悪徳騎士と恋のダンス

那原涼

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第三章

新たな事実

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ギルデウスを背負いながら早朝前の村を歩いていると、ちらほら歩いている人々が驚愕の表情で逃げていく。やはりこの人は起きている時より寝ている時のほうが恐れられる。

ウィオルは夜明け前の空気を深く吸い込んだ。肺に染み込んでいくように冷たい感覚が広がっていく。

なんだか本当に最初からやり直した気分になる。昨日からすべての情景が初めて出会った頃と恐ろしく似ている。

結局歩くのがめんどくさいなどの理由でウィオルたちは一晩もあの元賭博場で住み込んだ。なんだか持ち主のダグラスに申し訳なく、置き手紙とわずかだがお金を置いてきた。

丸一日連絡が取れず、朝帰りをきめた2人に他の人は特に疑問を持たなかった。ただ、なぜか無傷のウィオルを不思議がっている。

どうやら昨日から他の人たちの中ではギルデウスが暴れたことで帰ってこれないことになったらしい。

「暴れていない。ちょっとギルデウスが先に疲れてしまっただけだ」

珍しくこの時間に起きているレクターに説明する。

「そうなのか?」

「そうだ。それにしてもこの時間に起きるなんて何かあったのか?」

「いやぁ、そうじゃないけど、ちょっと確かめたいことがあってな」

いつになくその顔が真剣だ。

「確かめたいこと?」

レクターは周りを見てコソコソ話をするように近づいた。

「実は最近レオンが誰かと文通しているんだよ」

「文、通?レオンが?」

なかなか想像できない。

「そうなんだよ。俺の見立てだと女だな!」

興奮で鼻息荒くする顔を押し返してウィオルが訊き返す。

「なぜそう思うんだ?」

「だって送られて来た手紙を見てため息をついてもちゃんとお返しの手紙書くし?しかも相手の手紙からすっごくいい匂いするし?女の子でしょ!?」

声が少し大きくなったのでウィオルはちょいちょいと背中にいる人を指差した。

今更のようにレクターが口を覆う。数歩距離をとって、

「と、とにかく今日は配達日だ。だから配達員を待ち伏せしている!」

「そうか、ほどほどにな」

ウィオルは軽くため息をついた。確実にバレたら怒られるが、それは2人に任せた。レオンとレクターのほうが付き合い長いのだ。

だが、「配達でーす!」と大きな声がドアから響いた。

ウィオルとレクターは思わず朝とは違う冷たい息を吸い込む。

レクターが素早くドアを開けて配達員にしーっとした。そして体をずらして中の様子を見させる。

寝ているギルデウスを見て配達員の顔が真っ青になった。震える手で駐屯所向けの送りものを渡すと風のように消えた。

ウィオルは思わずジト目で背中にいる人物を見る。

いったいこの人の影響はどこまで及んでいるんだ。

慎重にドアを閉めてからレクターが近くのテーブルに紐でまとめられた手紙を解いた。

その中から例のいい匂いのする手紙を見つけると、ほら見ろ!と言わんばかりにニヤニヤした顔で手のひらをこすった。

「何があっても知らないぞ」

最後の忠告をしても大丈夫大丈夫とレクターが手を振る。その手がレオン向けの手紙に触れようとするその瞬間、バァァンッとけたたましい音が響いた。

ドアが誰かに思い切り開けられた。壁にぶつかったドアは壊れているんじゃないかと思われる音を出して跳ね返る。

開けた人物はすでに中に入りウィオルを見つけた。ガラックである。

「お前!ボルがどこに行ったが知らないか!……ん?おい、何固まっているんだ」

ウィオルは背中に全神経を集中させて起きているかどうかを感じ取ろうとした。レクターはすでにテーブルからいつでも逃げれる姿勢を取っている。

唯一ガラックのみ状況をつかめない顔で首を傾げていた。

ウィオルは今ばかりその傾げている首をそのままへし折ってやりたい気持ちになる。そしてガラックがここに来てからまだ一度も、意識のない状態で起きているギルデウスを見たことないと思い出した。

背中の人物が起きる気配ないとわかるとホッと息をついた。レクターも察したのか胸をなでおろすと最悪なことに気づく。レオンの手紙を緊張するあまり握りつぶしていた。レクターが叫びの表情で手紙の惨状見つめている。もう驚きすぎて声も出ない。

