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第2章 ピアノコンクール編
19 ケリーとモルガンのジャズバーデートは大人の雰囲気
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ケリーとモルガンの年齢差はざっと40、並んで歩くと親子のような関係性が客観的であった。
が、モルガンは背が高く180はあった。
足腰もしっかりしており、とても70代後半とも思えない紳士たる嗜みがあった。
モルガンと一緒に歩くケリーは惚けて顔がゆるんでしまっていた。
こんなデートも悪くないかも。
と、ルンルンと弾む鼓動とともに目指す行先は、もちろんあいつが経営するジャズバーである。
「ここです」
「ん? なにやらこじんまりとした店だね」
「入口は狭くて洞窟みたいですけど、中はけっこう広いんですよ。そう、ジャングルみたいな」
電光色に青白く光る矢印の先には看板が掲げられている。
(bamboo forest)
「バンブーフォレスト、とな?」
店の名前に問いかけるものの、足下が暗くておぼつかないモルガンに介護の手を差し伸べるケリーの柔肌美しい手が伸びる。
少しだけ重い扉を開けると、笹の葉をつけた観葉植物が間接照明によってささやかな光合成を身にまとい客を奥へと誘う。
これには日本古来の竹林の道を思わせた。
奥にはバーカウンターが暖色に広がりを見せていた。
店内はすでに客で賑わっており、壁際にはローテーブルにソファ席、ぽっかりと空いた空間には簡易な腰の高さくらいのテーブルいくつも配置され、おまけのような背もたれのない椅子がいくつもあった。
それらは時すでに満席であった。
その先には一段上った舞台があった。
そこの中央にはグランドピアノが鎮座していた。
あとはドラムセットとコントラバス、舞台奥には黒い大きな箱のような物体があった。
それはDJブースだといったところでモルガンには理解しがたいであろう。
とケリーは思いながらカウンターの席へ座るようモルガンを案内した。
ケリーはバーテンダーにスプモーニを頼んだ。
モルガンも同じものを頼むと再会の乾杯をした。
すると、店内が暗くなる。
そして、舞台のみが暖かみのある光に包まれていく。
マイクスタンドに向ってご来場ありがとうございますと謝辞をする男が現れる。
モルガンはこの男を見て、どこかで会ったことがあるな……。
と、必死になって思い出そうとしている。
ケリーはいささか歯がゆさを覚えた。
「モルガン先生、あの男はブラッドですよ!」
「え! あれがスケボーのブラッドか!」
「そうですよ。スケートボートなんて懐かしいですね。たしかにあいつはそんな風に呼ばれてましたね。実はですね先生、ブラッドはこの店の経営者なんですよ」
「なんと、そうであったか」
ブラッドはドラマー、トランペット、コントラバスの演奏者の登場とともに一人一人を紹介するというマイクパフォーマンスをして客を盛り上げている。
「時の経つのは周りの成長を実感して確認するものだ……」
とモルガンはつぶやいた。
脳裏では学生時代のブラッドがスケートボートを漕いでいる様を思い出す。
大学内は舗装されたアスファルトが広がっておりスケートボートするには相性がよかった。
そして、仲間と独特な握手を交わす若かりしブラッドの姿があった。
音楽大学には演劇部といったダンスチームを結成するような一見して人相の悪い、いや、服装のゆるい生徒たちもいた。彼らはそんな連中であった。
ブラッドはピアノを専攻していたが、どういうわけかダンスチームのとりわけヒップホップを踊る生徒たちと仲が良かった。
彼らはもっぱらスケボーを漕いだ。
「危ないわよ、指を怪我したらどうするの!」
とケリーはブラッドに注意するがその時だけやめて、また再開するブラッドに呆れていた女学生ケリーの姿もあった。
構内で見かけるありきたりな風景であった。今ではよき思い出である。
