かくしおに

嵐華子

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幕間〜ある男の死点

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「私の娘に、ふざけた事してんじゃねえよ。雑魚が」

 執着する女の声が聞こえて、顔を上げようとした。

「あぎゃあ!」

 しかし鬼が俺の腕に牙を立てて食らいつき、痛みで半ば無意識に口から悲鳴が出る。

「……れん、か……うぐぁっ……れんかっ……蓮歌ぁ!」

 それでも執着しきった名前を呼んで、肉を引き千切られる痛みに堪えて顔を上げた。

 するとそこには決して手に入らなかった女が、憎悪と同じくらいに身を焦がして求める女が、相変わらず美しく、男を惑わせる艶がある女が、俺ではない誰かの手で二度刺された末に死んだ女が…………いた。

 近づきたい。触れたい。

 なのに俺を押さえつけて肉を食む鬼が邪魔をして近づけない。

 痛みと死への恐怖で、あの母娘が何を話しているのかまで頭に入ってこない。

 ただこの女が、俺以外の誰かに注意を向ける様が、酷く腹立たしい。

「でも、もう私を殺した犯人探しなんかすんなよ」

 不意に母娘二人の気配が、一人になった。

 その時、俺の腕を勢い良く食い千切った反動で、鬼が一瞬だが俺の体から青紫色の身を離した。

「だってあの二人は、殺した女の娘を守るっていう、私からの最大の罰を受けてんだから」

 向こうに顔を向けたままの女が、愉しそうに何かを呟いている。

 この女を道連れにするのは、俺の物にするのは、今しかない! 

 片腕を無くしてバランスが悪くなった体に、何とか力を入れて走る。

 女の腕を掴もうとして……どうしてか足がもつれて転んでしまった。

「アホか。ここは此岸と彼岸の狭間に作った夢の空間。この空間の主は私なんだから、手を出せるわけないだろう」

 相変わらずこの女は口が悪い。幼少期を地下で育った女だ。程度が知れてる。

 なのにやっと俺を見たと思ったら、お前程度の躾のなってない女が、俺を馬鹿にした目で見やがって!

「ちくしょう! 全っ部、お前のせいだ! お前が! 俺達家族の人生を滅茶苦茶にしたんだ!」

 そうだ! この女が全て悪い! 異母妹? そんなの認めない! 俺より才能がある妹なんか認めるか! こいつは俺の物なんだ! あの地下牢で俺が見つけた! 誰にも触れさせない! 俺の物だった女だ!

「違うだろ。神とコンタクト取れる崇高なる神継家の再興、なんてクソたわけた夢物語に囚われた、私らの父親が諸悪の根源」

 真っ向から自分の罪を認めず、俺達、いや、俺の父親に罪をなすりつけるのか!

「もちろん私の母親が精神病んで自我崩壊しても、私を孕んで生み落とすまで無理矢理犯し続けたのは父親の罪。生まれた私を正規の手続き踏んだ嫁に黙って、地下牢に入れて育てたのも父親の罪だ」

 蓮歌が淡々と話すのは、過去に異母兄妹である俺達の父親が、蓮歌達母娘に犯した事実。

 だが、父さんがいなかったら蓮歌お前は生まれてない! お前は父さんに感謝するべきなんだ!

「だけどそんな状態になった私の母親にすら嫉妬したのはアンタの母親。地下牢にいた私の存在知ったら虐待かまして、最後は殺そうとしたのもアンタの母親だ。それに……」
「うるさい! 不倫相手と不義の子供であるお前達母娘が悪いんだ!」

 蓮歌が俺の母親の次に口にするのは、俺が幼い異母妹に欲情していたという男のさがだと直感して、遮るように声を張り上げた。

「それに便乗して、私にいやらしく触ってきたのはお前」
「だ、黙れ!」

 だが結局蓮歌に口にされ、羞恥でカッとなる。

「半分は血が繋がってんのも知ってて、なのにともすれば私を性の捌け口にしようとしてただろうが。気色悪い奴」

 そこで言葉を区切った蓮歌は、俺の顔をじっと見て、明らかな侮蔑の目を向けた。

「うわ、相変わらず私に惹かれてんのかよ。マジで無理だ。きしょい」
「黙れ、黙れ、黙れぇ!」
「私の神継としての才能が早い段階で開花して良かったよ。左足は犠牲にしたけど、お前ら三人から自分を守れた」
「黙っ……んぐっ」