ウィオルはスッと厳しい目をガラックに向ける。

「いいか、ギルデウスを起こしたらただじゃおかない」

「は?なんだ?それよりボルを見かけなかったか?昨日3人で別々に行動してから姿が見当たらないんだ」

イライラした表情でガラックはため息をつく。

「シュナインは?」

「ボルを探している。朝になっても帰ってこないし、どこにいるんだか」

すでに仲間2人がシャスナを離れているせいか、やけに緊急気味である。

「……安心しろ。ボルは体も大きいし、力もある。簡単に何かされるような人じゃない」

「は?お前に言われなくても知っているがな」

ガラックはそのまま出て行こうとした。

「待て!ギルデウスについて教えなければいけないことがーー」

「帰ってから!」

振り向きもせずに手をハエでも払う仕草で振るとドアを閉めて出て行った。

レクターがそろりそろりと近づく。身を低くして寝ているギルデウスの顔をのぞいた。

「なんで起きなかったんだろう。あれほどの音ならだいたい起きるだろうに」

レクターの言うことは間違ってない。現に階段から音に起こされた騎士たちがフラフラと降りて来た。

だらしない格好にウィオルが思わず眉をぴくりとさせる。ただ、おおよそ耐性がついてきたので怒るほどではなくなった。

「あれ~、ウィオル帰ってきたのかぁ」

「大丈夫だったかぁ?」

「薬いる~?」

寝起きの間延びした声がピタッと止んだ。先頭にいた騎士たちが見間違いか?とても言いたげに目をこする。

覚めてきた目でウィオルの背中に何がいるのか視認できた。

寝ているギルデウスである。

降りてこようとする騎士たちが戻りかけそうな姿勢で手すりにつかまる。

「ウィ、ウイオル、背中……背中になんかついてないか?」

「さっきの音……」

全員の顔が青白くなる。

「待ってください!大丈夫ですよ。起きる気配はありません。ほらちゃんと寝ています」

動かないギルデウスを見て全員の顔色がいくばくか戻ってきた。

騎士たちはぞろぞろと降りてきて窓際やドア付近に張り付いて様子を見ている。

「さっきの音で本当に起きなかったのか?」

「時差で起きたりしないか?」

「大丈夫です。落ち着いてください。確かに起きてません。じゃなければとっくに暴れています。さっきの音は大きかったですけど、私もなぜ彼が起きてこないのか疑問です」

むしろ疑問から心配に変わった。

ウィオルは少し振り返って見た。起きないほうが何かあったんじゃないかと考えてしまう。

「医者、呼んだほうがいいかもしれません」

「いや、たぶん呼んだら医者が倒れる。とりあえず問題なさそうだからいいんじゃないか?寝息だって静かだし」

一定のリズムを保ちながら静かな寝息が首筋にかかる。ウィオルは悩ましげに眉を寄せてからため息をつく。

「少し様子を見ます」

「うんうん!それでいいぞ!もしかしたら直前に何かしてたせいで疲れているだけかもしれんぞ!」

直前に何かしてたせいで疲れているだけ?とウィオルはその言葉を脳内で繰り返した。唯一思い出したのは性行為である。それ以外に特別なことはしてない。

まさか関係しているのか?いや、それなら本人が知っているはずだ。なのに一回も言われたことない。

年長の騎士たちはウィオルを鼓舞して階段に上がっていくのみ見届けた。うちの1人が不思議そうに言う。

「なんか、ウィオルの足もとフラフラしてないか?」











ウィオルはギルデウスを自室に寝かせるとそばの椅子に座った。

寝返りをうったのを見て、そろそろ目が覚めるなと思った。予想通りその目が覚めた。ちゃんと意識はあるようだ。

「平気か?」

「あん?……どこだここ」

「もう駐屯所へ帰ってきている」

「そうなのか」

ギルデウスがふあと大きなあくびをした。

「なあ、ギルデウス」

「なんだ」

眠たげな目がウィオルに向いた。

「さっきは何も感じなかったのか?」

「さっき?俺に何かしたのか?」

「違う!そうじゃなくて、けっこう大きな音が響いたから起きてないのが不思議で」

「ああ……全然気づかなかった」

まさか本当に性行為となんらかの関係があるのか?いや、そう思うには少し早いか。行為まで及んだのも数える程度だし、情報が足りない。

「もしかしてなんだけど、性行為の疲れで大きな音に反応しなくなったかもしれない」

「………そうなのか?」

完全にアホを見る目をしていた。

「お前が初めての相手だからな。正直性行為と奇病?の関係はよくわからない」

「そうだろ。だからーーえ?」

予想外のキーワードに反応して、ウィオルが目を見開く。

「今、なんて?」

「性行為と奇病の関係はわからない」

ウィオルがガタッと立ち上がる。

「そうじゃなくて!その前の!俺が初めての相手?」

あ?と見ていたギルデウスの表情が次第にニヤついていく。

「そうだ。お前が初めてだ」

「俺が!?で、でも今まで……それにアレに関する知識だって」

「もともとこういう嗜好だ。知識あってもおかしくないだろ。今までずっと自分でシていたからな。指挿れてきたのも自分を除けばお前が初めてだ」

ウィオルは脳内が機能停止したのを感じた。そして成り変わるのはうれしさと興奮である。

「ほ、本気で信じるぞ……」

「信じろ。事実だ」

ニヤニヤとする顔に対してウィオルは思わず自分の口を覆った。つられてニヤつきそうになる。

自分以外にこの体の深いところまで知った人はいない!

それは今まで考えたが無視していたことでもある。

でも自分以外に誰もいない。誰もいない!

ウィオルは自分の中で独占欲に似た感情がふたできずにむくむくとふくれ上がるのを感じた。

もう自分以外に誰にも知られたくない。触れさせもしたくない。

これは、自分だけのーー特権だ。




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