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82.笛の音色と人骨〜暁嵐side
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「それでは、拝借致します」
「ああ。
だがその剣は誰彼と抜けるものではない…………抜けるのかよ」
当初の約束通り、即位して以来常に共に在る剣を小娘に手渡せば、何の苦も無く鞘から抜いてしまった。
鞘は無言で返された。
その剣は皇帝となった者が代々継承してきた剣。
だが人を選ぶようで、鞘から抜けぬ皇帝も中にはいたらしい。
まして皇帝の妻となるかつての夫人達で抜いた者は、数名だけ。
間近では何代か遡った中に、1人いたとかいないとか、そんな眉唾物の話だった。
実際、俺の最愛の妻も抜けなかったというのに。
「陛下には首を切られましたから」
「言い方な」
クスクスと笑うが、何故に首切ったら抜けるのだ。
しかし今更この程度では驚かなくなってきた。
あの事件から二月。
風家の直径と傍系の大半は、先々代引き継がれていた公金横領の罪に手を染めていた。
加えて、我が国で禁止されていた人身売買を行っていた事が明らかとなる。
本家である風家と傍系となる各家の直系は親子2代にわたり未成年以外は斬首。
フォン家に連なる一族郎党はほぼ断絶となった。
しかし幼馴染でも丞相でもある腹黒は、事前に籍を抜けていた。
その上、分家であった生家は既に途絶えており、繋がりの薄い養子に過ぎず、腹黒が先にフォン家の罪を事細かに告発していた事で、連座を免れている。
背景には、本来ならば直系の血筋だけで管理すべきだった資産管理や領政を、養子だった腹黒が行っていたからだ。
先祖から引き継いだ悪事を行うのに慣れ過ぎた末の油断であり、愚行だったと言えるだろう。
しかし腐っても先祖代々続いた公爵家とその傍系の家々だ。
仕えていた者達は突如主人を失っただけでなく、国により処断された家の関係者との醜聞がついた。
そうして露頭に迷う者達があまりにも多くいたのだ。
商いや事業、領政を他家に引き継がせただけでは、巻きこまれた下の者達の引き取り手になり得るはずもなかった。
このままでは結果的に、国の治安に関わる事態になる。
途絶えさせるわけにもいかぬ、他国との貿易関連事業も任せていたが、それもまた然り。
突如全く違う家の者に任せては、信用問題から不穏を招きかねない。
故に生家が途絶えていた事で、風の姓をそのまま名乗る事になった腹黒を後任に据えた。
事実上は全く違うと言える程に、薄い血統である腹黒がフォン家を乗っ取る形となったが、表向きは幾らかマシな対面となっただろう。
もちろん振り分けられる物は他家に振り分けたが、今回の事で風姓の名声は堕ちた。
腹黒は丞相としての政務に加え、これまで以上に管理が大変となった後始末に忙殺される。
だが……。
「うまくやったものだ」
呆れと感心が半々に混ざった言葉が思わず口を突く。
「何がです?」
「こちらの話だ。
時間だ。
さっさと始めよ」
「御意に」
もちろん一々教えてはやらない。
どうせわかっているであろうに。
白の詰襟の礼服をカチリと着こなした小娘は、枯井戸の少し手前に立ち、剣を足下に置く。
腰紐にしれっと差していた銀製の精巧な横笛を手に取り、奏で始めた。
他にこの場には、使用人達が4名。
井戸から離れ、敷布に座って木陰で見守る。
同じ顔の男達は木製の笛と、梆子という拍子木を、筆頭侍女は二胡を、物真似が得意らしい侍女は内に多数の鉄の輪を取りつけた手鼓を、それぞれ手にしている。
本来藍色の衣の着用を義務付けるこの者達は、今は青緑の礼服だ。
許可は出した。
小娘の吹く金物製の笛を目にしたのも、耳にしたのも過去1度だけ。
先代皇帝に命じられ、皇太子として他国の宴に参加した時だ。
だが記憶に残るあの時よりも、この音色は柔らかく、音に深みと重みがある。
曲はいつぞや、小娘が住む小屋で聴いたあの曲。
高い音は澄んだ音を天高く届けるように、低い音は胸に温かな何かを広げるように、音色が響く。
二月前、始めてここへ足を踏み入れた時に終始感じていた、あの井戸を中心に漂う、肌を刺す冷たい空気は今も健在だ。
その空気が何とはなく、揺れているように感じる。
何故であろうか。
そういえば、あの小屋でもそうだったな。
小娘には妖以外の何かが……いや、考えるのは止めておこう。
考えを切り替えるように小娘が視線を注ぐ井戸を見る。
梳巧玲がその井戸に落とした、小娘の侍女の証言を元に、検死官立ち会いで調査した。
結果、そこから約10人分の人骨が出てきたのには驚いた。
※※補足※※
いつもご覧いただきありがとうございます。
ここで言うところの楽器の補足です。
:梆子《パンズ》
細長い棒2本を打ち鳴らす打楽器。
イメージ的には火の用心とかで、長方形の棒をカンカン鳴らす、昭和レトロな代物っぽい形状。
:手鼓
タンバリン。
「ああ。
だがその剣は誰彼と抜けるものではない…………抜けるのかよ」
当初の約束通り、即位して以来常に共に在る剣を小娘に手渡せば、何の苦も無く鞘から抜いてしまった。
鞘は無言で返された。
その剣は皇帝となった者が代々継承してきた剣。
だが人を選ぶようで、鞘から抜けぬ皇帝も中にはいたらしい。
まして皇帝の妻となるかつての夫人達で抜いた者は、数名だけ。
間近では何代か遡った中に、1人いたとかいないとか、そんな眉唾物の話だった。
実際、俺の最愛の妻も抜けなかったというのに。
「陛下には首を切られましたから」
「言い方な」
クスクスと笑うが、何故に首切ったら抜けるのだ。
しかし今更この程度では驚かなくなってきた。
あの事件から二月。
風家の直径と傍系の大半は、先々代引き継がれていた公金横領の罪に手を染めていた。
加えて、我が国で禁止されていた人身売買を行っていた事が明らかとなる。
本家である風家と傍系となる各家の直系は親子2代にわたり未成年以外は斬首。
フォン家に連なる一族郎党はほぼ断絶となった。
しかし幼馴染でも丞相でもある腹黒は、事前に籍を抜けていた。
その上、分家であった生家は既に途絶えており、繋がりの薄い養子に過ぎず、腹黒が先にフォン家の罪を事細かに告発していた事で、連座を免れている。
背景には、本来ならば直系の血筋だけで管理すべきだった資産管理や領政を、養子だった腹黒が行っていたからだ。
先祖から引き継いだ悪事を行うのに慣れ過ぎた末の油断であり、愚行だったと言えるだろう。
しかし腐っても先祖代々続いた公爵家とその傍系の家々だ。
仕えていた者達は突如主人を失っただけでなく、国により処断された家の関係者との醜聞がついた。
そうして露頭に迷う者達があまりにも多くいたのだ。
商いや事業、領政を他家に引き継がせただけでは、巻きこまれた下の者達の引き取り手になり得るはずもなかった。
このままでは結果的に、国の治安に関わる事態になる。
途絶えさせるわけにもいかぬ、他国との貿易関連事業も任せていたが、それもまた然り。
突如全く違う家の者に任せては、信用問題から不穏を招きかねない。
故に生家が途絶えていた事で、風の姓をそのまま名乗る事になった腹黒を後任に据えた。
事実上は全く違うと言える程に、薄い血統である腹黒がフォン家を乗っ取る形となったが、表向きは幾らかマシな対面となっただろう。
もちろん振り分けられる物は他家に振り分けたが、今回の事で風姓の名声は堕ちた。
腹黒は丞相としての政務に加え、これまで以上に管理が大変となった後始末に忙殺される。
だが……。
「うまくやったものだ」
呆れと感心が半々に混ざった言葉が思わず口を突く。
「何がです?」
「こちらの話だ。
時間だ。
さっさと始めよ」
「御意に」
もちろん一々教えてはやらない。
どうせわかっているであろうに。
白の詰襟の礼服をカチリと着こなした小娘は、枯井戸の少し手前に立ち、剣を足下に置く。
腰紐にしれっと差していた銀製の精巧な横笛を手に取り、奏で始めた。
他にこの場には、使用人達が4名。
井戸から離れ、敷布に座って木陰で見守る。
同じ顔の男達は木製の笛と、梆子という拍子木を、筆頭侍女は二胡を、物真似が得意らしい侍女は内に多数の鉄の輪を取りつけた手鼓を、それぞれ手にしている。
本来藍色の衣の着用を義務付けるこの者達は、今は青緑の礼服だ。
許可は出した。
小娘の吹く金物製の笛を目にしたのも、耳にしたのも過去1度だけ。
先代皇帝に命じられ、皇太子として他国の宴に参加した時だ。
だが記憶に残るあの時よりも、この音色は柔らかく、音に深みと重みがある。
曲はいつぞや、小娘が住む小屋で聴いたあの曲。
高い音は澄んだ音を天高く届けるように、低い音は胸に温かな何かを広げるように、音色が響く。
二月前、始めてここへ足を踏み入れた時に終始感じていた、あの井戸を中心に漂う、肌を刺す冷たい空気は今も健在だ。
その空気が何とはなく、揺れているように感じる。
何故であろうか。
そういえば、あの小屋でもそうだったな。
小娘には妖以外の何かが……いや、考えるのは止めておこう。
考えを切り替えるように小娘が視線を注ぐ井戸を見る。
梳巧玲がその井戸に落とした、小娘の侍女の証言を元に、検死官立ち会いで調査した。
結果、そこから約10人分の人骨が出てきたのには驚いた。
※※補足※※
いつもご覧いただきありがとうございます。
ここで言うところの楽器の補足です。
:梆子《パンズ》
細長い棒2本を打ち鳴らす打楽器。
イメージ的には火の用心とかで、長方形の棒をカンカン鳴らす、昭和レトロな代物っぽい形状。
:手鼓
タンバリン。
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