違いになったかもしれないし。
そう考えてくるりと身を翻すと、突然声を掛けられた。
「あんたの言ってる女なら、さっき見掛けたよ」
エルナはパッと振り返った。エルナに声を掛けたのは、髭がぽつぽつと生えたままの、どことなく気怠げな感じの男性だった。
「本当ですか?」
しかし今のエルナはそんな事に頓着していられる心情ではなく、男性の方に身を乗り出した。
男はポリポリと顎を掻きながら言った。
「ああ。あっちの方でね、具合が悪そうに踞っていたよ。声を掛けたが、構わないで大丈夫だって言ってなぁ。姉ちゃん、案内してやるよ」
「お願いします」
イザベラが見たのはまさにこの瞬間であった。
男は狭い路地に入っていった。日の光が射さない薄暗い路地には、折れた角材や煉瓦やらが散らばっている。
先へ進むにつれて、街の喧騒が遠くなっていく。
男は左足を引き摺っていた。怪我をしているのか、生まれつきか、エルナは逸る気持ちを抑えるために、ゆっくりとした歩調に合わせる事に集中した。
辺りに人がいなくなってきて、エルナは先を行く男に聞いた。
「あの、すみません。妹は・・・・・・」
「ああ、ああ、妹ね。・・・・・おーい、連れて来たぞぉ」
男が一声掛けると、どこに隠れていたのか、帽子を被った男が一人、もと来た道を塞ぐようにして、姿を現した。
「・・・・・妹はどこですか?」
エルナは声が震えないように、喉の奥で低く呟いた。
「あー、あれな。おかしいなぁ、どっかに行っちまったみたいだ。なぁ?」
エルナを連れてきた男の問い掛けに、背後の帽子の男も馬鹿にしたような笑いを洩らす。
「・・・・・帰ります。そこをどいて下さい」
エルナの言葉に男達は答える事なく、下卑た笑いを顔に張り付けたまま、ゆっくりと近付いて来る。
エルナは薄汚れた壁まで追いやられ、背中をつけた。帽子の男がぬっと手を伸ばして、エルナの腕を取ろうとした。
「離れなさい!」
力強い声が狭い路地に響き渡った。
「イザベラ、どうしたのかしら・・・・・・」
「きっと、話が盛り上がってるんじゃありませんか?」
「そうでしょうか・・・・・・」
ケーキとお茶も飲み終えて、カップはすっかり冷たい。エルナはカタン、と立ち上がった。
「やっぱり私、少し周りを見てきます」
「あ、じゃあ俺も・・・・・・」
フランツが立とうとするのをエルナは留まらせた。
「申し訳ありませんが、フランツさんはもう少しここにいてもらってよろしいですか?イザベラと入れ違いになってしまうかもしれないし」
「それも、そうですね・・・・・」
「申し訳ありませんけれど、十五分待っても来なかったら、先に帰ってて下さい。少し寒くなってきましたから。すみません、お詫びはまたあらためて・・・・・・」
エルナはストールを巻き直した。
「いえ、いいんです。気にしないでください」
ペコリと頭を下げて、エルナは急ぎ足でカフェを後にした。
その頃イザベラはというと、本屋に入って法律学の本を探していたが、やはり地方の街の本屋に専門的なものがあるはずもなく、大学の図書館が恋しくなっていた。
姉さんと過ごせるのは言うまでもなく嬉しい。けれどイザベラにとって、大学は既に自分の大事な居場所だった。
勉強は貧しい生活から抜け出すための手段と思っていたけれど、やはり好きでなければ続くはずもない。男だらけの同級生や教授は、女である自分を馬鹿にする輩がほとんどだとしても。
ふと目を上げ、本屋の窓から外を見る。姉さんとフランツさんは上手くいったかしら。
上手くいっているなら良し。そうでないなら助け船を出さねばならない。
そろそろカフェに戻ってみようかと考えるイザベラは、一度手元の本に目を戻したが、すぐにまた目線を上げた。
だってなんと、姉のエルナが道を歩いていたのだから。
(な、なんで?!フランツさん、何やってんの!!)
本を盾にしてエルナの動向を覗き見ていると、すぐに理由がわかった。
(姉さん、私を探してくれてるんだ・・・・・・)
姉さんが人に聞いたり、不安そうに走り回って私を探している。頑張って仕事を終わらせて、せっかく街に出てきているのに。
溜息を吐きながらも、イザベラの口の端は上を向いていた。
「しょうがないなぁ、もう・・・・・・・・あれ・・・・・・・・??」
イザベラが再びエルナの姿を目で捉えると、エルナは足を引き摺る男性と共に、狭い路地へ入っていくところだった。
「姉さん・・・・・・・・・?」
(どこに行っちゃったのかしら。あの食事以来、何だかいつもと違うし・・・・・・・・)
エルナが探し回っても、イザベラはなかなか見つからなかった。
本屋の近くで新聞を売る老人を見かけて、エルナはイザベラの事を見かけなかったか聞いてみる事にした。
「あの、すみません。小麦色の髪の女性を見ませんでしたか?二十歳前くらいの、背は私より少し低くて、青色のワンピースを着ているんですけど・・・・・・」
「いや知らんね」
老人はしっしっと追い払う仕草をしながら、顔も上げずにそう答えた。
「す、すみません・・・・・」
エルナは頭を下げて、その場を去った。少し離れた所で立ち止まり、手をぎゅっと握り締める。
一度カフェに戻ってみようか。もしかして入れ違いになったかもしれないし。
そう考えてくるりと身を翻すと、突然声を掛けられた。
「あんたの言ってる女なら、さっき見掛けたよ」
エルナはパッと振り返った。エルナに声を掛けたのは、髭がぽつぽつと生えたままの、どことなく気怠げな感じの男性だった。
「本当ですか?」
しかし今のエルナはそんな事に頓着していられる心情ではなく、男性の方に身を乗り出した。
男はポリポリと顎を掻きながら言った。
「ああ。あっちの方でね、具合が悪そうに踞っていたよ。声を掛けたが、構わないで大丈夫だって言ってなぁ。姉ちゃん、案内してやるよ」
「お願いします」
イザベラが見たのはまさにこの瞬間であった。
男は狭い路地に入っていった。日の光が射さない薄暗い路地には、折れた角材や煉瓦やらが散らばっている。
先へ進むにつれて、街の喧騒が遠くなっていく。
男は左足を引き摺っていた。怪我をしているのか、生まれつきか、エルナは逸る気持ちを抑えるために、ゆっくりとした歩調に合わせる事に集中した。
辺りに人がいなくなってきて、エルナは先を行く男に聞いた。
「あの、すみません。妹は・・・・・・」
「ああ、ああ、妹ね。・・・・・おーい、連れて来たぞぉ」
男が一声掛けると、どこに隠れていたのか、帽子を被った男が一人、もと来た道を塞ぐようにして、姿を現した。
「・・・・・妹はどこですか?」
エルナは声が震えないように、喉の奥で低く呟いた。
「あー、あれな。おかしいなぁ、どっかに行っちまったみたいだ。なぁ?」
エルナを連れてきた男の問い掛けに、背後の帽子の男も馬鹿にしたような笑いを洩らす。
「・・・・・帰ります。そこをどいて下さい」
エルナの言葉に男達は答える事なく、下卑た笑いを顔に張り付けたまま、ゆっくりと近付いて来る。
エルナは薄汚れた壁まで追いやられ、背中をつけた。帽子の男がぬっと手を伸ばして、エルナの腕を取ろうとした。
「離れなさい!」
力強い声が狭い路地に響き渡った。
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