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40.雪の音

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 外から戻ってきて、コートについた雪を払う。
 アンジェの雪も払ってあげて、そのまま暖炉の前に直行だ。
 寒すぎるから。

 ふたりで雪の中に居て、アンジェを見てると寒さはあんまり感じないのに、帰ってくると途端に寒さが体にこたえる。

「雨より、ふわふわだったね!」

 アンジェが楽しかったようで何より。

「ふわふわだけど、すぐ溶けるから結局あんまり雨と変わらないんじゃないか?」

 雨と雪の違いは肌で感じにくいものだと思う。
 見た目にはわかりやすいが、当たったら溶けて冷たい水になるだけだから。

「そんなことないよ? 雨に、あたったことないから、手がふわふわかどうかは、わかんないけど……」

 言いたいことが言葉にならないように言い淀んで、手をぱたぱたと振る。

「んー、なんて言うの? 耳が、ふわふわ、みたいな?」

「耳が?」

「そう。んー、雨は、家のなかでもわかるけど、雪は、わからない、から?
 んー、ちょっと、ちがうかな?」

 じれったそうに、伝える方法を探している。

「あっ、そうだ、ピアノ!」

 アンジェが突然飛び跳ねるみたいになって、びっくりした。

「ピアノで、いい感じに弾けるかも」

「なるほどな。時間も遅いから、ちょっとだけだぞ?」

「わかった! ちょっとだけでも、やりたい」

 イキイキした顔のアンジェを母屋のピアノへ連れて行く。
 最近歩く練習をすることが多くて、アンジェのピアノを聞く機会がなかったから俺も楽しみだ。



 以前していたのと同じように、車椅子から抱き上げてピアノの椅子に移そうとすると。

「主様、横に停めるだけでよろしいですよ」

 イリーナにそう言われる。

「ん。だいじょうぶ」

 言われたように隣に停めると、アンジェは自分で立って
 ピアノの蓋に手をついて横に移動し、ピアノ椅子に座った。

「ね、わたしも、できるんだよ!」

 誇らしげなアンジェが可愛すぎる。

「よしよし、アンジェは本当に、よく頑張ってるな」

 軽く頭を撫でてあげると、その手に擦り寄るようにする。まるで子猫みたいに。

「うん、がんばってる。ピアノもね、弾ける曲増えたから、今度、セトスさまも聞いてね?」

「ああ、楽しみにしてる」

「それより、雨と、雪のことね」

 ピアノに向き直り、滑らかな動きで蓋を開く。
 まるで見えているかのようにためらいのない動きで、アンジェができることが着実に増えていることが無性に嬉しい。



「あのね、強い雨は、こんな感じ」

 低い音をトリルのように連続して打ち鳴らす。

「ちょっとこわいくらい、はっきり、聞こえる」
「うん、なるほど。それは俺にも分かる」

「セトスさまも、そう思う? それで、ちょっと弱い時は……」

 さっきと同じ音で、少し音の間隔が開く。

「雨の強さが音の間隔ってことか。確かに、強くなるほど連続した音になるな」

「そう。それだけじゃなくて、一個ずつの、大きさがちがうときも、ある」

 少し高い音でのトリル。

「こんな風に、一個は軽いけど、いっぱい降る、みたいな」

「そういうのは『霧雨』って言って、あんまり濡れないんだ」
「へぇー、そうなんだ。また連れてってね?」

「もうちょっと暖かくなってからな」

「うん!ぜったいだよ? それで、今日の雪は、もっと音が高くてね……」

 高音を、ポロロン、ポロロンと4つ程音を繋げて弾く。

「下に、つくまでに、ゆれるみたいな、感じ」
「確かに雪はふわふわ動くな」

「見えてても、そうなんだ!
 それに、雨はほんとの音だけど、雪はあんまりほんとじゃない」

「本当じゃないって?」

「だって、雪は音がしないでしょ?
 でも、音がするみたいな、気分になるの!
 わたしが、そんな気分、みたいな?」

 こてん、と首を傾げる。

「アンジェが言いたい雪の音は分かったけど、それはもう作曲じゃないのか?」

「さっきょく?」

「アンジェが自分で曲を作るんだ。
 感じた事をそのままにしないで、ピアノとか、歌とか、とにかくアンジェにできる方法で誰かに伝えるってこと」

「伝える、のかぁ…… 楽しそうだね!」

「それに、俺はアンジェがどんな風に感じてるのか知りたい」

「なんで? わたしより、セトスさまのほうが、知ってるよ?」

「そんなことはないよ。俺はアンジェに言われるまで雪の音なんて考えた事もなかった」

「そっか。セトスさまは、見えてるから、音はなくてもいいんだ」

「無かったら困るけど、アンジェほど敏感じゃないしな」

「じゃあ、雨と、雪の音を繋げてピアノの曲にするね!そうしたら、セトスさま、聞いてくれる?」

「もちろん。アンジェが俺のために考えてくれるなんて、楽しみだな」

「がんばるから、楽しみに、しててね!」

 キラキラの笑顔を浮かべるアンジェは本当に可愛くて、今までなら寒くて嫌なだけだった雪の日がとっても良いものに感じた一日だった。



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