モルガンにとってブラッドは旧友のアランの息子であった。
だから、なるべく穏便な運びで卒業してほしい気持ちがあった。
酒やタバコくらい嗜んでいるだろう。
自分が学生の頃もそうであったではないか。
とブラッドの素行には長い目を見ていたのだった。
そんな、ブラッドが今では立派な大人となりおしゃれなジャズバーを経営しているのだから驚いた。
クラシック一本道ではこのような空間を作り出すことはできなかったであろう。
アランよ、君は審査員としては厳しすぎるが親としては息子を手放して成長を見届ける真の親であったのだな。
と関心しつつ店内を見渡すと、壁際のソファ席に見覚えのある顔を発見した。
ブラッドの父親のアランがソファに座って豊潤なロックグラスを傾けていたのだ。
いやはや、今考えていた男がすぐ近くにいたとは偶然ような必然だ。
恥ずかしい気持ちをしたモルガンは爽快なスプモーニで喉を潤す。
にしてもだ、ケリーよ。
君はすでにもう違うカクテルを飲んでいるのだね。
舞台上では、ピアニストはわたしブラッドです! と自分を紹介している。
わっと客席から拍手が寄せられる。
そのブラッドに向けて、
「フーーー! 待ってました!」
豊満なバストを揺らして声援を送るケリーを見て、なんとも元気のよい女性だな。
恥ずかしくなってくるモルガンであった。
すると、聞き覚えのある説教くさい声が聞こえてきた。
大きな声援をあげた美女がケリーだと気づいたのだろう。
アランが向こうで飲まないかとケリーを口説いている。
おいおい、見てくれは老人だが隣の男が一緒に来ているとは思わんのかね?
するとモルガンは、こいつはどうしたものかと深い咳払いを一つする。
「おほん!」
アランのヨークシャテリアのような黒い瞳が咳払いをした老人に向けられる。
と、次の瞬間、時を刻むかのようなドラムの音が打ち鳴らさせる。
続けて、ベース音がゆっくりとジャズの世界へ導くように鳴らされる。
静けさのある謙虚なトランペットが響き渡る。
ブラッドの演奏するピアノが鳴った。
その時、アランとモルガンは深く握手を交わしたのだった。
が、モルガンは背が高く180はあった。
足腰もしっかりしており、とても70代後半とも思えない紳士たる嗜みがあった。
モルガンと一緒に歩くケリーは惚けて顔がゆるんでしまっていた。
こんなデートも悪くないかも。
と、ルンルンと弾む鼓動とともに目指す行先は、もちろんあいつが経営するジャズバーである。
「ここです」
「ん? なにやらこじんまりとした店だね」
「入口は狭くて洞窟みたいですけど、中はけっこう広いんですよ。そう、ジャングルみたいな」
電光色に青白く光る矢印の先には看板が掲げられている。
(bamboo forest)
「バンブーフォレスト、とな?」
店の名前に問いかけるものの、足下が暗くておぼつかないモルガンに介護の手を差し伸べるケリーの柔肌美しい手が伸びる。
少しだけ重い扉を開けると、笹の葉をつけた観葉植物が間接照明によってささやかな光合成を身にまとい客を奥へと誘う。
これには日本古来の竹林の道を思わせた。
奥にはバーカウンターが暖色に広がりを見せていた。
店内はすでに客で賑わっており、壁際にはローテーブルにソファ席、ぽっかりと空いた空間には簡易な腰の高さくらいのテーブルいくつも配置され、おまけのような背もたれのない椅子がいくつもあった。
それらは時すでに満席であった。
その先には一段上った舞台があった。
そこの中央にはグランドピアノが鎮座していた。
あとはドラムセットとコントラバス、舞台奥には黒い大きな箱のような物体があった。
それはDJブースだといったところでモルガンには理解しがたいであろう。
とケリーは思いながらカウンターの席へ座るようモルガンを案内した。
ケリーはバーテンダーにスプモーニを頼んだ。
モルガンも同じものを頼むと再会の乾杯をした。
すると、店内が暗くなる。
