23 / 62
23.言葉の練習
しおりを挟む家に帰るともう晩ごはんの時間だった。
ダイニングテーブルの椅子をどけてある所に車椅子を止め、向かいに座る。
「今日のメニューは白身魚のフライか。美味しそうだな」
アンジェの分はひと口サイズで揚げてあるから、切らずにそのままフォークでつき刺して食べられるようになっていた。
朝ごはんの時にサラダは食べられなかったのでテリーヌにされていて、アンジェがひとりで食べられるように工夫されていた。
フォークが皿の上を滑り、食べ物の形をさぐる。
ぷすりとつき刺して口に運び、もぐもぐと食べた。
「おいしい」
ふうわりと笑うアンジェはとっても可愛いし、少し前まで何も出来なかったのに自分で食事が出来るようになったことが嬉しかった。
*****
食事が終わり、アンジェを抱きかかえてリビングのソファに移動する。
「今日は、がんばったから、ごほうび?」
未だにアンジェの中では抱っこはご褒美扱いらしい。
「そうだよ。一日頑張ったね」
別にご褒美じゃなくてもしてあげたいんだけど、一日アンジェが頑張ったのは事実だし、ご褒美ってことにしておく。
「アンジェは何が出来るようになりたいとか、ある?
あるのなら出来るだけ叶えてあげたいんだけど」
今までは必要最低限のことを練習していたから俺が勝手に決めていたけれど、出来ることが少しずつ増えるとともにアンジェの意思が重要になってくる。
「したい、こと……?
そうだ、お義母さまに、ことばを、れんしゅうしたらって、言われた」
「言葉?」
「切れてるから、って」
「さっきもそんなこと言ってたな。
こればっかりは慣れだと思うんだけど、少し練習してみようか」
新しいことを出来るからか、わくわく顔のアンジェ。
何をしても楽しんでくれるから、こっちとしてもやってて楽しい。
「俺が適当に質問するから、喋り始める前に何を話すか考えて、切らないようにして言ってみて」
こくこく。
アンジェの返事の仕方は可愛いんだけど、俺は良くても公の場でこの返事はマズい。
「返事はなるべく声に出してね」
「ごめん、なさい。わかった」
「切れてるよ。ごめんなさいって、ひと息に言ってみて」
「ごめんなさい? あってる?」
「そう。アンジェは出来ないわけじゃなくて慣れてないだけだから。
ちょっとずつ練習な」
「わかった」
「じゃ、一つ目。自己紹介してみてください。
名前と、好きなことを言ってみて」
「……わたしの名前はアンジェです。好きなことはピアノとおちゃかいです」
パチパチパチ、と拍手する。
「いいよ、上手く言えてる」
つられたようにアンジェもパチパチと手を叩く。
「これ、なに? なんで、叩くの?」
「あっ、そうか、知らないんだ。
誰かを褒めたりすごいねって言うときにするんだ」
「なるほど。じゃあ、もう一回」
「次は、何をしたいのか言ってみようか」
「……したいこと。
ティアみたいに、ピアノが弾けるように、なりたいです。
じぶんで、歩けるように、なりたいです」
「いいよ。『なりたいです』の前に一拍空いちゃうから、そこを気をつけてもう一回」
「ティアみたいにピアノが弾けるようになりたいです。
出来てる?」
「出来てる、出来てる。感覚はわかった?」
「ちょっとだけ」
「ピアノが弾けるようになりたいです。
ピアノが弾けるようになりたいです。」
ちょっと俯き加減で呪文を唱えるように言うアンジェ。
「これに関係あるかどうかはわからないけど、早口言葉って言うのがあって」
「どんな?」
「あかまきがみあおまきがみきまきがみ」
「なんて?」
身体ごとこてん、と首を傾げるアンジェ。
「俺もあんまり上手くは言えないんだけど、赤巻紙、青巻紙、黄巻紙、って。『まきがみ』は、くるくる巻いてある紙ってことね」
「あかまきゅ……ちがう。
あきゃまきゅ……ちがう、よね?」
「言えない人は結構多いからな。俺は昔趣味で練習したことがあるからちょっと言えるだけで」
「セトスさまは、早口言葉、好き?」
「今はあんまりやらないけど一時期ハマっててね」
「なら、れんしゅうする。
あきゃまきゅがみ、あよまきまき……?」
「まきまきになってるよ」
「うう……むずかしい。もう一回」
それからしばらくずっと赤巻紙を連呼しているアンジェを眺めていた。
続けて話す練習になるかどうかはちょっと微妙、というかならなそうだけど……
楽しそうだから、いいか。
「あかまきゅがむ……うぅーん、もう一回」
少し顔を上気させて必死に言葉を連ねるアンジェはめちゃくちゃ可愛くて、美味しい紅茶を飲みながらアンジェを見ているのはとても幸せな時間だった。
5
あなたにおすすめの小説
モース10
藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。
ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。
慧一は興味津々で接近するが……
※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
簒奪女王と隔絶の果て
紺乃 安
恋愛
穏やかな美青年王子が、即位した途端に冷酷な王に変貌した。そしてそれが、不羈の令嬢ベアトリスの政略結婚相手。
ポストファンタジー宮廷ロマンス小説。
※拙作「山賊王女と楽園の涯」の完結編という位置づけでもありますが、知らなくとも問題ないよう書いてあります。興味があればそちらもお読みください(ただしずいぶんジャンルが違い、とても長いです)。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~
白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。
国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。
幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。
いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。
これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる