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23.言葉の練習
しおりを挟む家に帰るともう晩ごはんの時間だった。
ダイニングテーブルの椅子をどけてある所に車椅子を止め、向かいに座る。
「今日のメニューは白身魚のフライか。美味しそうだな」
アンジェの分はひと口サイズで揚げてあるから、切らずにそのままフォークでつき刺して食べられるようになっていた。
朝ごはんの時にサラダは食べられなかったのでテリーヌにされていて、アンジェがひとりで食べられるように工夫されていた。
フォークが皿の上を滑り、食べ物の形をさぐる。
ぷすりとつき刺して口に運び、もぐもぐと食べた。
「おいしい」
ふうわりと笑うアンジェはとっても可愛いし、少し前まで何も出来なかったのに自分で食事が出来るようになったことが嬉しかった。
*****
食事が終わり、アンジェを抱きかかえてリビングのソファに移動する。
「今日は、がんばったから、ごほうび?」
未だにアンジェの中では抱っこはご褒美扱いらしい。
「そうだよ。一日頑張ったね」
別にご褒美じゃなくてもしてあげたいんだけど、一日アンジェが頑張ったのは事実だし、ご褒美ってことにしておく。
「アンジェは何が出来るようになりたいとか、ある?
あるのなら出来るだけ叶えてあげたいんだけど」
今までは必要最低限のことを練習していたから俺が勝手に決めていたけれど、出来ることが少しずつ増えるとともにアンジェの意思が重要になってくる。
「したい、こと……?
そうだ、お義母さまに、ことばを、れんしゅうしたらって、言われた」
「言葉?」
「切れてるから、って」
「さっきもそんなこと言ってたな。
こればっかりは慣れだと思うんだけど、少し練習してみようか」
新しいことを出来るからか、わくわく顔のアンジェ。
何をしても楽しんでくれるから、こっちとしてもやってて楽しい。
「俺が適当に質問するから、喋り始める前に何を話すか考えて、切らないようにして言ってみて」
こくこく。
アンジェの返事の仕方は可愛いんだけど、俺は良くても公の場でこの返事はマズい。
「返事はなるべく声に出してね」
「ごめん、なさい。わかった」
「切れてるよ。ごめんなさいって、ひと息に言ってみて」
「ごめんなさい? あってる?」
「そう。アンジェは出来ないわけじゃなくて慣れてないだけだから。
ちょっとずつ練習な」
「わかった」
「じゃ、一つ目。自己紹介してみてください。
名前と、好きなことを言ってみて」
「……わたしの名前はアンジェです。好きなことはピアノとおちゃかいです」
パチパチパチ、と拍手する。
「いいよ、上手く言えてる」
つられたようにアンジェもパチパチと手を叩く。
「これ、なに? なんで、叩くの?」
「あっ、そうか、知らないんだ。
誰かを褒めたりすごいねって言うときにするんだ」
「なるほど。じゃあ、もう一回」
「次は、何をしたいのか言ってみようか」
「……したいこと。
ティアみたいに、ピアノが弾けるように、なりたいです。
じぶんで、歩けるように、なりたいです」
「いいよ。『なりたいです』の前に一拍空いちゃうから、そこを気をつけてもう一回」
「ティアみたいにピアノが弾けるようになりたいです。
出来てる?」
「出来てる、出来てる。感覚はわかった?」
「ちょっとだけ」
「ピアノが弾けるようになりたいです。
ピアノが弾けるようになりたいです。」
ちょっと俯き加減で呪文を唱えるように言うアンジェ。
「これに関係あるかどうかはわからないけど、早口言葉って言うのがあって」
「どんな?」
「あかまきがみあおまきがみきまきがみ」
「なんて?」
身体ごとこてん、と首を傾げるアンジェ。
「俺もあんまり上手くは言えないんだけど、赤巻紙、青巻紙、黄巻紙、って。『まきがみ』は、くるくる巻いてある紙ってことね」
「あかまきゅ……ちがう。
あきゃまきゅ……ちがう、よね?」
「言えない人は結構多いからな。俺は昔趣味で練習したことがあるからちょっと言えるだけで」
「セトスさまは、早口言葉、好き?」
「今はあんまりやらないけど一時期ハマっててね」
「なら、れんしゅうする。
あきゃまきゅがみ、あよまきまき……?」
「まきまきになってるよ」
「うう……むずかしい。もう一回」
それからしばらくずっと赤巻紙を連呼しているアンジェを眺めていた。
続けて話す練習になるかどうかはちょっと微妙、というかならなそうだけど……
楽しそうだから、いいか。
「あかまきゅがむ……うぅーん、もう一回」
少し顔を上気させて必死に言葉を連ねるアンジェはめちゃくちゃ可愛くて、美味しい紅茶を飲みながらアンジェを見ているのはとても幸せな時間だった。
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