そして、舞台のみが暖かみのある光に包まれていく。
マイクスタンドに向ってご来場ありがとうございますと謝辞をする男が現れる。
モルガンはこの男を見て、どこかで会ったことがあるな……。
と、必死になって思い出そうとしている。
ケリーはいささか歯がゆさを覚えた。
「モルガン先生、あの男はブラッドですよ!」
「え! あれがスケボーのブラッドか!」
「そうですよ。スケートボートなんて懐かしいですね。たしかにあいつはそんな風に呼ばれてましたね。実はですね先生、ブラッドはこの店の経営者なんですよ」
「なんと、そうであったか」
ブラッドはドラマー、トランペット、コントラバスの演奏者の登場とともに一人一人を紹介するというマイクパフォーマンスをして客を盛り上げている。
「時の経つのは周りの成長を実感して確認するものだ……」
とモルガンはつぶやいた。
脳裏では学生時代のブラッドがスケートボートを漕いでいる様を思い出す。
大学内は舗装されたアスファルトが広がっておりスケートボートするには相性がよかった。
そして、仲間と独特な握手を交わす若かりしブラッドの姿があった。
音楽大学には演劇部といったダンスチームを結成するような一見して人相の悪い、いや、服装のゆるい生徒たちもいた。彼らはそんな連中であった。
ブラッドはピアノを専攻していたが、どういうわけかダンスチームのとりわけヒップホップを踊る生徒たちと仲が良かった。
彼らはもっぱらスケボーを漕いだ。
「危ないわよ、指を怪我したらどうするの!」
とケリーはブラッドに注意するがその時だけやめて、また再開するブラッドに呆れていた女学生ケリーの姿もあった。
構内で見かけるありきたりな風景であった。今ではよき思い出である。
モルガンにとってブラッドは旧友のアランの息子であった。
だから、なるべく穏便な運びで卒業してほしい気持ちがあった。
酒やタバコくらい嗜んでいるだろう。
自分が学生の頃もそうであったではないか。
とブラッドの素行には長い目を見ていたのだった。
そんな、ブラッドが今では立派な大人となりおしゃれなジャズバーを経営しているのだから驚いた。
クラシック一本道ではこのような空間を作り出すことはできなかったであろう。
アランよ、君は審査員としては厳しすぎるが親としては息子を手放して成長を見届ける真の親であったのだな。
と関心しつつ店内を見渡すと、壁際のソファ席に見覚えのある顔を発見した。
ブラッドの父親のアランがソファに座って豊潤なロックグラスを傾けていたのだ。
いやはや、今考えていた男がすぐ近くにいたとは偶然ような必然だ。
恥ずかしい気持ちをしたモルガンは爽快なスプモーニで喉を潤す。
にしてもだ、ケリーよ。
君はすでにもう違うカクテルを飲んでいるのだね。
舞台上では、ピアニストはわたしブラッドです! と自分を紹介している。
わっと客席から拍手が寄せられる。
そのブラッドに向けて、
「フーーー! 待ってました!」
豊満なバストを揺らして声援を送るケリーを見て、なんとも元気のよい女性だな。
恥ずかしくなってくるモルガンであった。
すると、聞き覚えのある説教くさい声が聞こえてきた。
大きな声援をあげた美女がケリーだと気づいたのだろう。
アランが向こうで飲まないかとケリーを口説いている。
おいおい、見てくれは老人だが隣の男が一緒に来ているとは思わんのかね?
するとモルガンは、こいつはどうしたものかと深い咳払いを一つする。
「おほん!」
アランのヨークシャテリアのような黒い瞳が咳払いをした老人に向けられる。
と、次の瞬間、時を刻むかのようなドラムの音が打ち鳴らさせる。
続けて、ベース音がゆっくりとジャズの世界へ導くように鳴らされる。
静けさのある謙虚なトランペットが響き渡る。
ブラッドの演奏するピアノが鳴った。
その時、アランとモルガンは深く握手を交わしたのだった。
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