31 / 92
第二章
いつもと違う
しおりを挟む『交易の失敗、1か月ほど前』
ウィオルは宿からの帰り、自室でメモをまとめていた。
だが、すぐに頭を横切るのはギルデウスに抱き寄せられた時の記憶である。またも思い出して、頭を振って追い出そうとするができなかった。
あのあと、ウシュラムが帰ってきたことでウィオルは慌ててギルデウスと距離を取った。
しかし、駐屯所に帰ってきても頭の中は変な想像に満たされて集中ができない。
「どうなってしまったんだ……」
ウィオルが頭を抱えて机に突っ伏す。ギルデウスの裸とありもしない跡ばかりを考えてしまう。
まさか男相手に、よりにもよってあのギルデウスを相手にこんな想像するとは思わず、ウィオルは腕に埋めた顔に苦悶の表情を浮かばせた。
そもそもこの心臓の高鳴りはなんなんだ。まったく治らない。
顔を埋めたまま部屋はしんと静まり返る。
その静かさを破るようにドアは蹴り開けられた。ウィオルがぴくっと反応する。
「だから壊れると言っーーレオン?」
跳ね返ったドアを支えながらレオンが息を切らしている。
「早く一階に行け!」
「どうした?」
「あの悪魔また暴れ出したぞ!」
「ギルデウスが!?」
ウィオルが慌てて一階に行くと一階は様子変わりしていた。
テーブルや椅子らは蹴散らされ、地面に倒れた騎士たちが呻いている。
レクターは縦にひっくり返されたテーブルの陰に隠れて震えていた。ちょうどギルデウスの位置から死角になっている。
「なんでまた……」
「あの悪魔が立ちながら寝やがったんだ!寝ているのを知らない騎士たちが酒で騒いで起こしてしまったんだよ」
レオンはそう説明するとウィオルの背中を押した。
「頼んだ。信じてる親友」
「親友の意味はき間違えてないか?」
「ごちゃごちゃ言わずきに行け。お前の仕事だろ?」
「その通りだが……他の人たちに避難させてもらわないと」
「それなら簡単だ。おい!ウィオルが任せろって言ってる!逃げるぞ!」
レオンがそう叫ぶと、騎士たちは一斉に振り返り、ウィオルの姿を見つけるとギルデウスに向かって「あっちに敵がいる!」と指差した。
……本当に迷いがないやつらだな。
敵、という言葉に反応してギルデウスがゆっくりとウィオルのいる方向を見た。
「……敵?」
ギルデウスがつぶやくように言うとバッと走り出した。ウィオルは反射的に腕で顔をかばったが、拳がめり込まれるんじゃないかというほどの衝撃を受けて後ろへ倒れた。
後ろが上がり階段だったためうまく受け身が取れず、一歩下がった足が階段を踏み外してゴンと後頭部をぶつけてしまう。
「っ……!ふぐっ!」
階段に倒れ込んだままウィオルは口をふさがれてしまった。
夢うつつ状態なギルデウスの喧嘩スタイルは、基本一発で行動不能にできなければ馬乗りで殴り続けるというものだが、なぜか掲げられたはずの拳が降ってこない。
ウィオルはそのすきに蹴り飛ばそうとしたが、はらりと顔に何かが落ちてきた。ギルデウスがつけている目隠しである。
眼帯の下につけているせいで、右目部分は眼帯に挟み込まれたままである。急にまぶしい光が入ってきたのか、ギルデウスがまぶしそうに左目を細め、空中にとどまらせた拳は目を覆った。その手が震えていることに気づいてウィオルは急いで目隠しをギルデウスの目に当てた。
すると、震えていた手がぴたっと止まり、焦点が合っていない目は見開かれた。
次の瞬間、ウィオルは抱きかかえられ、頭を押さえられた。一瞬どきりとする。
「ギルデウス?」
いつもと違う状態にウィオルが訝しんだ。こんなことは初めてである。
「大丈夫だ……声を出すな。居場所がバレる」
「な、なんの居場所だ?」
「避難所に隠れろ、ルナ」
避難所!もしかして、俺を誰かと間違えている?
