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第六章 ロック
5 4月7日 18:00──
しおりを挟む「こっちだよ……」
ロックの手は、群青のスカートに触れている。
女子生徒は、薄っすらと微笑みを浮かべていた。
「先輩から誘われるなんて嬉しみぃー」
あはは、と笑うロックは目にも止まららぬ早技で、女子生徒の上着を脱がし、ワイシャツのボタンを外していく。
「あんっ、ちょっ!」
なんていって嫌がる女子生徒だが、顔は恍惚としており、まったく抵抗はしない。むしろ、自分からスカートを脱がせて欲しそうに、くねくねと腰を動かしている。
──やだやだ、見ているこっちだって濡れてきちゃう……
「あ……サオちゃん、ちょっとここで待っててね、外の様子を見てくるから、あ! 電気はつけるなよ、バレたらまずい」
はーい、といった女子生徒はとび箱の上に、ちょこんと座った。
ボタンのとれたワイシャツ、ピンクのブラと胸の谷間、バタバタと動かす足の白い太もも、群青のスカートのなかで、チラッと見える白い下着……。
──ロック、いったい何を考えている?
わたしはロックの思考が読めない。
昨夜の時点では、ぬこくんを体育館に呼び出していた。
しかし、現在ここにいるのは、三島沙織という可愛らしい女子高生。彼女は1Cで人気のある生徒で、ロックの後輩にあたる。楽しそうに、ニコニコと笑うその表情は、純粋無垢なピュア系少女に見えた。
ちなみに、じつはロックの女関係データによると、この可憐な少女は、もうすでに六回もロックに食べられていた。よって、もうこのような動物的展開は慣れたものだろう。
かたや、ロックは倉庫から出ていく。
扉が自動的にゆっくりと、ガチャンと閉まった。
わたしは、周囲を見まわした。体育館には、まだ数名ほどバスケ部員やバレー部員が残っていて片付けをしている。部活動として、体育館を半面ずつ使っていたのだが、両者はあまり仲がいいとはいえない。真ん中で仕切る天井から吊るされた網を、『どちらが片付けるか』という議論にヒートアップしているもよう。
「おいおい、さっさと消えろよ、ったく……」
そうつぶやくロックは、女子バスケ部と女子バレー部のなかに割って入る。
ロックさん? と女子たちに名前を呼ばれ、スッと右手を掲げた。
「おつかれ、何か困っているの?」
「いや、たいしたことではないです」
とバスケ部員がいうと、横から、
「バスケ部がネットを片付けないんです」
とバレー部がいった。
「なによ? いつも私たちが片付けるじゃない!」とバスケ部員。
「だったら今日も片付けてよ」とバレー部員
はあ? とバスケ部員がいうと、ガッとお互いが詰め寄って喧嘩になりそうだったので、ロックは手を広げた。
「まってまって、男子たちはジャンケンして決めてたよ」
ロックは知っているのだ。
日替わりで男子と女子が体育館を使用していることを。
体育館の倉庫は死角エリアだということを。
わたしが推察するに、神楽家には校長が住んでいるわけだがら、書斎には陰陽館の設計書がある可能性があり、ロックはそれに目を通していたのだろう。
──やはり、ロックは悪魔だ。タナトスが滅しようとするのも、わかる。
