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124.箏の調〜大僧正side

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「美しくも、哀しい響きよ」

 月のない夜闇に響くそうに耳を傾けながら小さくぼやく。

 琴の1つで、17の弦が奏でる調しらべは、これまで耳にしたどの音よりも、一際耳に心地良い。
まさに神がかった腕前であろう。

 奏者は悪妃と呼び声高い、滴雫ディーシャ貴妃。

 暗闇の中、天斌嵐仙ティエンビンランシェン高祖の陵墓跡の前で茣蓙ござを引き、その上で座って弦を弾く。

 貴妃らしい黒の正装姿は、後宮で北の宮を与えられたが故か、はたまた、どなたかの死を悼む故か。
拙僧とお付きの者達以外は人払いをしているからか、いつもの化粧もせず、顔を隠してもおらぬ。

 この音色は、悪妃と評される貴妃が奏でているなどと到底信じられぬ程、あまりに美しく、あまりにも哀しい。
時に軽やかな曲調が奏でられても、哀しいと感じるのは、何故なにゆえか。

『そもそも吉野ジイェだったわたくしが、次に再び転生するなどわからない事だったでしょう。
その話は、陛下への寝物語に1度話しただけ。
なのに陛下も弟子も、何者かの人生をそんな話に縛りつけるなどと、傍迷惑以外の何物でもありません』

 些か腹を立てる貴妃の言う陛下とは、今代の王暁嵐ワン シャオラン皇帝陛下ではない。
この帝国を建国した初代皇帝陛下、いや、それもまた違う。
まだ三国統一前の、王嵐香仙ワン ランシャンシェン泰汐タイシー国王陛下。

 そして弟子とは、この吉香ジシャン寺の初代法印大僧正。

 しかし貴妃は気づいておらぬ。

 この吉仙ジシェン寺は、高祖が生涯唯一無二の愛を捧げた吉野ジイェ様との、来世での会合を願い建てられた事を。

 そして貴妃が弟子だと申された初代法印大僧正もまた、吉野ジイェ様を母として、1人の女人として生涯愛し続けた事を。

 高祖の亡骸が陵墓の下に無い事は、法印大僧正となる時に口頭で引き継がれる。
同時に高祖と初代法印大僧正の想いもまた然り。

【高祖、愛せし者の霊獣と共に、この山に眠る。
いつかかの御方が高祖と霊獣に再び相まみえた暁には、その知らせを轟かす】

 首にかけた簡素だが、綺麗に編まれた組紐の先にある石を、そっと服の上から触れて口伝の1つを思い出す。
半信半疑であった転生という奇跡を目の当たりにした喜びと共に。

 高祖の木乃伊ミイラが身に着けていたと、貴妃から手渡された。
紫紺と濃桃が混ざった珍しい色の杉石。

 高祖と同じ瞳と言われし今代の皇帝陛下と、あの日地下で魔力を纏わせた滴雫ディーシャ貴妃の瞳の色が合わさる色であった。

 この杉石は高祖が愛する者に贈り、後に形見として生涯、いや、死した後も高祖が身につけ続けていたと知った。

 故に初めは貴妃が拙僧へ贈るとの申し出を、丁重に断わった。

『貴方も含め、歴代の法印大僧正方には、その石が人生を他人の欲で縛られた、何よりの証。
そして腹立たしい事に、図らずもその欲が叶った証であり、この寺の者達が長らく尽力してくれた証。
その石を持つに相応しいのは、もはや私ではありません。
陛下の魔力と吉野ジイェの魔力、そして……今、私の魔力をこめました。
何かしら貴方を、何も無ければ次代の後継を危険から守ってくれるでしょう。
からの感謝の気持ちです』

 そう言いながら、目の前で貴妃が石に魔力をこめてしまえば、受け取らぬわけにもいかなかった。

 貴妃は更に金、銀、銅、鉄でできた人形と細長い紙を見せ、そこに書かれていたように行動したと仰った。
故に陵墓が埋没したのかと合点がいく。

 口伝にとあったが、この事であろう。
ならば誰が悪いわけでもなく、これでこの寺の真の存在理由も、陵墓の管理者としての表向きの名誉も失われた。
この寺の運営も寄付金が減り、難しくなると覚悟した。

 しかしそれを見越したのか、貴妃はある大商会との伝手を繋げて下さった。
その商会こそが、吉野ジイェ様が起こした商会。

『前世とはいえ、陛下は長く私を愛でたご贔屓さん。
ご贔屓さんの願いを叶える為に、長らく尽くしてくれた方々を路頭に迷わせるのは、では御座いません』

 そう言って妖艶に微笑む様に、高祖と初代が生涯をかけて愛し抜き、しかし決して手元で囲われなかった、芯の強い女人の片鱗を、垣間見たような気がした。

 貴妃の箏の奏ではこの後、明け方まで続く。
そして翌朝、貴妃はいつもの平凡で、少し気の強そうな目元の、可愛らしい少女の顔で別れの挨拶をして、皇城へと帰って行かれた。


※※後書き※※
いつもご覧いただきありがとうございます。
これにて本章は完結です。
ここまで毎日更新できたのも、皆様のお陰です。
次章ではまたいくらか展開を動かしていこうと考えていますが、少し構想を練りたいのでお時間いただくので、よろしければお気に入り登録してお待ち下さい。

そして以下の2作品はまだまだ投稿していきます。
よろしければ、ご覧下さい。

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