悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第二章

いつもと違う

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『交易の失敗、1か月ほど前』

ウィオルは宿からの帰り、自室でメモをまとめていた。

だが、すぐに頭を横切るのはギルデウスに抱き寄せられた時の記憶である。またも思い出して、頭を振って追い出そうとするができなかった。

あのあと、ウシュラムが帰ってきたことでウィオルは慌ててギルデウスと距離を取った。

しかし、駐屯所に帰ってきても頭の中は変な想像に満たされて集中ができない。

「どうなってしまったんだ……」

ウィオルが頭を抱えて机に突っ伏す。ギルデウスの裸とありもしない跡ばかりを考えてしまう。

まさか男相手に、よりにもよってあのギルデウスを相手にこんな想像するとは思わず、ウィオルは腕に埋めた顔に苦悶の表情を浮かばせた。

そもそもこの心臓の高鳴りはなんなんだ。まったく治らない。

顔を埋めたまま部屋はしんと静まり返る。

その静かさを破るようにドアは蹴り開けられた。ウィオルがぴくっと反応する。

「だから壊れると言っーーレオン?」

跳ね返ったドアを支えながらレオンが息を切らしている。

「早く一階に行け!」

「どうした?」

「あの悪魔また暴れ出したぞ!」

「ギルデウスが!?」

ウィオルが慌てて一階に行くと一階は様子変わりしていた。

テーブルや椅子らは蹴散らされ、地面に倒れた騎士たちがうめいている。

レクターは縦にひっくり返されたテーブルの陰に隠れて震えていた。ちょうどギルデウスの位置から死角になっている。

「なんでまた……」

「あの悪魔が立ちながら寝やがったんだ!寝ているのを知らない騎士たちが酒で騒いで起こしてしまったんだよ」

レオンはそう説明するとウィオルの背中を押した。

「頼んだ。信じてる親友」

「親友の意味はき間違えてないか?」

「ごちゃごちゃ言わずきに行け。お前の仕事だろ?」

「その通りだが……他の人たちに避難させてもらわないと」

「それなら簡単だ。おい!ウィオルが任せろって言ってる!逃げるぞ!」

レオンがそう叫ぶと、騎士たちは一斉に振り返り、ウィオルの姿を見つけるとギルデウスに向かって「あっちに敵がいる!」と指差した。

……本当に迷いがないやつらだな。

敵、という言葉に反応してギルデウスがゆっくりとウィオルのいる方向を見た。

「……敵?」

ギルデウスがつぶやくように言うとバッと走り出した。ウィオルは反射的に腕で顔をかばったが、拳がめり込まれるんじゃないかというほどの衝撃を受けて後ろへ倒れた。

後ろが上がり階段だったためうまく受け身が取れず、一歩下がった足が階段を踏み外してゴンと後頭部をぶつけてしまう。

「っ……!ふぐっ!」

階段に倒れ込んだままウィオルは口をふさがれてしまった。

夢うつつ状態なギルデウスの喧嘩スタイルは、基本一発で行動不能にできなければ馬乗りで殴り続けるというものだが、なぜか掲げられたはずの拳がってこない。

ウィオルはそのすきに蹴り飛ばそうとしたが、はらりと顔に何かが落ちてきた。ギルデウスがつけている目隠しである。

眼帯の下につけているせいで、右目部分は眼帯に挟み込まれたままである。急にまぶしい光が入ってきたのか、ギルデウスがまぶしそうに左目を細め、空中にとどまらせた拳は目を覆った。その手が震えていることに気づいてウィオルは急いで目隠しをギルデウスの目に当てた。

すると、震えていた手がぴたっと止まり、焦点が合っていない目は見開かれた。

次の瞬間、ウィオルは抱きかかえられ、頭を押さえられた。一瞬どきりとする。

「ギルデウス?」

いつもと違う状態にウィオルが訝しんだ。こんなことは初めてである。

「大丈夫だ……声を出すな。居場所がバレる」

「な、なんの居場所だ?」

「避難所に隠れろ、ルナ」

避難所!もしかして、俺を誰かと間違えている?