 声を張り上げようとすれば、鬼が俺の背後から上に乗り上げ、大きな手で俺の頭を床に押さえつける。

「お前の逆恨みから、可愛い私の娘も守れたしな。正直、私の代わりに慰み者にしようと思わなかったとこだけは褒めてやる」

 冷笑する蓮歌の言葉に、するはずかないとどこかで思う。

 お前だから、執着した。お前だから、欲情した。お前が欲しかった。

「お前らには気づかれないようにしてたけど、未来視の能力あって良かったわ。死ぬ前に先回りして娘にお守り渡せたからな。ああ、私はお前の知る蓮歌だけど、蓮歌本人じゃねえよ? 娘の持ってたお守りに遺ってる、記憶の残滓みたいなもんだから。でも生前の私がしたのは、それだけだ。人を呪わば穴二つ。お前も代々の呪術家系だった神継の人間なら、この言葉の意味くらいわかんだろ。過去も、今もそう。お前達が私や娘に、どれだけふざけた真似をしたとしても、直接手を下す必要なんてない。ただ自分と娘の身を守るだけで良い。そうしてる内にお前達は自滅する。それこそが最強最悪にして、こっちは一番安全にできる呪い返しだったんだからな」
「んー! んー!」

 言葉を出そうにも、凶悪な力で顔面を床に押しつけられてしまっては、くぐもった声しか出せない。ジタバタもがいても、鬼の力は圧倒的に強かった。

「ほら、恐怖に震えながら、さっさと食われて終わらせろ。しょせん私は蓮歌が生前にお守りに宿らせただけの、記憶と神力の残滓だ。お前が自ら率先して行った呪いの返しにまで手出しできない。お前はお前が従うと決めたルールの下、自分のケツを自分で拭くしかないんだよ。心配するな。ケツ拭き終わったら、お前とお前の父親が散々欲した神刀の力使って、その呪いごとお前を消滅してやるよ」
「んー……っは! た、たすけ……ぐぎぃゃー!」

 ガリガリと鋭い歯で肉をこそぎ落とし、ボリボリと骨を砕きながら貪り食う鬼。壮絶な痛みの中で気を失う事もなく、長い、長い時間をかけて体が無くなっていく。

 やがて気づけば鬼の胃の中。今度は胃酸で体が焼け溶ける苦しみが待っていた。

 どこまでも苦しい。これが他人を妬んで呪った代償なのか。やるんじゃなかった、許してくれ、助けてくれ。

 延々と続く地獄。いつになっても終わらない。俺が俺でなくなってもいいから、せめて誰かが終わらせてくれ……。

 眼球はもうないから、涙は出ない。口ももうないから、助けも呼べない。

 ああ、苦しい。つらい。誰か、誰か、誰か、誰か……。

 気の遠くなるような長い時間の責め苦。幾ら願っても終わらない。それでも誰か終わらせてくれと懇願せずにはいられない。

「雪火」

 幾千、幾万願った後。神継家に代々伝わる神刀の名前を蓮歌が口にした。

――チャ。

 暗闇の中、鞘から刀を抜く音。

 やはり蓮歌は神刀が選んだ……俺が選ばれたくて仕方なかった……神継家の当主……ああ……妬ましい、怨めしい……俺の女……。

 一筋の煌めきが走ったかと思えば、真っ白い吹雪のような焔に包まれた。鬼の胃の中にいる俺ごと、神刀によって焼き切られたのを、身をもって知る。

 救いの焔は痛く、熱い。

「最後までアンタらしいよ」

 憎み、怨み、妬みながらも、全てを欲した異母妹が、ポツリと漏らした声。相変わらず俺には興味をそそられないのだと落胆するほど無感情で……。
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