41 / 42
エピローグ
4月9日 12:55──
しおりを挟むおしゃれカフェのような相談室だった。
もくもくと香り立つアロマディフューザーの匂いが、鼻をくすぐる。
──ラベンダーかな?
私は自動ドアを抜け、足を踏み入れた。
窓際にならべられた観葉植物が、太陽の光りをいっぱいに浴びて元気よく育っている。白衣を着た女性が霧吹きで、シュッシュッと水をかけていた。宝石のような水滴が、モンステラの葉から滑り落ちる。
「カウンセリングへようこそ、さあ、座ってください」
そういって、ニコッと笑うのは、二十代半ほどの綺麗なお姉さんだ。
私が椅子を引いて座ると、彼女も椅子にヒップをのせ、すっと足を組んだ。白衣のしたは、スーツスカートを着ており、なんともいえない大人の色気をかもしている。
「スクールカウンセラーの白峯梨沙です。リサと呼んでください」
「あ、よろしくお願いします」
私は、上目使いに頭をさげた。
リサは、微笑むと手のひらを見せた。
「よろしく。では、さっそくカウンセリングをはじめましょう」
「はい」
あれ? と驚いたリサは、綺麗な瞳を大きく開いた。
私のことを、じっと見つめて観察している。医者の目というよりは、警察に近いような、鋭い目つきだった。
「あなた、データの写真とはだいぶ雰囲気が違うわね……髪型を変えた?」
はい、といった私は髪をかきあげた。
「ストレートパーマをかけたんです」
「綺麗ね。触っていい?」
いいですよ、と私が答えると、リサは腕を伸ばし私の髪に触れた。
「さらさらね。素敵だわ、とても似合ってる」
「ありがとうございます」
「恋でもしてるのかしら?」
いいえ、と私は答え、首を振った。
「失恋したんです。だから綺麗になって元彼を見返してやるんです」
大成功よ、といってリサは親指を立てた。
「カウンセリングに来てもらってあれなんだけど、あなたの悩みはもうすでに解決しているようね」
「……そうかもしれません」
「なにがあったの?」
「探偵さんがイエローカードをくれたんです」
「イエローカード?」
リサは、首を傾けた。
私は、にっこりと笑い、
「次の彼氏は一途な人にしなきゃ、私はレッドカードで退場らしいです」
「退場? どこから?」
「うーん、たぶんこの社会から?」
うふふ、おかしい、といってリサは微笑んだ。
「その探偵さんは面白い人ね」
「はい。たまちゃんっていう転校生です」
たまちゃん……とつぶやいたリサは、真剣な表情をしていた。ここにはないどこかに、意識を飛ばしているように見えた。するとふいに、手元にあるタブレットを操作しはじめた。
「ふぅん、玉木ヨシカ……へぇ、探偵ねぇ」
「はい。自分のことを“仮想探偵”だっていってました。かなり変わってますよね」
あはは、と私が笑っていると、リサはまた朗らかな顔に戻し、やおら口を開いた。
「あなたから見て、学校にいじめはありますか?」
「……正直にいうと、あります」
「どんな?」
「陽キャたちが陰キャをいじめています。私は漫画本を捨てられました。もっとひどいのは、温水幸太くんへのいじめです」
「どんないじめか、わかる?」
「はい。縄で縛られていました……その写真も撮られたりしてて、もう本当にひどいんです」
「そうなの? でも本人はいじめられてないって主張するんだけど……どう思う?」
さあ、わかりませんけど、と私は曖昧な返事をした。
「ぬこくんはとにかく優しいんです。だから、すべてを受け入れる器があるというか……おっきいなものを持ってて、女の子が何をやってもすべて許してくれて、ぎゅって包み込んでくれるような……あ、すいません、語彙力がなくて」
「大丈夫よ。なんとなく理解できたから」
「……あの、リサ先生」
「なに?」
「いじめってなくならないんですか?」
残念ながらなくならない、とリサは答えると、グッと胸を張った。
「でも、いじめられた人の捉え方しだいで、いじめは、いじめではなくなる」
「ぬこくんみたいにですか?」
そうね、といったリサは、「うふふ」と笑った。
