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  第三章    守られていたのは

  7   装備できない

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「あれが隕石か……」

 ナルニアが訊いた。
 なんとか、体勢を整えた僕たちは、隕石が落下したポイントまで歩いてきていた。
 しかし、宇宙から来た使者の正体が、いったいなんなのかなんて、当然わかるわけがなく、僕は沈黙していた。

「……」
 
 夏草が風に揺れいてる。
 
 のどかなタムノス平原が一変。
 そこには、巨大なクレーターが生まれていた。その大きさは半径一〇〇メートルほど。しかし、穿たれた深さは意外と低く、大人一人がすっぽりと入るほどだった。むしろ、その中心点にある物体は、不思議なことにふわりと浮いているかのように見える。衝撃を抑えていたかのようにも。

「あれは本当に隕石なのか?」

 さらにナルニアが訊いた。自分で確認したくないのだろう。
 モモちゃんはジト目をして呆れながらつぶやく。

「ナルニア……」

 すると、ハリーが意を決して答えた。
 
「よし……俺が見てくる」

 ナルニアは微笑むと背負っていた盾をハリーに渡した。
 
「ほら、魔法の盾だ」
「なんだ……ナルニアが装備するのかと思ったぜ」

 チッチッと人差し指を振ったナルニアは答えた。
 
「私は敵の攻撃を華麗にかわすタイプの戦闘スタイルさ。防御は戦士ハリーの専売特許だろ?」

 ふん、と鼻で笑ったハリーは盾を装備した。
 
 そのときだった。
 
【オオ……誰か、誰か……】

 まただ……また僕の頭のなかで声が響く。恐ろしくなって眉をひそめた。頭や身体に痛みはないが、なんだ? この頭のなかで響く声は……どこか邪悪さに満ちているような、破壊的な衝動に駆られるような、そんな重厚感のある声だった。
 
「大丈夫? ガイルくん?」

 モモちゃんが僕の顔をのぞきこんで心配していた。

「あ……ああ、大丈夫」
「んもう、そんな怖い顔して……ガイルくんらしくないよ? ちょっとカッコいいけど……」
「ごめん……」
「じゃあ、危ないかもしれないから、あたしの後ろに隠れててね♡」

 いやいや、私の後だろ、とナルニアが言った。
 はあ? あたしよ、いいや私だ、あたしよ、私だ……と、二人がどうでもいい僕の奪い合いのループをしていると、やがて、ハリーが隕石のところまで辿りついた。
 
「おーい! これ、ナイフみたいだぞ~」

 そう言って持ってきたのは、切っ先が尖った黒い物体だった。
 たしかにナイフに見えないこともないが、持つ部分まで同一の素材だったので、その見た目は石器時代における黒曜石の武器みたいだった。縄文人とか弥生人が持ってそうなやつ。それは、太陽に光りを吸収するかのように漆黒に艶めいていた。
 
「うっわ……黒いね~いびつなかたち~」
 
 モモちゃんはそう言いながら、ハリーからナイフを取ろうとしたが。
 待て! ナルニアが制した。
 
「武器なら私が装備してみよう」

 ナルニアはハリーから漆黒のナイフを受け取る。
 真剣な眼差しで、柄をギュッと握った。
 そして、何回か虚空を斬りつける。シュッ、シュッと切れ味を確かめているようだが、突然ナルニアの手が止まった。
 
【こいつじゃない……絶望を知らない、こんなやつでは……】

 ん? まただ……また頭のなかに響く邪悪な声。
 その言葉の意味が、まったくわからなかったが。共鳴するように、ナルニアはどこかに違和感を覚えたのか、首を傾けてつぶやいた。
 
「……? これ、私には装備できないな……」

 どういうことだ? とハリーが訊いた。

「うーん、なんて言うか……手に馴染まないとしか言えないが……とにかく、このナイフは私には装備できない」
「どれ? 俺にかしてみろ」

 ハリーはそう言うと手のひらを差し出した。
 安っぽく笑うナルニアはナイフを放り投げた。放物線を描いたナイフはハリーの頭上に落下していく。すると、ハリーは見事にナイフの柄の部分を空中でパシッと掴んだ。
 
「おお!」

 拍手するモモちゃんから歓声があがった。
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