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18.黎明の疾走者Dawn Chaser
早朝のネオ・ウメダシティー:つかの間の解放
しおりを挟む騒々しい音を立てて巨大な水素機動車に牽引された長い列車が早朝のネオ・ウメダシティのターミナルに到着した。先頭の機関車の深緑色の車体にはたくさんのごてごてした装甲と何かに引っかかれたような傷、その修理の痕。そして側面には大きくDawn Chaserとその名がペイントされている。その後ろには長い客車と貨物車の列。今日は合わせて24両の編成だ。客車からは続々と乗客が降り始めている。プラットフォームには大勢の迎えの人、行商人、ロボット、サイボーグ、機械などでごったがえしている。長距離空路がほぼ使えなくなったこの世界では貴重な長距離輸送機関だ。
この列車の運転手は機械知性体のAI、その名もDawn Chaser。 意識と自我があり体「ボディ」は機関車そのもの。いわゆる人格機械だ。そこに副操縦士と機関士、それから車掌という名の雑用係の3人のサイボーグを乗務員として運行されている。
「ぷはぁ!!」
副操縦士のリップルが先頭車両の天井にあるハッチを勢いよく開けて顔を出した。ネオ・ウメダシティの喧騒と何かの煙、食べ物の匂いなんかがどっと押し寄せる。彼女はそれを胸いっぱい吸い込む。サイボーグだって呼吸はするのだ。雑多なとても良いとは言えない臭いと埃っぽい空気だが不快じゃない。半分密室のような先頭車両の中に比べたら、格別の「生きた」開放的な街の空気だ。
続いて「いやっほう!」と陽気な声を上げながら機関士のザカートがリップルの横に顔を出す。2人が顔を出すともうこのハッチは狭い。
「ちょっとザカート、狭いのよ!」
「いいじゃん、俺だって早くこの新鮮な空気がほしいんだよ」
口をわざとらしくパクパクさせるザカート。
「お前はコイか!清浄度はむしろ車内のほうがいいんだけどねえ」
リップルも深呼吸しながら応じる。そう、たとえ汚れてはいても、この開放感は何にもまさる。それに少々の汚濁は当世のサイボーグ連中にとってはなんてことはない。肺の機能や代謝は生身の人間とは比較にならない。そうしたテクノロジーによる強化、進化が、人類を繰り返し襲う絶滅の淵から何とか救ってきた。
『ザカートさん、ラッセル部の清掃、よろしくお願いします』
Dawn Chaserが、彼らは親しみを込めて”彼”をDCと呼ぶ、乗組員の機械脳に通信回線で直接呼びかける。
今回のオールド・トウキョウからの途中、列車の先頭に野生の半獣半機のシカっぽいモノが衝突したようで、DCの鼻先のラッセル部にはたくさんの機械類やワイヤーハーネスがからみついている。それに最悪なことに、肉片、何らかの液体(生体機械フルード?)がべっとりついたまま走行したものだから、それらが風でカリカリに乾燥してこびりついている。また、これらの液体やデブリでDCの前方メインセンサーの一部が隠れてしまい、DCは予備のセンサーでここまで走ってくる羽目になった。それを早く解消したいのと、なにより、DCはこう見えて綺麗好きだ。こんな状態で1秒もターミナルの他の乗客に見られたくない!
ザカートが毒づく。
「DCぃ、もうちょっとこのウメダの”エア”をゆっくり吸わせてよ」
「あのね、ここでの待機時間は2時間しかないの。早く降りて磨いてきて頂戴。センサーの機能確認までがあんたの担当よ!」と、リップルも応じる。
『その通りですリップルさん。ザカートさんに残された時間はあと1時間53分。機能確認には12分は必要です。清掃を急いでください。汚れは相当ひどいですが、センサー部の汚れは感度不良につながりますので丁寧にお願いします』
「へいへい。やりますやります。ったくじゃあオレはいつ休めばいいんだ?そうだ、オレの分のたこ焼き、買ってきてくれよな」
といって線路に飛び降りる。
「何いってんの。運行中はあんたは暇してずっと寝てたでしょ。休憩は不要!」
「ええ~…」
『たこ焼きはいまオンラインで発注しました。3人分、あと30分で届きます』
「楽しみね!大福堂のやつでしょ?あれおいしいのよねえ」
「オレの分残しておいてよ!」
ザカートはラッセルに絡まったシカの”ツノ”を外して放り投げながら念を押すように言った。
「DC、オレのはちゃんと、合成こしあんトッピングにしただろうな?」
そこにもう一人の乗組員、車掌のリベルトが帰ってきた。彼は列車後部で降りる乗客の案内と、貨物車両の切り離しを指揮していたのだ。
『リベルトさん、もちろんです。そしてしかも倍盛りです』
「さすがDC、気が利くねえ」
「またアンコ?どんだけ甘党なんだよ。たこ焼きはソース一択だっつうの」
「ばかやろう。俺ぐらい脳みそ使う男にはガチ糖分がたっぷり必要なんだ」
「いいや、機械脳の代謝効率が悪いだけだ。っていうか味覚センサーか味覚処理系のどっちかがバグってんのよ」
ザカートは顔をしかめながらシカらしきモノの大きめの人工筋肉組織を、乾ききったそれはちょうどあんこ色、両手でペリペリと引きはがしている。
「あ、リベルト、ちょうどよかった。ザカートがシカの後始末しているので、あなたに水素補給をお願いしたいの」
「えええ、なんでオレが。それは機関士の仕事だろ?」両手を広げておどける。
「お、そうそう。おれのこのシカ後始末と代わってくれよ」バリバリペリペリ
「それは効率悪いわ。ザカートはこのあとセンサーのチェックもしないとね。それはエンジニア資格のあるザカートしかできない。だからリベルト、水素お願い」
「おうおう、シカやるぐらいならもちろん水素の方、謹んでやらせてもらいます」
「いつものようにメイン満タンと、増槽半分ね。あっち入れすぎると燃費悪いのよ」
「しゃあない。DC、貨物終わったらすぐやるから水素ポンプ車、呼んでおいて」
『呼びました。5分で到着します』
「水素やったらちょうどたこ焼きだな!」
と、リベルト。
「私の分、食べないでよね!」
鋭くリップルが2人に警告。
「え、お前どこいくの?」と、メインセンサーにこびりついたシカのフルードをカリカリとマイナスドライバーでこそげ落としながらザカート。
『もっとやさしくしてください!そのセンサーは高いんですよ!』
「私?私はちょっと、カフェ”ソネザキの風”へ」
ザカート&リベルト「はい?!またかよ!」
「いいじゃん、あそこの半天然物のフルーツパフェは格別。そこで本部と次のシーズンの編成計画のリモート会議してくるんだから立派な業務よ!」
といって、線路に降り立ち、もうホームへ向かって歩き始めた。
リベルト「おれ、フルあんこモナカな」
ザカート「おれは蒸しフカヒレ饅頭だ。黒酢でな」
DC『あなたたちは本当に食い意地が張ってますね。私は水素があれば十分。ウメダの水素は純度も高くてなかなかの味です。おっと、そうだ、私に新しいダスターを。天然素材があれば最高です』
それぞれがそれぞれのわがままな要望をリップルの後ろ姿に投げつける。
リップルは右手を軽く上げて「了解」のサイン。
ただ、ああみえて極めて忘れっぽいから当てにはできない…
ザガートとリベルトはたこ焼き2個をめぐり、「黒酢の要望を覚えているか?」のギャンブル。リベルトは現実派だからこういうときは悲観的結末に賭ける。つまり黒酢は期待できないと…
ネオ・ウメダシティの朝。
つかの間の解放と補給の朝は始まったばかりだ。
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