こんなふうに自然と笑う大人を、私は初めて見た。そうか、物事は捉え方しだいで、良くも悪くもなる。たとえ嫌なことをされて泣いちゃうくらい悲しくても、ぐっと堪えて逆に笑い飛ばしてしまって、楽しむことができれば、そうすれば……。
「リサ先生! 私、なんだがわかった気がします!」
「あら、それはよかった。じゃあ、カウンセリングはこれで終わりにしましょう。ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ごめんね。お昼休みに呼んじゃって」
「いいえ、リサ先生と話していると落ち着きます。また来てもいいですか?」
もちろん、といったリサは満面の笑みを浮かべながら席を立った。
「なにかあったらメールして」
はい、と答えた私もならって席を立つ。
さようなら、といったリサは手を振っていた。私は、ぺこりと頭をさげると踵を返し、相談室を出ていった。
ここは陰陽館高校、一階の廊下。
楽しそうに笑う生徒たちで、賑わいを見せている。
私はスマホで時間を確認した。午後の授業まで、まだ二十分ある。食堂にいってご飯でも食べよう。そう思って、歩き出した。
すると、窓際に寄りかかっていた女子生徒のふたりが、こちらに近づいてきた。親友のイクラとシャケだ。
「大丈夫だった?」とイクラ。
「スクールカウンセラーってどんな人なの?」とシャケ。
私は、ニコッと笑った。
「大丈夫だよ。女の人だったから。しかも……美人」
なんだ~よかった~、といった二人は、胸をなでおろしている。私は心配されていたのだ。こんなどうしようもない私のことを……。
──やっぱり、死んだらダメだな……友達を悲しませたくない!
二人は、お昼ご飯を食べずに待ってくれていたようで、私たちはその足で食堂に向かうことにした。
──ん?
その道すがら、私は生徒たちから、ジロジロと見られた。特に男子生徒たちからの視線が熱くて、私はなんだか、アイドルになったような気分を味わった。
髪型を、ぐるぐるの天パから、さらさらストレートヘアにしただけで、こんなにも世間の評価は上昇するものなのかと驚いた私は、人の印象は“見た目で九割”が決まることを、肌で実感した。
「なんか見られてるね、こはるちゃん」とイクラ。
「こはるちゃん、陽キャみたい」とシャケ。
そんなんじゃないよ、と私は否定した。
「私は、陰キャのほうがいい」
「なんで?」とイクラが訊く。
「陰キャだと、いじめられるよ」とシャケが肩を落とす。
いじめには……もう負けないよ、と私は答えた。
え? びっくりするイクラとシャケ。
私は二人の肩を、ぽんっと叩いて円陣をくむと、「よし!」と気合を入れた。
「私たちもぬこくんを見習ってさ。いじめられても強く生きていこうよ!」
イクラは、目を輝かせた。
「うんうん。陽キャになんか負けちゃダメだよね。がんばろー!」
拳を作ったシャケは、不敵な笑みを浮かべた。
「でもさ~陽キャって、誰かに恨まれているよね?」
だよね、とイクラが同意する。
「グルチャでさ、タナトスって人が復讐するっていってたじゃん!」
「あったあった!」
「やっちゃえって思った!」
「それな! ロックが喉をやられたのもさ、正直いって、ざまぁ、だった」
わかる~といった二人は、手を叩いてはしゃいだ。
「タナトスって誰なんだろ~?」とイクラ。
「次にやられる陽キャは誰なんだろ~?」とシャケ。
気になるね、と私がつぶやくと、
「うんうん」
と、二人はうなずいた。興奮しているようだ。
どうやら二人は、私がロックのボトルに薬を入れたことを気づいていないらしい。よかった、これからも友達としてやっていける。いや、白状したところで、よくやったと褒められるかもしれない。なぜなら、復讐を告げた死神に、二人は賛同しているのだから……。
──死神タナトス。
いったい何者か知らないけど、私は応援している。
陽キャが滅されて、この世からいなくなるならば。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる