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97.小娘の参拝〜暁嵐side
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「吉香寺に参拝ですか?」
尋ねる丞相__腹黒が訝しむのもわからなくはない。
大抵は入宮して1年を迎えた節目に法律上の夫婦で参拝する。
俺はその普通をことごとく無視したから、ユー以外の貴妃は1人で参拝していた。
「ああ、私との取り引きの1つが初代皇帝の陵墓がある吉香寺への本日からの参拝だった」
「随分と早い参拝ですね。
しかも……あの貴妃に最も縁が無さそうな……」
腹黒の言葉には同意しかしない。
だが幽霊の類や神獣が普通に視えていそうなあの小娘は、それらに捧げる為に芸を磨いて昇華させている節がある。
もしや初代皇帝が幽霊となって漂っていて、呼ばれて行ったとかはないよな?
ゾクリと背中に悪寒が走る。
もし初代が幽霊だったら、1人の妻に執着して、他の女に手を出さない俺をどう見るだろうか。
あの古い手記が本当に初代の物なら、初代は初代で惚れこんだ女人がいたのは間違いない。
だが初代はたった1人に操を捧げる事はなかった。
寧ろ三国統一を果たした後は、だだっ広い後宮を作り、多くの女を囲って後継者も幾人か作っている。
しかし気になるのは小娘の言動だ。
この帝国にはない、あの手記に書かれてあった言葉を話したり、やけに幅広い芸事をこなす様は、まるで初代の愛した娼妓のようだ。
それに……化粧が剥がれた時に見せたあの外見。
あれは……。
「それはそうと皇貴妃は気持ちを持ち直せたようですね」
つい深く考えこみそうになったものの、腹黒の言葉で我に返る。
「ああ、あれから3日経ったが、随分と気が楽になれたようで、表情も柔らかくなった。
私が常々ユーのせいではない、私のせいだと言い聞かせていても、やはり全く関わりのない者からあのように断言されると受け取り方も違うのだろう」
「そのようですね。
それにお子を授からない理由がはっきりされ、これから授かる可能性と、行動の仕方を見い出だせたのも良かったのでしょう」
「後宮の貴妃や嬪、それに足の引っ張り合いを良しとする女官達も数を減らせたのも大きい」
「ですが、良かったのですか?」
腹黒が思案げに俺の顔色を窺う。
「呉静雲か?」
思い当たるのは、夏花宮の主だった元嬪で、ユーと姉妹のように仲の良かったあの者だ。
「はい。
本来なら、生家の呉家に消されていても不思議ではありません。
あの家は帝国の規律を代々重んじます。
あの者は嬪という身分でありながら、貴妃に直接的に害を為そうとしました。
その上、皇貴妃という身分を持つ方を軽んじていた。
それも嬪という妾の立場ならば、自身で律しておかねばならない、皇帝陛下と妻への仲に嫉妬してのこと」
「ウー家が最も忌む規律破りの1つを、自身の血族が犯したからな。
私も、絶対に暗殺されると確信しておったが……」
「ここでもやはり滴雫貴妃ですね」
思わず吐いたため息が、腹黒とかぶる。
「一体どのように話をつけたのか、検討もつかぬ。
ウー家はある意味で治外法権のような、初代からの影のような存在。
初代の後に即位した皇帝で、規律を乱す者がいれば、皇帝であっても消してしまう過激派だ。
皇帝即位の裏では暗躍した事もあるし、先王は……いや、この話は今する事ではないな。
恐らく林傑明司空は、暗殺を確信していたはずだ」
「呉静雲の行動が早く、延命の嘆願先を正しく選んだのでしょう。
勘で動いたらしいですが」
「腐っても呉家の人間か。
あの家の者は昔から勘が鋭く、物事を見極めるのに長けておる」
3日前にボロ小屋で話してから、妻の中にあった憂いは、昔から姉のように接していた妹分の行く末も含めて消えたようだ。
優しい妻は、妹分が自分への嫉妬から陰で蔑ろにしていたと知っても、その身を案じていた。
悪い印象しかないはずの小娘が、丞相の裏をかくのに俺達夫婦へ交渉してきた事に乗ったのも、妹分を救う為。
ユーはそれを最初に条件として提示した。
「お陰で私は貴方達に裏をかかれてしまいましたが」
そう言って苦笑する腹黒に、もう後ろめたさは感じない。
ボロ小屋から戻った執務室で、ユーも含めて幼馴染3人は腹を割って話した。
腹黒のもどかしい気持ちも改めて知った。
妻への愛を貫くのに、自分がどれほど愚かしかったかを、幼馴染2人から滾々と語られる結果となってしまったが。
尋ねる丞相__腹黒が訝しむのもわからなくはない。
大抵は入宮して1年を迎えた節目に法律上の夫婦で参拝する。
俺はその普通をことごとく無視したから、ユー以外の貴妃は1人で参拝していた。
「ああ、私との取り引きの1つが初代皇帝の陵墓がある吉香寺への本日からの参拝だった」
「随分と早い参拝ですね。
しかも……あの貴妃に最も縁が無さそうな……」
腹黒の言葉には同意しかしない。
だが幽霊の類や神獣が普通に視えていそうなあの小娘は、それらに捧げる為に芸を磨いて昇華させている節がある。
もしや初代皇帝が幽霊となって漂っていて、呼ばれて行ったとかはないよな?
ゾクリと背中に悪寒が走る。
もし初代が幽霊だったら、1人の妻に執着して、他の女に手を出さない俺をどう見るだろうか。
あの古い手記が本当に初代の物なら、初代は初代で惚れこんだ女人がいたのは間違いない。
だが初代はたった1人に操を捧げる事はなかった。
寧ろ三国統一を果たした後は、だだっ広い後宮を作り、多くの女を囲って後継者も幾人か作っている。
しかし気になるのは小娘の言動だ。
この帝国にはない、あの手記に書かれてあった言葉を話したり、やけに幅広い芸事をこなす様は、まるで初代の愛した娼妓のようだ。
それに……化粧が剥がれた時に見せたあの外見。
あれは……。
「それはそうと皇貴妃は気持ちを持ち直せたようですね」
つい深く考えこみそうになったものの、腹黒の言葉で我に返る。
「ああ、あれから3日経ったが、随分と気が楽になれたようで、表情も柔らかくなった。
私が常々ユーのせいではない、私のせいだと言い聞かせていても、やはり全く関わりのない者からあのように断言されると受け取り方も違うのだろう」
「そのようですね。
それにお子を授からない理由がはっきりされ、これから授かる可能性と、行動の仕方を見い出だせたのも良かったのでしょう」
「後宮の貴妃や嬪、それに足の引っ張り合いを良しとする女官達も数を減らせたのも大きい」
「ですが、良かったのですか?」
腹黒が思案げに俺の顔色を窺う。
「呉静雲か?」
思い当たるのは、夏花宮の主だった元嬪で、ユーと姉妹のように仲の良かったあの者だ。
「はい。
本来なら、生家の呉家に消されていても不思議ではありません。
あの家は帝国の規律を代々重んじます。
あの者は嬪という身分でありながら、貴妃に直接的に害を為そうとしました。
その上、皇貴妃という身分を持つ方を軽んじていた。
それも嬪という妾の立場ならば、自身で律しておかねばならない、皇帝陛下と妻への仲に嫉妬してのこと」
「ウー家が最も忌む規律破りの1つを、自身の血族が犯したからな。
私も、絶対に暗殺されると確信しておったが……」
「ここでもやはり滴雫貴妃ですね」
思わず吐いたため息が、腹黒とかぶる。
「一体どのように話をつけたのか、検討もつかぬ。
ウー家はある意味で治外法権のような、初代からの影のような存在。
初代の後に即位した皇帝で、規律を乱す者がいれば、皇帝であっても消してしまう過激派だ。
皇帝即位の裏では暗躍した事もあるし、先王は……いや、この話は今する事ではないな。
恐らく林傑明司空は、暗殺を確信していたはずだ」
「呉静雲の行動が早く、延命の嘆願先を正しく選んだのでしょう。
勘で動いたらしいですが」
「腐っても呉家の人間か。
あの家の者は昔から勘が鋭く、物事を見極めるのに長けておる」
3日前にボロ小屋で話してから、妻の中にあった憂いは、昔から姉のように接していた妹分の行く末も含めて消えたようだ。
優しい妻は、妹分が自分への嫉妬から陰で蔑ろにしていたと知っても、その身を案じていた。
悪い印象しかないはずの小娘が、丞相の裏をかくのに俺達夫婦へ交渉してきた事に乗ったのも、妹分を救う為。
ユーはそれを最初に条件として提示した。
「お陰で私は貴方達に裏をかかれてしまいましたが」
そう言って苦笑する腹黒に、もう後ろめたさは感じない。
ボロ小屋から戻った執務室で、ユーも含めて幼馴染3人は腹を割って話した。
腹黒のもどかしい気持ちも改めて知った。
妻への愛を貫くのに、自分がどれほど愚かしかったかを、幼馴染2人から滾々と語られる結果となってしまったが。
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