高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

46 メルの放課後

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 オレンジ色の空を眺めていると、いつもと変わらずにきちんと日が落ちる。そんな当たり前なことに幸せを感じます。
 
 また、今日が終わっていきますね。お疲れ様です。お日様。
 
 書物の宝庫、フルール王立図書館の窓に射しこむ夕日の明かりがまぶしくて、わたしは思わず手をかざしました。嘘みたいに大きなゴシック調のステンドグラスは、まるで虹のような輝き。このまま世界が終わっても、まったく不思議ではないくらいに。

「さて、調べものも終わったし、帰ろう……」

 わたしは本を棚に戻します。

「んっしょっと」

 わたしはぶつぶつと独り言が多いタイプだと自覚しています。なぜなら、物心ついた頃から、ずっと一人でいる生活が長かったからです。両親は二人ともフルール王国の外交官で、家にいる時間は皆無。代わりに家にいるのはメイドさんでした。
 
 彼女たちと一緒にいる時間は長いのですが、彼女たちはやはり仕事が優先。わたしのことなど興味はなく。必要最低限のことしか話しかけてきてくれません。
 
 寂しい? いいえ、とんでもない。
 
 わたしには話す相手がいることよりも、楽しみがありました。それは……。

 本を読むことです。

 意識だけは異世界に飛べますから、寂しくは……ないです、孤独ですが。
 
 はい、お察しのとおり、私はぼっち。
 
 孤独な少女、メルキュール・ビスコット。
 
 ですが……。

 わたしは、だんだん家にいることが嫌になりました。本の世界だけでは満足できなくなっていたのです。世界がどうなっているか、この目で見て確かめたい。または、本を読んで得られた知識を、外の世界に吐き出したい。そのような欲求もありました。

 そこで、親を説得し全寮制のパル学に入学したのです。

 おかげさまで、友達?

 そう呼べる先輩たちとも出会えて毎日が楽しいです。それともう一点。ただいま所在している、この王立図書館とパル学が近いことも、私にとっては嬉しみポイントが非常に高いです。クスクス。
 
 というのも、わたしには特技があります。
 
 それは、記録することです。
 
 正確にいうと、本や会話などの情報を頭にインプットして、伝言や文章としてアウトプットすること。つまり、書記官としての能力です。

 そして、今、わたしはものすごく興奮しています。

 それは昨夜、マリ先輩から内緒にしておこうと告げれられた案件、ヴォワの村を統治していたブルタニア王国について調べると、驚くべき歴史的事実があったことがわかったからです。
 
「革命……か」

 十七年ほど前、ブルタニア王国で革命が起きました。封建制度が撤廃されていたのです。おかげで、奴隷は解放され、身分という格差はなくなりました。そして、今では市民たちによる選挙制で代表者を選ぶという共和制度、つまり、王様がいない国へと変わり、ブルタニアはすっかり平和になっている、と文献には載っていました、が……いやはや。
 
 わたしには、どうも腑に落ちません。
 
 平和とは名ばかりで、貧富の差、は確実にあると思うからです。
 
 たしかにブルタニアは生まれ変わりました。しかし、表向きは王様や貴族は衰退したのですが、今度は商人などのお金持ちなどが国を統治する時代にとって変わっただけのこと。私から見れば、余計に貧乏人が生まれ、餓死する人々が増えたのではないか? と推測します。
 
 なぜ人は争い、上下関係を生みだしつづけるのでしょうか。
 
 愚かなことです。
 
 盛者必衰のことわりを表すように、文明が隆盛して衰退することはもはや時間の問題。歴史は繰り返し、連鎖するもの。永遠というものは森羅万象において、存在しないのです。
 
 それは、いずれ我が国、フルール王国にもたどる道なのだと、示唆しています。したがって、マリ先輩はこの話を内緒にしておこう、と私に告げたのでしょう。
 
 情報は生き物です。
 
 所詮、本の情報は確実性というクオリティは高いのですが、見聞より圧倒的にスピードが劣ります。実際に世界を生で見た人の話には勝てません。もっとも、人の噂には信ぴょう性があるかどうかを判断する、審美眼、というものが必要ですが、そう思えば、思うほど……マリ先輩。
 