ウィオルは試しに手を伸ばして抱き返した。すると抱きしめられる力は増して痛いと感じるほどになった。
「……ゥ、スもいる」
「今のは誰の名前だ?」
聞き逃した名前をもう一度聞き返した時、押さえていた目隠しが外れてしまった。
宿から出たミジェールは憤慨した表情で駐屯所に向かっていた。
後ろにはカシアムとウシュラムら傭兵が数人ついており、その周りに必死に止めようとシャスナ村の騎士たちが囲んでいる。
「だから今はやめろと言ってるだろ!」
「死にてぇか貴様ら!」
騎士たちに阻止されるのも気にせず、ミジェールはどこか見下した顔で言う。
「ふん、腰抜けどもめ。いったい何があるというのだ?わしはもう2日も待っている。これ以上待っていられるか!あのウィオルという騎士がこの件を仕切っているのだろう?会わせてもらうぞ!」
「だから本当にダメだっつってんだろ!デブ!」
「誰がデブだ!田舎の騎士どもめ!」
カシアムは騎士たちの様子を見て考え込むようにあごに手を置いた。
「……時間を改めて来たほうがいいかもしれんぞ」
「カシアム!貴様まで腰抜けになったか!」
腰抜け呼ばわりされてカシアムの目に危険さがにじみ出た。
ミジェールがビクッと顔を引きつらせる。
「俺たちの役目はお前を守ることだ。下僕じゃない。勘違いするなよ。テメェが命を大切にしてくれないとこっちも守りきれん」
「ぐっ……」
「だがまあ、お前がどうしても行きたいならかまわんがな。何かあって俺たちのせいにしなければーーあん?」
しゃべっている間に駐屯所に来ており、カシアムは建物内が騒がしいことに気づいた。
「やっぱりまだ終わってなかった!!」
騎士たちはなぜか建物から距離を取り始める。それを見て傭兵たちも警戒心が湧き出た。
中からドゴンッという音に続いてドアを突き破って誰かが投げ出された。
「ウィオル!?」
騎士の誰かがそう叫んだ。
カシアムは飛んでくる人を見て驚き、反射的に受け止めてしまった。
「お前さん、今朝来た騎士か」
「あなたは傭兵のーーしまった!全員出入り口から離れろ!」
そう叫んだ次の瞬間、空の酒瓶がウィオルめがけて飛んできた。
カシアムはウィオルを受け止めたまま横へ避けると、地面に当たって割れた破片がミジェールの目に飛んでいった。
「わしの目が!あああっ!!」
「黙れ!かすり傷しかできてねぇよ!」
ウシュラムがミジェールを引きずって傭兵たちの中央に投げた。
「おとなしくしてろ!」
酒瓶、椅子、テーブル、果てに包丁まで飛んできたのを見てカシアムが目をひくつかせた。
ギルデウスが中から出て来て、手に赤まみれの折れた角材を持っている。ミジェールは真っ赤に染められた角材を見てギョッと目を剥き、そのまま気絶したように倒れた。
「お前たちは仲間割れでもしたのか」
カシアムが訊くと、ウィオルは気まずげに目線をそらした。
「違います。でも今のギルデウスは仲間でも迷いなく殴ります」
「まさかとは思うが、あいつが悪徳騎士の異名を持ったあの狂人じゃないだろうな?」
「知っているんですか?」
「本当なのか!最悪だな」
ウィオルは手に持った目隠しを両手持ちにした。
「とりあえず私がなんとかしますので、しばらく遠くに避難してください」
「傭兵なめるな。護衛も戦場の人数補充もしてきたぞ。俺自身も悪徳騎士に興味がある。あと、お前んとこの騎士にも手伝わせろ」
「それならもういませんよ」
「何言ってんだ?そこに……」
カシアムが振り向くといつの間にか騎士がひとりもいなくなっていた。
「今頃逃げているはずです……じゃなくて、村人たちの避難に力を出しているはずです」
カシアムはなんとも言えない表情で見返した。ウィオルは、何度も同じことをしてきたから慣れています、と言ってギルデウスに向かっていく。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
転生悪役召喚士見習いのΩくんと4人の最強の番
寿団子
BL
転生した世界は、前世でやっていた乙女ゲームの世界だった。
悪役お姫様の兄に生まれ変わった少年は普通のゲーム転生ではない事に気付く。
ゲームにはなかったオメガバースの世界が追加されていた。
αの家系であった一族のΩとして、家から追い出された少年は1人の召喚士と出会う。
番となる人物の魔力を与えられないと呪いによりヒートが暴走する身体になっていた。
4人の最強の攻略キャラと番になる事で、その呪いは神秘の力に変わる。
4人の攻略キャラクターα×転生悪役令息Ω
忍び寄る女王の祭典でなにかが起こる。
発情薬
寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。
製薬会社で開発された、通称『発情薬』。
業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。
社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。
その男、ストーカーにつき
ryon*
BL
スパダリ?
いいえ、ただのストーカーです。
***
完結しました。
エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。
そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。
ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる