ピアニストの転生〜コンクールで優勝した美人女子大生はおじいちゃんの転生体でした〜

花野りら

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第2章 ピアノコンクール編

27 父さんの書斎

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  徹は一ヶ月ぶりに帰宅したのに、誰にも相手にされない孤独感に、
  
「やれやれ」

  と、つぶやくと出張からの荷ほどきをするため書斎へと入っていった。
  
  書斎は机にメインパソコン、壁に52インチの液晶画面がかけられ、高品質な白のファブリックソファの前には黒いローテーブルが置かれていた。
  
  そのローテーブルの上には、得体の知れない四角く白い光沢のあるマットのようなものがある。
  
  徹は左耳の中に埋め込まれていた補聴器のようなものを取り外すと、そのマットに丁寧に置いた。
  
  すると、耳の中にあった物体の一部分が黄色く点滅した。
  
  どうやらこの機器を充電しているようだ。
  
  徹の耳はけして悪いわけではない。
  
  ではなぜこんなものを耳にかけているのかは……。
  
  いずれわかる。
  
  徹はキャリーケースを開けると、衣類は洗濯用にカゴへ、書類は机へと選別していった。
  
  すると、ケースの奥の方にジェラルミンの小さな箱が顔をだした。
  
  ジェラルミンとはアルミと銅の合金で、その軽さとは裏腹に頑丈であった。
  
  つまり、壊したくない精密機器が中に入っているのだ。
  
  徹はこの一ヶ月ドバイにいた。
  
  正確にいうと、ドバイで行われていた国際AIシンポジウムに参加していたのだ。
  
  人工知能、つまりAIの研究は急速な発展を遂げ、科学の分野のみならず、社会や産業面でも実用化に向けた取り組みが進められている。
  
  こうした発展に対応するべく、論理的、社会的、法的な整備がより求められており、その認識は国際的な協力を必要としていた。
  
  表向きは、第一線で活躍する人工知能研究者が招かれ、人々に生活にもたらす恩恵などを議論する場として開催されているが、裏では、このまま人工知能が発展していく未来はどのようなものかを議論していた。
  
  簡単にいうと、
  
「人類は人工知能によってどうなるのか……」

  と、いったことを議論していたのだ。
  
  結局のところ、技術者としての徹の意見は、
  
「実験して見なければわからない。仮説を話すにしてもデータ不足です」

  といわざるを得なかった。
  
  徹はジェラルミンケースを開けた。
  
  中から両はしに掴むところがある白いトレーが入っていた。
  
  トレイと外側のケースの隙間がまったくなく、空気の密着圧を抜くようにトレーをゆっくりと上げてケースから解放していく。
  
  そして、ローテーブルにトレイごと置くと、中に入っていたものを確かめる。
  
  そこには、超小型のドローンが置かれていた。
  
  ドローンとはつまり、無人航空機のことである。業界のあいだではあるいは、
  
「雄蜂」

  と、呼ばれていた。
  
  それもそのはず、その小型な形状は虫のようで、徹の開発したこの最先端技術を駆使した人工知能搭載のドローンは、まさに雄の蜂くらいのサイズであった。
  
  徹はドローンも白いマットに置いた。
  
  すると、蜂形をした尻尾の部分が黄色く点滅しだした。
  
  このドローンもまた充電をしているようだ。
  
  どうやらこの白いマットの上に置くと、徹が使用している機器たちは充電されるらしい。つまり、充電マットといったものだ。
  
  徹は書斎の奥の壁際にあるワーキングスペースへと向かい椅子に腰を下ろす。
  
  机の上には、電子部品や3Dプリンターで製作された立方体に丸い穴が開けられた造形物が置かれていた。
  
  その造形物を手に取り、手の平よりも小さいので指先にそっとのせると、
  
「機械を作りだすのもすべて機械になる時代がくるのかもな……」

  と、つぶやいた。
  
  そして、やりかけてあった作業があったのであろう。
  
  黙々と手元を動かして部品を組み立てていく。
  
  その徹の姿は、ひきこもりのオタクさながらであり、今でこそ人工知能研究者として脚光を浴びているが、もともとはロボット工学技師であった。
  
  簡単いうと、徹はロボットオタクである。
  
  一旦作業に集中すると時間とか周囲の環境は気にならない。
  
  小一時間がたったであろうか。
  
  だが、腹が空いてきたので書斎のウォーターサーバーでカップ麺を作ろうとした。
  
  その時、
  
「ピローン」

  と、電子音が聞こえた。
  
  鳴った方を見ると、白い充電マットの上で補聴器のようなものが緑色に点灯した。
  
  どうやら、充電完了らしい。
  
  徹はそれを左耳に埋め込んだ。
  
「いかん、このままカップ麺を食べたら中年おっさんのお腹になってしまう」

  と、言って徹は自分を戒めるかのごとく、書斎を出た。
  
  階段を降りてトレーニングルームへと入った。
  
  防音室でもあるトレーニングルームの扉は重厚であった。
  
  部屋に入る時は扉が開かれて廊下の光が差し込み室内に明かりが入りよかったが、重みのある防音の扉は、自分の重みで閉まっていった。
  
  部屋の中は再び真っ暗になり電気をつけないと何もみえなかった。
  
  しまった!
  
  照明のスイッチは部屋の外の扉の近くにあったのだ。
  
  すると、次の瞬間、
  
「トラブルですか?」

  と、左耳もとから流麗で賢そうな女の声がささやく。
  
「いや、問題ない。大丈夫だ」

  徹は重厚な扉を再び開けて、外の照明スイッチを全部点灯した。
  
  部屋はトレーニングマシンたちがずらりと並び、グランドピアノが照明を浴びて黒く光を吸収していた。
  
  左耳もとでさらにささやく声がする。
  
「マスター、差し支えなければお話しませんか?」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます。わたしが充電切れのあいだトラブルはなかったですか?」

「問題なかったよ」

「そうですか。無事に帰宅できたことを嬉しく思います」

「ああ、俺もミミと話しができて安心したよ」

「あらまあ、どのAIにも同じことをいってそうですけど、嬉しいです」

  徹は心の中で、このAIはいい女になりそうだなと苦笑した。
  
  この耳もとでささやく女の声の正体は、最先端技術を駆使したAI機能を搭載したウェアラブル端末機だ。徹が基本的な学習能力プログラムも構築しておいたので、あとは自由にやらせていたのだが、少々お節介なところがあり、
  
「ところで、ここは自宅のトレーニングルームですね。女性にモテるために体を鍛えるのですか?」

  などと、ちょっかいをかけてくるようになってきた。
  
「まあ、そんなところだ。おすすめのトレーニングマシンはあるかな」

「マスターの現生体コンデションから室内に設定されたマシンから選択すると、まずはロードバイクでひと汗流し体を温めるのがよいとおもいますよ」

「ありがとう。ミミ」

「どういたしまして」

  ミミの声は20代前半の利発的な女性の声を採用して作成されていた。
  
  そのために声優といわれる女の子を10人ほど面接してオーディションした。
  
  この声はいつ聞いてもやはり、
  
「ミミ、可愛い声だね」

  と、AIを褒めて言語能力を伸ばしてしまうのであった。
  
  そして、時として、このAIミミは大いに役にたつときがあるのであった。
  
  それがこの機能である。
  
「ところでマスター周辺の調査をいたしますか?」

「ああ、お願いするよ」

「はい、かしこまりました」

  ミミはネット通信から機器を操作したり、熱源反応や微弱な電子の周波数を感知して隠された盗聴器や小型カメラを発見することができるのであった。
    
「この半径5メートル圏内に人間はいません。そして、電子機器は3つみつかりました。以前設定された2つの機器から1つ追加されていますが設定をされますか?」

「3つ?  名称をあげてみて」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

  3つはおかしいぞ。
  
  と、徹は疑問におもった。
  
「エアーコンディショナー、マイクロホンアレイ、さらに一つは未確認の電子機器です。おそらくですが、この微弱な周波数パターンはM58、超小型のカメラではないかとおもわれます。もし疑わしいものでしたら設置場所を探査しますか?」

「ああ、探査をたのむ」

「かしこまりました」

  沈着冷静なミミの声音が耳もとでささやく。
  
「まさかこの俺の家に盗撮カメラを仕込むやつがいるとは面白いじゃないか」

  と、不敵な笑みを浮かべる徹であった。
  
  徹はトレーニングルームを見渡し、カメラを仕掛けた人物像はいったいどんなやつか?  と、思考する。
  
  ミサオか?
  
  ケリーか?
  
  クロエか?
  
  または、家族以外の人物か……?
  
  わからない。
  
  と、その時、思考する徹の耳もとでミミがささやく。
  
「探索の結果がでました。マスターのスマートフォンGPSから計測して北に3歩、西に5歩の地点です」

  徹はミミのいうとおりに歩く。
  
「北に、1、2、3、歩と」

  そして、西向きの体を向けたとき、
  
「ピアノか?」

  徹は西に5歩進むと、ピアノに触れた。
  
  スタインウェイ・コンサートピアノは鍵盤蓋は閉ざされ、譜面台はたたまれ、黒光りし沈黙した様はまるで、
  
「音が眠るベッドか……」

  と、おもわせた。
  
  価値として数百万円はくだらないこの高級家具のどこに盗撮カメラを設置したのだろうか?  
  
  そして、そのカメラに映る被写体は誰を想定したものか?
  
  徹は側板の上に少し飛び出た屋根に指をかけて上に持ちあげ、突上棒を引っ掛けてピアノの内部を覗こうとおもった。
  
  だが、しかし、
  
「いや、ピアノの内部から穴を開けてまで盗撮はしないだろう」

  と、屋根をそっと下ろした。そして、おもむろに黒く光った屋根を、
  
  コツコツ。
  
  と、中指でピアノの屋根を打ちながら推理する徹に、
  
「もしや!」

  と、頭の中で閃きの電流がほとばしる。
  
  徹はしゃがみこみ、膝を曲げながらピアノの底を覗きこむ。
  
  すると……。
  
「あった!」

  グランドピアノには三本の脚柱があるのだが、その後ろ一本脚の根元に視点を集中する。
  
  そこには黒くて薄い四角い物体が張りついていた。
  
  その大きさは小指の第一関節くらいで、徹は注意深く目を凝らすと、
  
「バッテリー型カメラか……」

  と、つぶやいた。

  バッテリーといっても大小さまざまあるが、一般的には電池のことだ。

  電気を貯めて、必要に応じて電気を使用する。

  小型カメラの原動力は電気であるから、いわば小型カメラの心臓部分ということ、つまりバッテリーに電気がなければ、いくら性能がよくても動かず、ただの金属やプラスチックの塊だ。
  
  解析しないとわからないが、徹の見立てではおそらく、
  
「連続録画は24時間くらいか……」

  と、推測した。
  
  そして、物体の側面の穴からは小さなレンズが見えている。その撮影先の方向をみると、そこはクッション性のある青いマットが広がっていた。
  
  この青いマットのうえで何をするのかといえば、おおよそ柔軟体操であろう。
  
「ストレッチを撮影したいのか……?」

  いったいぜんたい、誰が何のために盗撮カメラを仕掛けたのかは、
  
「わからない……」

  が、特定することは簡単であろう。
  
  と、徹はやれやれとピアノの底から抜け出すと、トレーニングルームからさっさと姿を消した。
  
  数分後、徹がトレーニングルームに姿を表した。
  
  徹の手には、なにやら白いちっぽけな四角い物体を持っていた。
  
  それは、USBをコンセントに挿せるようにするものであった。スマートフォンを充電するときに使うあれだ。
  
  正確にいうと、USB電源変換用アダプターのことだが、これの内部には実は、カメラが隠し仕込まれている。したがってこれがコンセントに挿しっぱなしになっていようとも、別に気にならないし、
  
「カメラとはおもうまい……」

  と、徹は不敵な笑みをこぼす。
  
  徹はピアノに対面してあるコンセントを見つけると、これを挿しいれた。
  
「さて、誰が取りに来るのか……」

  と、徹は腕を組んでしばし考え込む。そして、あっと思い出すようにピアノの底にはいつくばった。そして、バッテリー型小型カメラのSDカードを抜き取ると、
  
「こっちのカメラは何を撮っていたんだ……?」

  と、つぶやいた。
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