ゲームメイカー

トモモト ヨシユキ

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      「お疲れ様でした」
     少年が、紅茶の入ったカップを私に渡しながら言った。
    私は、カップを受け取りながら、言った。
   「別に」
    そして、はっと、流れ落ちていく涙に気付いた。
     私は、両手で涙を拭ったが、涙は、何故か、止まらなかった。
    「おめでとう」
     少年が言った。
    「あなたは、真に新しい神となった」

    そう。

   私は、知っていた。

   自分が何を手に入れたのかを。
   それは、神が望んでも手に入れることの出来ないものだった。

   「祝福せよ」
   黒猫が叫んだ。
    「ことほげ。我々の元に、新しい神が誕生した」

     何処からか、甘美な音楽が流れ出し、美しい華々の薫りが漂う。
    世界には、光が溢れ、私は、多幸感に包まれていた。

    「これから、どうしますか?」
    少年がきいた。
    私は、逆に、きいた。
    「他の皆は?」
    そこには、私と少年と黒猫しか存在しなかった。
    少年は、言った。
   「帰りました。それぞれの居場所へ。もっとも」
    少年は、微笑んだ。
    「Kだけは、わかりません。彼は、神だから」
     私は、頷いた。
    Kは、何処にでもいて、何処にもいない存在、だ。
    いつも、ここに居るし、何処にもいない。

   また、いつか。

   私は、思っていた。

    時がくれば、再び、出会うこともあるだろう。

   それまで。

   さようなら。

   私は、一口、お茶を飲んで、カップを置いた。
    「さあ、それじゃあ、そろそろ、私も、帰るとするか」
    「何処へ」
    少年がきいた。
    私は、答えた。
   「元の場所へ、きまっている」
    「何故?」
     少年は、私にきいた。
    「あなたは、自由だ。何処へでも、行ける。なのに、何故、元の世界へ帰るのですか?」
     「だって」
     私は、考えた。

    何故?

   私は、彼処へ、帰るのだろう。

   自分の創造した世界へ、行ってもいい。

  新しい世界を創造することだって出来る。

   それに。

   闇王の世界。

   私は、自分の中に存在する闇王を感じていた。

    彼の愛を。

    私たちは、確かに、魂よりも、深い場所で愛し合っていた。

   なのに。

   何故、私は、彼の元へ、行かないのか?

    答えは、わかっていた。

    「待ってくれているから」
    私のかつての日常の世界。
    職場の人々。
    老人たち。
    街の、世界の、存在者たち。
   Kの世界。

   そして。

    私の家族たち。

    夫と、一匹の猫。

    私は、帰るのだ。
   彼等の元へ。

   帰っていく。

   少年が満面の笑みを浮かべた。
    「さすが、僕のお母さん」
     「ことほげ」
     黒猫が笑う。
     「今日は、めでたい。愉快な日だ」

    そして、私は、家へ帰った。
    きっと、この、Kの世界が許す限り、私は、この世界で生きていくことだろう。
    退屈で、残酷で、美しい。
    この、Kの世界で。

    Kの存在を、今でも、時々、感じることがある。
   だが、私には、Kを見ることは、出来ない。
   
    いつか。

    私が、この世界を離れる時、私たちは、再び、出会うことになるのかもしれない。

    それが、何時になるのかは、私にも、わからない。
    ただ、わかることが、一つだけ、ある。

   私は、自由、だ。
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