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  第三章    守られていたのは

  10   vs ラプソル

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「逃げてください……勇者ナルニア……」

 と、魔道士リノさんは言った。
 その翡翠の瞳は、赤黒い甲冑を軽々と装備している竜騎士を見つめている。何かを探るような、観察するかのような、そんな眼力があった。おそらく、竜騎士ラプソルの魔力や戦闘力を計測しているのだろう。
 
 相変わらず、不敵な笑みを浮かべるラプソル。
 
 ふと、なんとなくだが、僕はラプソルのことを、なぜかわからないが嫌いになれないだろうな、と思った。漠然と直感的に、そんな気がしたのだが。
 
 しかし……。
 
 ラプソルの伸ばした手のひらから、禍々しいほどのバカでかい魔力の塊が生まれ始めた。
 
「食らえ……魔族の超級魔法弾を」

 黒くて赤い。ほと走る火花がスパークしている。恐ろしいほど冷たい風が流れ、吸いこまれる空気はすべて、ラプソルの手のなかに集まり……次の瞬間には!
 
 ズン! という重低音が鳴った。

 と、同時に巨大な魔法弾がナルニアに襲いかかる。
 ナルニアは上空に飛んで逃げようと試みるが、あまりにも巨大な魔法弾に足元をすくわれてしまった。弾かれて、虚空を舞うナルニア。それでもなんとか体制を整え、ザッと地面に着地した。片膝をつき、負傷した足を見た。みるみるうちに顔色が悪くなっていく。
 
「足がやられたみたいだな……ほら、とどめだ、勇者ナルニアよ」

 そう言ったラプソルの手のなかに、また赤黒い魔力が集中し始める。
 
 周りは静寂に包まれていた。

 突然現れた圧倒的な魔力の前になすすべもなく、聖王軍の騎士たちは静観せざるをえなかった。上空では、相変わらず無数の黒竜が飛び回っている。それはまるで、ハゲタカが空で跳びながら、ついばむ獲物が死体になるのをじっと待っているのと、似たような光景だった。
 
「危ない!」

 とっさにハリーが盾を構えてナルニアの前に立った。
 攻撃魔法への耐性がある魔法の盾。これなら魔法弾を防げるだろう。一方、手を広げるモモちゃんは詠唱をしていた。

「ヒール」

 モモちゃんの手から白い光りの玉が飛んで、ナルニアの負傷した足を癒す。ナルニアはモモちゃんに向かってウインクして感謝した。

 ズン! 
 
 再び、この世のものとは思えない重低音が鳴ると、また巨大な魔法弾がハリーとナルニアを襲った。魔法弾は地面を、ガガガと穿ち、空気を震えさせていたが、ハリーの盾に衝突すると、そこで切れ目が入った魔法弾は爆ぜるように消し飛んでいった。
 
「ほう……魔法の盾か……やるじゃないか」

 感心している様子のラプソルはつぶやくと、鞘から剣を抜いた。
 
「それならば、八つ裂きコースで食ってやろう」

 ふん、それはこちらのセリフ、とナルニアも鞘から剣を抜いた。
 ナルニアとラプソルの間で火花が飛び交う。
 
 そのときだった。
 
「ラプソル様~!」

 ん? 名前を呼ばれたラプソルが振り向くと、そこには大きな青鬼がいた。急に、肩の力を抜いたラプソルは、ふう、とため息をついた。青鬼は、ドシンドシンと走ってくると言った。
 
「ラプソル様~! 雑魚はわたくしにまかせて、隕石の回収を急いでくだされ」
「ああ、言われなくても」

 ラプソルの冷徹な視線が注がれ、モモちゃんは恐怖のあまり身体を震わせていた。
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