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第二章
レオンと馬
しおりを挟む懇親会4日目。
アルバートは乗馬技術で一番早いメルと言うことを聞くジャックスという馬を連れてきた。
メルは帝都へ向かう道中も乗せてくれたため、てっきりアルバートはメルを選ぶものだと思っていた。
実際「行くか!」とアルバートが意気込む時、メルが颯爽と立て髪を振ってパカラと四つ足で地面をしっかり踏み、カッコいいポーズを取った。
しかし呼ばれたのがジャックスだと知り、信じられない顔で1匹と1人が仲良くコースに行くのみ見ていた。そしてトホホとウィオルのそばへ行く。
とはいえ、肝心のウィオルはまた上の空だった。ずっとぼうとした顔で何もないところを見つめている。
見ていたレクターがレオンの腕をつかんで揺らした。
「だ、大丈夫かな。ウィオルの様子がおかしいような……」
「朝起きたら親友にケツ触られていたからとか?」
「いや、たぶんそのことで悩んでいるんじゃないと思う。でもどうしたんだろう。ギルデウス様ともーーひぃ!」
ギルデウス様とも何も話さないし、と続けようとした言葉は恐怖に飲み込まれた。
ギルデウスという名前が出た瞬間、ウィオルが鋭い目をシュッと投げかけた。
「ウィ、ウィ……?」
「え?ああ、ごめん。驚かせる気はなかったんだ」
ごめんともう一回謝ってまたぼうとする。
レオンはそっと耳打ちした。
「絶対あの悪魔と関係あるぞ」
「だ、だよな。俺もそう思った」
乗馬ではアルバートが一位を勝ち取り、まもなくレオンの番になった。
「レオン!がんばれ!」
レクターはレオンの肩をもんだり、たたいたりして応援していた。
レオンがメルを引いてコースに向かう時、1人の騎士が手を上げながら近づく。
「お前も出るのか?」
「お前も?」
レオンが不審げに騎士をにらんだ。
「さっき山賊みたいな乗り方をしていた男と一緒にいたから」
「ああ、うちの団長のことか」
「一緒にがんばろうな!」
「はあ?参加するならお前は敵だが」
「え?」
「じゃあな」
握手しようと手を差し伸べた騎士を置いて、レオンは馬を引いてそのままコースに向かった。
レクターは腕を組みながら頭を揺らす。
「相変わらず人見知りするとこあるなぁ」
「人見知りに対して認識の違いがあるんじゃないか?」
「そうかな?」
レクターは首を傾げた。ウィオルはアルバートの姿を探していると、遠くでワインを揺らしながら誰かをあおっていた。
「あらーぁ?誰かさんが田舎もんに負けてるぅ!」
「テメェ!」
「誰だったかなあ?田舎にいるようなやつには負けないって言ったやつ?あ、お前かあ!よくもうちの部下笑いもんにしてくれたなあ!ヒョホハハハハハッ!!」
わざと笑い聞かせるようにアルバートは大声で笑った。
パンと目を覆ったウィオルは深呼吸してから近づいていく。
「団長!わざわざ敵作らなくていいですよ」
こそっと言う。
しかし、相手の騎士は笑われたことで黙ってはいなかった。
「お前こそ賊みてぇな乗り方しやがって!どうせ辺鄙な村だから毎回狙われてんだろ!接していくうちに賊の悪ぐせがついてみっともねぇな!」
「うお!負け犬の遠吠えが聞こえるなぁ?シャスナはもう何年も賊に狙わらてねぇよ!バーカ!テメェらテルントと違ってなぁ!」
確かギルデウスのおかげで賊がわざわざシャスナ村から遠回りしていくとアルバートは酔うたびに言っていた。
今この人に何言っても調子上がらせるだけだ。相手の騎士も気づいたのか、ぐぎぎっと音が聞こえそうなほど歯を噛み合わせている。
「他人を笑うくらいなら自分の品性をあげたほうがいい。せめて俺は見知らぬ他人を笑い物にはしない」
ウィオルはそう言って最低限の目礼だけしてアルバートを連れて離れた。
レクターがアルバートを引き取ってウィオルに詰め寄る。
「なぜ俺を1人にした!」
「いや、ギ」
「なぜ俺をギルデウス様と2人きりにしたんだ!怖かった!めっちゃ焦った!」
「……そうか、すまない」
めそめそしながらレクターはウィオルとともに乗馬コースの観戦側に立った。
乗馬のコースは会場と隣接する騎士訓練用の敷地の一つを借りている。
メルが竜との混血種なためか、他の馬と並べると少し大きく見え、足腰もがっしりしているように見える。走れることでうれしいのか、興奮したように何度も足踏みしている。一方のレオンはメルに乗って手綱の感触を確かめていた。
そう言えばレオンが馬に乗る姿は初めて見るな。
ウィオルはシャスナ村にいる時のレオンを思い出した。