ウィオルは試しに手を伸ばして抱き返した。すると抱きしめられる力は増して痛いと感じるほどになった。

「……ゥ、スもいる」

「今のは誰の名前だ?」

聞き逃した名前をもう一度聞き返した時、押さえていた目隠しが外れてしまった。

















宿から出たミジェールは憤慨した表情で駐屯所に向かっていた。

後ろにはカシアムとウシュラムら傭兵が数人ついており、その周りに必死に止めようとシャスナ村の騎士たちが囲んでいる。

「だから今はやめろと言ってるだろ!」

「死にてぇか貴様ら!」

騎士たちに阻止されるのも気にせず、ミジェールはどこか見下した顔で言う。

「ふん、腰抜けどもめ。いったい何があるというのだ?わしはもう2日も待っている。これ以上待っていられるか!あのウィオルという騎士がこの件を仕切っているのだろう?会わせてもらうぞ!」

「だから本当にダメだっつってんだろ!デブ!」

「誰がデブだ!田舎の騎士どもめ!」

カシアムは騎士たちの様子を見て考え込むようにあごに手を置いた。

「……時間を改めて来たほうがいいかもしれんぞ」

「カシアム!貴様まで腰抜けになったか!」

腰抜け呼ばわりされてカシアムの目に危険さがにじみ出た。

ミジェールがビクッと顔を引きつらせる。

「俺たちの役目はお前を守ることだ。下僕じゃない。勘違いするなよ。テメェが命を大切にしてくれないとこっちも守りきれん」

「ぐっ……」

「だがまあ、お前がどうしても行きたいならかまわんがな。何かあって俺たちのせいにしなければーーあん?」

しゃべっている間に駐屯所に来ており、カシアムは建物内が騒がしいことに気づいた。

「やっぱりまだ終わってなかった!!」

騎士たちはなぜか建物から距離を取り始める。それを見て傭兵たちも警戒心が湧き出た。

中からドゴンッという音に続いてドアを突き破って誰かが投げ出された。

「ウィオル!?」

騎士の誰かがそう叫んだ。

カシアムは飛んでくる人を見て驚き、反射的に受け止めてしまった。

「お前さん、今朝来た騎士か」

「あなたは傭兵のーーしまった!全員出入り口から離れろ!」

そう叫んだ次の瞬間、空の酒瓶がウィオルめがけて飛んできた。

カシアムはウィオルを受け止めたまま横へ避けると、地面に当たって割れた破片がミジェールの目に飛んでいった。

「わしの目が!あああっ!!」

「黙れ!かすり傷しかできてねぇよ!」

ウシュラムがミジェールを引きずって傭兵たちの中央に投げた。

「おとなしくしてろ!」

酒瓶、椅子、テーブル、果てに包丁まで飛んできたのを見てカシアムが目をひくつかせた。

ギルデウスが中から出て来て、手に赤まみれの折れた角材を持っている。ミジェールは真っ赤に染められた角材を見てギョッと目を剥き、そのまま気絶したように倒れた。

「お前たちは仲間割れでもしたのか」

カシアムが訊くと、ウィオルは気まずげに目線をそらした。

「違います。でも今のギルデウスは仲間でも迷いなく殴ります」

「まさかとは思うが、あいつが悪徳騎士の異名を持ったあの狂人じゃないだろうな?」

「知っているんですか?」

「本当なのか!最悪だな」

ウィオルは手に持った目隠しを両手持ちにした。

「とりあえず私がなんとかしますので、しばらく遠くに避難してください」

「傭兵なめるな。護衛も戦場の人数補充もしてきたぞ。俺自身も悪徳騎士に興味がある。あと、お前んとこの騎士にも手伝わせろ」

「それならもういませんよ」

「何言ってんだ?そこに……」

カシアムが振り向くといつの間にか騎士がひとりもいなくなっていた。

「今頃逃げているはずです……じゃなくて、村人たちの避難に力を出しているはずです」

カシアムはなんとも言えない表情で見返した。ウィオルは、何度も同じことをしてきたから慣れています、と言ってギルデウスに向かっていく。


















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