 やっぱり、彼女は格が違います。まさに、天才です。
 
 これは、言い過ぎではありません。
 
 人の話を聞いて真実かどうか見極め、論理的に解釈する能力が、マリ先輩は郡を抜いてます。

 わたしは凡人ですから、このように本からでしか情報を獲得できませんが、マリ先輩はおそらく、幼い頃から実家が花屋を経営する傍らで、貴族や聖職者、あるいは外国人たちの会話を耳にして生の情報を得ていたのでしょう。

 聞けば、フィレ教授からもダイレクトに外国の情報を得られているようですから、なんとも羨ましいかぎりです。もう、凄すぎます、マリ先輩。
 
 ああ、わたし、メルキュール・ビスコットは、もっとマリ先輩とお話しがしたいです。いや、もっと、もっと、話だけじゃなく、身体的なつながりさえも欲しいです。
 
 手をつないでもらったり、ぎゅっと抱きしめてもらったり、されたいし、私からもしたい……ああ、こんな感情って変ですよね? わかってます。わかってますけど、素直な心の気持ちは、誰にも止められません。
 
 マリ先輩は私と一緒で処女です。

 それは間違いありません。したがって、女の子の気持ちいところを、逆に私がマリ先輩に教えてあげることだって、できるかもしれない……なんて……きゃあああ!
 
 クスクス、と笑みがこぼれる私は王立図書館を出ました。

「ああ、急いで帰りたい!」 

 ですが、走ることは、右足の股関節が脱臼するので禁止されてます。神様はどうやら、私の身体を脆弱に作ってくれたようです。ああ、無情。
 
 とぼとぼと歩み、パル学の校門をくぐり、体育館によってみようと思いました。ベニー先輩と一緒に女子寮に帰るつもりだったからです。

 そのとき、わたしの横を走り抜けていく学園の生徒たちが何人か見かけました。走れることが羨ましいと思いながら、体育館に近づくと。

 ラララ~♪

 心地良い歌声が風にのってきました。

「なんて美しい歌声……体育館からですね……」

 感嘆の声を漏らす私の心は、もう期待しかありません。走れない足にイラつきを覚えながら、歩き、やっとの思いで体育館のなかをのぞきました。

 ラララ~♪

 歌を唄っていたのは、ルナ先輩でした。
 
「うわぁ……すてき……」
「まるで天使のよう」
「あれって、転校生だよな」
「かっわいい……」
「たまらん、この声ずっと聞いていたい……ぐへへ」

 評価の方法がキモいですが、そんなふうに賛美を奏る男子たち。回りを見れば、男子以外にも聞き惚れている女子生徒たちも大勢いました。演劇部員だけではなく、他の運動系の部員たちも続々と足並みをそろえ、ルナ先輩の美声に耳を傾けています。
 
 ルナ先輩の歌声には驚愕しました。心が揺れ、身体が吸い寄せられ、その場を動けません。人を惹きつける魔法のような力がある、そのような不可思議な感覚がありました。しばらく、聴き入っていましたが、やがてベニー先輩が私のことに気づいて声をかけてくれました。
 
「おつかれ~、ビスケットちゃん」
「あの……私の名前はメルキュール・ビスコットですよ、ベニー先輩」
「きゃはは、わかってるてば、メル」
「ベニー先輩……そんなことより、ルナ先輩の歌声ってすてきですね」
「そうなんだよ~もうびっくり! 鳥肌がやっべぇぇぞっ!」
「たしかに、集まっている生徒たちの反応からもわかるように、精神だけでなく、身体にも影響を与えるほど共鳴してますね、ルナ先輩には魔法の力でもあるのでしょうか?」
「魔法の力?」
「歌は世につれ、世は歌につれ、という諺があります」
「ん? なにそれ、メル?」

 ベニー先輩は首を傾けながらわたしを見つめます。
 
「歌は世界に影響を与え、また、人々の願いが歌にはこめられています。つまり、人を動かすレベルの歌唱力をルナ先輩は持っているのか、と」
「おお! じゃあ、決まりだぞ!」
「え? 決まり?」

 うん、と大仰にうなずくベニー先輩は胸に手を当てて祈りを捧げました。やがて、ルナ先輩の美しい歌声に終止符が打たれ、体育館は静寂に包まれました。
 
 そのとたん、パチ、パチと小さな雨音のような拍手が鳴りだし、あ、これはもの凄いことになるのでは? と、わたしが察したとき、雨音は突然、嵐のような拍手喝采に変動していきました。
 
 体育館はものすごい盛り上がりです。感動したわたしは、思わず鳥肌が立ってしまい、身体が震えてきました。わぁぁぁ、すごい……ルナ先輩!
 