そもそもシャスナ村では滅多に馬に乗らない。同僚たちの賭け事の余興に使われたり、馬の健康のためにある程度の運動量は確保していたが、レオンがその仕事をしたことは一度もない。
なのでこうして馬に乗る姿を見るとなぜか漠然とした不安が湧き上がる。
なんだ、この感覚。
もはや第六感と呼べるほどの不安がウィオルを襲った。
「なあ、レクター」
「うん?何?」
「レオンは馬に乗れるんだな」
「ああ!そっか、シャスナだと乗った姿見たことないもんな!すごいよ!」
「すごい?」
「そうそう!レオンってな」
レクターがうれしそうに言い、ちょうどそこへ乗馬競技開始の合図が鳴る。
「馬に乗ると人が少し変わるんだ!」
その言葉と同時に、メルは合図を受け取って走り出し、手綱を握ったレオンは口角を吊り上がらせた。
ウィオルが視線を向ける時、ちょうどレオンがギルデウスとよく似た笑顔をしていた。いつもの無気力でどこか人を見下した笑みじゃない。好戦的な笑顔である。
「実は、ギルデウス様の馬の乗り方が少しあれでさ、みんながなんだかんだ言って似てきちゃってさ」
「どんな乗り方をしていたんだ」
「あ、ちょうどあんな感じ!」
と言ってレクターがレオンを指差す。
障害物を超えて馬たちが1周目を終えようとする時、レオンは前を走っている3匹を超え、乗っている騎士たちに挑戦的な視線を投げかけた。
ギルデウスとよく似た感じの視線だ。
まさかこんなふうに挑発しながら乗っていたのか?
その視線に挑発された騎士が2人おり、必死にレオンに追いつこうとした。2人で視線を交わし、レオンを挟み撃ちにしようとする。
それを器用に避けて障害物の前で高いジャンプをすると、メルの後ろ足がちょうど2匹の馬の顔面に入った。馬ごとコース外に転がり、投げ出された騎士たちがそのまま動かなかった。
勝ち誇った顔でレオンが天に向かって「ハハハハッ!!」と高笑いする。
「レオンでもあんな笑い方するんだな……」
「まあ、たまにね。馬に乗る時とか」
「これはあくまで親睦を深めるための競技なのに、なんでこんなに殺伐としているんだ」
「人の性だろうな!」
アルバートが酒を飲みながら「やれーッ!」と叫ぶ。コースは3周回って終わりなため、あと少しでレオンが勝ちそうになる。
だが、レオンの後ろに先ほどあいさつしていた金髪の騎士がいる。安全な距離でじっと静かな目をレオンの背中に注いだ。
「かしこいなアイツ」
ギルデウスがおもむろに近づいてウィオルの肩に腕を回した。
鼻腔に花に似た香りが漂ってきてウィオルがガチっと固まる。
目が粘着剤で固定されたように目の前にある胸の谷間を見つめていた。
ギルデウスは相変わらず全開の上着とボタンを2つはずしたシャツといういてたちだが、ウィオルはなぜかいつも見るその光景から目が離せない。
ゆるやかなでありながら豊満な丸みののぞく胸もとには浅い色の傷が横切り、細かい怪我の痕があちこちにある。
その痕の全てをなめたい衝動に駆けられる。それを思いいたった時、ウィオルは慌てて距離を取った。
「どうした?」
「あ、いや……その、言う通りだと思って」
「だったら距離取る必要はねぇだろ」
「そ、うだな」
ウィオルの目はキョロキョロとさまよっていた。
恋人、恋人、恋人……。
ウィオルの頭の中ではその言葉だけがなん度も繰り返された。
ギルデウスがじとっとした目を向ける。
2人が気づかない遠くの貴族邸で、華奢な望遠鏡からのぞいている視線があった。
今日来場していないトレッド・プレウター公爵である。
後ろには紫色のフードを深く被った人物もいる。
「モレス、準備はどうだい?」
フードを被った人物、モレスはニッと笑う。
「あともう少しです。すぐにでも計画を実行できますよ」
「それはいいね。だが、その前にきみが言っていたあのウィオルという騎士が気になるねぇ」
「気になるなら手に入れてしまえばいいでしょう?」
トレッドは望遠鏡から目を離してモレスに近づいた。そのフードをとって、下に隠された深い輝きの瞳を見つめる。
「きみのこともぜひ手に入れたいね」
モレスは薄紅色の目を細めてフッと笑う。
「もうすでにあなたの物ですよ」
モレスは顔に置かれた手を払って廊下に出る。口に張り付けた笑みを消し、触られた顔を裾でゴシゴシとこすった。
「強欲なやつが」
だがすぐに笑顔になる。
「あと少しだ……ふふ、あと少しでお前の絶望に染められた顔が見れる」
そしてさっき出てきた人物の名前を思い出す。
ウィオルか。ずいぶんと仲良くなったものだな。弱点は多ければ多いほどいい。そのほうが楽しくなる。
歪んだ笑みを浮かべてモレスは廊下に消えていく。
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