「じゃあ、今日は僕も特別にジャンケンに参加してあげる、ほら、いくよ、ジャンケン!」
ぽん、とだしたロックの拳は、パーに挟まれていた。
やったやった、と喜ぶバスケ部とバレー部たち。
「まあ、仲良くやってよ……」
と、ロックはいいながら、ネットを片付けはじめた。バスケ部とバレー部たちは、そそくさと体育館を出ていく。
「じゃあロックさん、よろしく~」
くそっ! ロックはシャウトした。
天井に釣るされたネットは意外と重いようで、力を込めた腕や、歯を食いしばった顔が、どんどん赤色に染まっていく。目を閉じて、さらに力を込めたそのとき、ふわりとネットが揺れた。
「こういうのは反動をつけるといいよ」
ん? ロックの背後から大きな人影が覆った。
ぬこくんがいて、ネットをつかんでいる。
ロックは頭一個分高いぬこくんを見上げて、目を丸くした。
「ぬ、ぬこ……」
ニコッと笑うぬこくんは、ネットを引いてから、鞭の身体をしならせ、引いていたほうと反対に動かしはじめた。勢いがついたネットはみるみるうちに滑車が回り、秒で体育館の隅で束になって沈黙した。まるで蜘蛛の巣を払うかのように、ぬこくんがネットを手放す。
「で、ロック、俺になんのよう? 凛ちゃんのことだよね?」
──勝てない。
腰が引けているロックの顔には、そう書いてあった。
人間的に優れているのも、女子からモテるのも、勝負は最初からぬこくんの勝ちだと、わたしは判断していたが、このあとの展開だけがまったく予想できない。ただ、ぬこくんは逃げたほうがいいことだけは、予想できたが……。
ロックは、ニヤリと笑った。
「まあ、こっちに来いよ」
歩き出すロックのあとを、ぬこくんはついていく。体育館の照明は落とされ、夕日の光だけが赤く、ぬっと血がにじむように二人を包み込んでいる。
体育倉庫のまえに立ち尽くすロックは、うしろにいたぬこくんに振り向いた。
「単刀直入に訊く」
なに? ぬこくんの高い声が響く。
背が高くて男らしいのに、ぬこくんの声はやけに中性的で、わたしはそのギャップに少量の興奮を覚えた。
たしかに、ロックの声はかっこいい、素晴らしい歌唱力もある。
だけど、天性の才能があるほうは?
と問えば、ぬこくんの声だろう。その声はちょっと人と違って両声類。珍しい声質をしていた。カコイイのにカワイイのだ。ぜひ、彼の歌声を視聴したいものである。
両声類──男性、女性、どちらの声も発声できる人物を両生類になぞらえた俗語である。
「おまえ、凛とやったの?」
ロックの質問は、刺々しいものだった。
まるで、薔薇のムチを打つような声音。
はあ? いつも眠たそうにしているぬこくんの切長の瞳が、大きく開かれた。この状況は、あれだ、サッカーをやっているときと同じだった。
──か、かっこいい……っていうか、ぬこくんとエッチなんかしてないよぉぉ……。
「ロック、何をいってるんだ? 俺はまだ高校生だぞ」
「じゃあ、凛とやっていない?」
やるわけない! とぬこくんは首を振った。
──そんな否定しなくても……ぴえん。
ロックは、ぬこくんをきつくにらむ。
「信じられない、凛はぬこが好きだったし、おまえは凛を助けたじゃないか……愛しあっていたんだろ? みんなに隠れてコソコソと……」
「いやいやいや、愛し合うなんてそんな……」
──なんで好きってバレてんだー!
