陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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 エピローグ

  4月9日 12:55──

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 おしゃれカフェのような相談室だった。
 もくもくと香り立つアロマディフューザーの匂いが、鼻をくすぐる。
 
──ラベンダーかな?

 私は自動ドアを抜け、足を踏み入れた。
 窓際にならべられた観葉植物が、太陽の光りをいっぱいに浴びて元気よく育っている。白衣を着た女性が霧吹きで、シュッシュッと水をかけていた。宝石のような水滴が、モンステラの葉から滑り落ちる。

「カウンセリングへようこそ、さあ、座ってください」

 そういって、ニコッと笑うのは、二十代半ほどの綺麗なお姉さんだ。
 私が椅子を引いて座ると、彼女も椅子にヒップをのせ、すっと足を組んだ。白衣のしたは、スーツスカートを着ており、なんともいえない大人の色気をかもしている。
 
「スクールカウンセラーの白峯梨沙です。リサと呼んでください」
「あ、よろしくお願いします」

 私は、上目使いに頭をさげた。
 リサは、微笑むと手のひらを見せた。
 
「よろしく。では、さっそくカウンセリングをはじめましょう」
「はい」

 あれ? と驚いたリサは、綺麗な瞳を大きく開いた。
 私のことを、じっと見つめて観察している。医者の目というよりは、警察に近いような、鋭い目つきだった。
 
「あなた、データの写真とはだいぶ雰囲気が違うわね……髪型を変えた?」

 はい、といった私は髪をかきあげた。
 
「ストレートパーマをかけたんです」
「綺麗ね。触っていい?」

 いいですよ、と私が答えると、リサは腕を伸ばし私の髪に触れた。
 
「さらさらね。素敵だわ、とても似合ってる」
「ありがとうございます」
「恋でもしてるのかしら?」

 いいえ、と私は答え、首を振った。
 
「失恋したんです。だから綺麗になって元彼を見返してやるんです」

 大成功よ、といってリサは親指を立てた。
 
「カウンセリングに来てもらってあれなんだけど、あなたの悩みはもうすでに解決しているようね」
「……そうかもしれません」
「なにがあったの?」
「探偵さんがイエローカードをくれたんです」
「イエローカード?」

 リサは、首を傾けた。
 私は、にっこりと笑い、
 
「次の彼氏は一途な人にしなきゃ、私はレッドカードで退場らしいです」
「退場? どこから?」
「うーん、たぶんこの社会から?」

 うふふ、おかしい、といってリサは微笑んだ。
 
「その探偵さんは面白い人ね」
「はい。たまちゃんっていう転校生です」

 たまちゃん……とつぶやいたリサは、真剣な表情をしていた。ここにはないどこかに、意識を飛ばしているように見えた。するとふいに、手元にあるタブレットを操作しはじめた。
 
「ふぅん、玉木ヨシカ……へぇ、探偵ねぇ」
「はい。自分のことを“仮想探偵”だっていってました。かなり変わってますよね」

 あはは、と私が笑っていると、リサはまた朗らかな顔に戻し、やおら口を開いた。
 
「あなたから見て、学校にいじめはありますか?」
「……正直にいうと、あります」
「どんな?」
「陽キャたちが陰キャをいじめています。私は漫画本を捨てられました。もっとひどいのは、温水幸太くんへのいじめです」
「どんないじめか、わかる?」
「はい。縄で縛られていました……その写真も撮られたりしてて、もう本当にひどいんです」
「そうなの? でも本人はいじめられてないって主張するんだけど……どう思う?」

 さあ、わかりませんけど、と私は曖昧な返事をした。
 
「ぬこくんはとにかく優しいんです。だから、すべてを受け入れる器があるというか……おっきいなものを持ってて、女の子が何をやってもすべて許してくれて、ぎゅって包み込んでくれるような……あ、すいません、語彙力がなくて」
「大丈夫よ。なんとなく理解できたから」
「……あの、リサ先生」
「なに?」
「いじめってなくならないんですか?」