 唄い終わったルナ先輩は、ふぅ、と一息ついてから、深々とお辞儀をしました。まだ鳴り止まない拍手のなか、隣にいたベニー先輩が、笑いながらわたしに告げます。

「ルナルナは演劇部のメインボーカルに決まりだぞ! きゃはは」

 わたしも微笑みで返し、拍手しながら賛同しました。
 
「それは良きです。クスクス、これでベニー先輩はダンスに集中できますね」
「ん? ベニーだって歌ってもよかったんだぞ。メル、聴きたかったか?」
「いえ……女子寮で聴いているだけで十分です」
「そっかあ? でも、ルナルナと一緒に唄うのもよさそうだぞっ! きゃはは」
「いや、ベニー先輩は人前で唄うのはやめておいたほうが……」
「メル? そんなにベニーの歌は音痴か?」

 あ、しまった。

 ベニー先輩は、ダンスの才能は天才的なのに、唄うことはちょっとポンコツなんです。わたしは小さく両手を振って、なんとかフォローの言葉で応援します。
 
「べ、ベニー先輩、牙あるものにツノはなしですよ。一つの才能を極めればいいのです。つまり、ダンスですよ、ダンス、ダンス、ひゅう」

 そう言いながら、わたしはがんばってステップを踏んで踊ってみます。ですが、ふにゃふにゃしたタコ踊りのようになってしまい、ベニー先輩から、かっわいいぞ、となじられて終わりました。とほほ。
 
 それでも、なんとかベニー先輩の機嫌は損ねなかったので、セーフです。
 
 ベニー先輩は音痴なことだけコンプレックスを抱いているようなので注意が必要です。

 しかしながら、私が右足をうまく動かせないように、人間にはどこかしら欠点があるものです。マリ先輩だって素直じゃないし、ルナ先輩だって一人で問題を抱えこむ、そんなタイプのような気がします。

 逆説的に考えても、完璧な人間なんてこの世にいないとさえ思います。みんな、何かが足りない。だから、世界はこんなふうに面白いのかもしれません。
 
 やがて、拍手が静かになって、夕刻の涼しげな風が体育館に吹いてきました。すると、ルナ先輩は、わっと駆け寄られた演劇部員たちに囲まれてしまいました。

 握手を求められたルナ先輩は、いやあ、なんて苦笑いを浮かべています。どうやら、羨望の眼差しに慣れてないようですね。すると、ベニー先輩は、まるでウサギさんみたいに、ぴょんぴょん走りだし、その輪のなかに加わっていきました。か、かわいい……。
  
 それにしても、人望ってあんなふうにして生まれるんですね。ルナ先輩はまったく自覚していないようですが、自然と仲間が増えています。さらに、あんなに深々とお辞儀をし、まだまだ歌を練習していきたいなんて言う謙虚さ。ああ、素晴らしい人柄。

 そして、出身地であるヴォワの村で、いつか子どもたちに歌を教えたい、そのために演劇部に入りたいという夢を語り。ルナ先輩はいたって恣意的ですが、みんなに感動を与えています。
 
 なんて健気さでしょう。
 
 なんて純心でまっすぐなのでしょう。
 
 ルナ先輩は、自分のことよりも他人のことを幸せにするために生まれてきたような人物であることが、ひしひしと学園の生徒たち、みんなの心に響いたようです。いやはや、これは、ものすごい戦いになりました。
 
 わたしの頭のなかで、学園人気ランキング対戦がはじまります。カン! とゴングの音が鳴る幻聴さえも響きました。ひゅう、楽しい!
 
 青コーナー、クールビューティーな高嶺の花、マリエンヌ・フローレンス! 推定スリーサイズは、うえから87・58・88、身長170センチのナイスバディ! 冷徹な視線からのかわいいスマイルにやられちゃう男子がいっぱい。ああ、罵られたい、ズキュン♡
 
 VS
 
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 さあ、これから学園の男子たちは、どちらの少女を好きになっていくのか、見ものです。またひとつ生きていく上で楽しみが増えました。クスクス。
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