友達? ロックは、ふんと鼻で笑った。
「男と女に友達なんてない。女は男に喰われたいんだよ。なあ、ぬこ、凛を食ったおまえならわかるだろ?」
「凛ちゃんは食べ物じゃない! 友達だ」
──わたしを肉にするなっ! 友達どまりなのも、ぴえんすぎる……。
わからないやつ……ロックは、そうつぶいた。
「じゃあ、本能に目覚めさせてやる……」
瞳を大きく開いたロックは、おもむろに腕を伸ばし、センサーに触れて扉を開けた。
「入れ、ぬこ」
なんで? ぬこくんは訊いた。
だが、ロックは不敵な笑みを浮かべるだけで答えない。
首を傾けつつも、ぬこくんはゆっくりと足を動かして扉の向こうに入っていく。そこは倉庫のなかで、跳び箱、マット、折り畳まれた椅子がいくつも重なっていた。電気が自動的につかない。マニュアル操作されているもよう。ロックの仕業に違いない。
小さな窓から射しこむ赤い夕日の光りが、すっと消え、闇が溶けていく。夜の帳が下りたら、それを合図するかのように、
「先輩~?」
と、女の声が響く。
え? ぬこくんが反応した。その瞬間、ガチャンと扉が自動的に閉まる。
驚いたぬこくんは、夜行性動物さながらに瞳孔が開く。なんだか間違ったような黒い世界のなかで、かろうじて確認できたのは、足を組んでいる女子生徒に絡みつく整髪料の甘い香り。
「先輩はやく~」
なんて可愛らしい声が響く。
──ああ、これは罠か。
そう、ぬこくんが察知できたのかは疑問だが、ぎゅっと背後から女子生徒に抱きしめられ、その背中に感じる柔らかい感触にたいして、ビクッビクッと敏感に反応を示したところを見ると、彼の身体は素直なもよう。あとは、頭脳がどのように判断するかだが、その瞬間に。
パチン、と電気がついて倉庫が明るくなった。
「ふたりとも~つづけていいよ~」
ロックがそういいながら、スマホを掲げていた。カメラで撮影しいるもよう。
「先輩? えっ! きゃーー!」
ドンっ! 沙織は、ぬこくんを突き飛ばした。
きょとんするぬこくんは、額から汗が流れ落ちる。
「こ、これはなんだ?」
まだ、わからない? ロックの低い声が響く。
「ぬこ、おまえはハメられたんだよ」
「え?」
「この動画を、ネットに公開されたくなかったらいうことを聞け」
ロックは、手もとのスマホを掲げた。
先輩なにこれ? 新しいプレイ? と沙織は訊いた。
あはは、とロックが笑う。
「そうだよサオちゃん、憧れのぬこさんを入れて3Pしたいなぁ、っていってたでしょ?」
沙織の顔が、みるみるうちに赤くなった。「うん」
おい! ぬこくんは叫んだ。
「ふざけるなロック! 女の子にこんなことをしてっ! 犯罪だぞっ!」
うっせえわ、と吐き捨てたロックは、ぬこくんに近づくと胸ぐらをつかんだ。
「女は喜んでいるんだよ! 濡れまくってるんだよっ!」
「はい?」
「いいからおまえは制服を脱げっ!」
「やめっ……いやっ!」
ロックは、手を伸ばし、ぬこくんの上着を脱がせにかかった。
「あっ、やめっ、ロック! ダメだってばっ! やめっ」
「なにあわててる? おまえまさか童貞か?」
唇を舐めるロックの視線が、じとっと沙織をとらえた。
「おい、サオちゃんはズボンを脱がせっ」
「……」
沙織は戸惑いつつ、足を一歩だけ引いた。
「サオちゃん、君のエッチな動画も公開されたくなかったら、いうことを聞くんだ」
「せ、先輩! あれは先輩のために撮ったんだよ?」
「ああ、だからいま僕のために役に立っているじゃないか……」
むぅ、と眉をひそめた沙織だったが、ゆっくりとぬこくんに近づいいくと、腕を伸ばした。
「優しくしてよ……3Pなんて初めてなんだから……」
沙織は両膝をつき、ぬこくんのベルトを外しにかかる。
おいおい! まってまってー! と叫んだぬこくんはあせっていた。
──ああ、ぬこくん。サッカーをしているときは、冷静沈着でかっこいいのに、なんで人間関係になるとこんなにも判断力が鈍いのだろうか……もう、見るに耐えられない。
あっというまにぬこくんの上着は脱がされ、ベルトが外され、少女の白い手が黒いボクサーパンツのなかへと伸びていく……。
──ああ、わたしがやりたかったことを……きゃー!
そのとき。
「やめさなさい!」
突然、高らかな声が響くと、倉庫の扉が開かれた。
立っていたのは、たまちゃんだった。
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