 残念ながらなくならない、とリサは答えると、グッと胸を張った。
 
「でも、いじめられた人の捉え方しだいで、いじめは、いじめではなくなる」
「ぬこくんみたいにですか?」

 そうね、といったリサは、「うふふ」と笑った。
 こんなふうに自然と笑う大人を、私は初めて見た。そうか、物事は捉え方しだいで、良くも悪くもなる。たとえ嫌なことをされて泣いちゃうくらい悲しくても、ぐっと堪えて逆に笑い飛ばしてしまって、楽しむことができれば、そうすれば……。

「リサ先生! 私、なんだがわかった気がします!」
「あら、それはよかった。じゃあ、カウンセリングはこれで終わりにしましょう。ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ごめんね。お昼休みに呼んじゃって」
「いいえ、リサ先生と話していると落ち着きます。また来てもいいですか?」

 もちろん、といったリサは満面の笑みを浮かべながら席を立った。
 
「なにかあったらメールして」

 はい、と答えた私もならって席を立つ。
 さようなら、といったリサは手を振っていた。私は、ぺこりと頭をさげると踵を返し、相談室を出ていった。

 ここは陰陽館高校、一階の廊下。
 楽しそうに笑う生徒たちで、賑わいを見せている。
 私はスマホで時間を確認した。午後の授業まで、まだ二十分ある。食堂にいってご飯でも食べよう。そう思って、歩き出した。
 すると、窓際に寄りかかっていた女子生徒のふたりが、こちらに近づいてきた。親友のイクラとシャケだ。
 
「大丈夫だった?」とイクラ。
「スクールカウンセラーってどんな人なの?」とシャケ。

 私は、ニコッと笑った。
 
「大丈夫だよ。女の人だったから。しかも……美人」

 なんだ~よかった~、といった二人は、胸をなでおろしている。私は心配されていたのだ。こんなどうしようもない私のことを……。
 
──やっぱり、死んだらダメだな……友達を悲しませたくない!

 二人は、お昼ご飯を食べずに待ってくれていたようで、私たちはその足で食堂に向かうことにした。

──ん?

 その道すがら、私は生徒たちから、ジロジロと見られた。特に男子生徒たちからの視線が熱くて、私はなんだか、アイドルになったような気分を味わった。
 髪型を、ぐるぐるの天パから、さらさらストレートヘアにしただけで、こんなにも世間の評価は上昇するものなのかと驚いた私は、人の印象は“見た目で九割”が決まることを、肌で実感した。
 
「なんか見られてるね、こはるちゃん」とイクラ。
「こはるちゃん、陽キャみたい」とシャケ。

 そんなんじゃないよ、と私は否定した。
 
「私は、陰キャのほうがいい」
「なんで?」とイクラが訊く。
「陰キャだと、いじめられるよ」とシャケが肩を落とす。

 いじめには……もう負けないよ、と私は答えた。
 え? びっくりするイクラとシャケ。
 私は二人の肩を、ぽんっと叩いて円陣をくむと、「よし!」と気合を入れた。
 
「私たちもぬこくんを見習ってさ。いじめられても強く生きていこうよ!」

 イクラは、目を輝かせた。

「うんうん。陽キャになんか負けちゃダメだよね。がんばろー!」

 拳を作ったシャケは、不敵な笑みを浮かべた。
 
「でもさ~陽キャって、誰かに恨まれているよね?」

 だよね、とイクラが同意する。
 
「グルチャでさ、タナトスって人が復讐するっていってたじゃん!」
「あったあった!」
「やっちゃえって思った!」
「それな! ロックが喉をやられたのもさ、正直いって、ざまぁ、だった」

 わかる~といった二人は、手を叩いてはしゃいだ。
 
「タナトスって誰なんだろ~?」とイクラ。
「次にやられる陽キャは誰なんだろ~?」とシャケ。

 気になるね、と私がつぶやくと、
 
「うんうん」

 と、二人はうなずいた。興奮しているようだ。
 どうやら二人は、私がロックのボトルに薬を入れたことを気づいていないらしい。よかった、これからも友達としてやっていける。いや、白状したところで、よくやったと褒められるかもしれない。なぜなら、復讐を告げた死神に、二人は賛同しているのだから……。
 
──死神タナトス。

 いったい何者か知らないけど、私は応援している。
 陽キャが滅されて、この世からいなくなるならば。
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