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青空の下にて
7.
しおりを挟む「え、それは、」
流石の脳足りん王子も、ヘイデル王のその言葉には困惑したのかおろおろと俺と王の顔を交互に見比べている。そりゃそうだろう。これでも一応、そこそこ強い騎士を一人失うことになるのは、自分自身の身の安全を脅かすことに繋がりかねない。
そもそも、お断りである。何が貸してくれ、だ。同情に見せかけてセレネ・グラントの身代わりにしたいだけだって魂胆は見え見えなんだよ!!!
「陛下、私からもお断りさせていただきます。私はフィオーレ王国の騎士であり、護るべき相手はフィオーレ王国ののみにございますので」
「……私はロバル殿に聞いている」
いらっ。
としたが、確かに馬鹿王子の返事も聞かないまま断るのは不敬に当たるため、無言で引き下がる。クソ王子はいかにも一触即発といった場の空気にますます恐れおののいているようで、目を白黒させている。
その様子を黙って見ていた第1王子が、少しばかり身を乗り出して塵王子の手を優しく握り、上目遣いで顔を覗き込んだ。途端に顔を真っ赤にするうちの馬鹿に、嫌な予感がした。
さぁ、と青ざめて馬鹿を止めようとする俺を視線だけで諫めるヘイデル王。都合のいい時だけ身分を利用してきやがって。唇を噛み締める。
「ロバル殿の部下は非常に優秀だと聞いていて、興味をもっていたんだ。――今回の停戦中の間に、わがヘイデル王国でロバル殿の騎士が認められれば、もしかしたら関係が改善して、同盟を結べるようになるのかも」
「え、え、え、」
「そしたら、ロバル殿は英雄だ。もしかしたら――王になれるかも」
流石にそれは看過できない。ほんの少しだけ殺気を含ませながら、言葉を紡ぐ。
「第1王子殿下。他国の王位継承に関して不用意に発言するのはいかがなものかと思われますが」
「おや、失礼。野暮だったかな。――だけど、どうかな?もし両国の関係にいい影響を与えられれば、君は今以上の賛美を与えられるの違いない」
「ほ、ほんと?」
はい!!馬鹿!!!ほんっと馬鹿!!!!
第1王子の甘言に目をキラキラさせているのが背後に立っていてもわかる。思わず天を仰ぎ、虚空を見つめる俺をヘイデル国王が憐れむように見つめている。今の俺はまさに死んだ魔物の目をしているに違いない。
この馬鹿はどこまで王子としての矜持を捨てれば気が済むんだ。低級魔物くらいの脳しかないにしろ、ちょっとくらい「もしかしてこいつ、ボクを騙そうとしている……?」とか考えてくれ。どう考えても策謀しか感じないだろ。寧ろわかりやすく「俺は今からお前を騙そうとしていますよ」って教えてくれてるだろ。
完全勝利の気配を感じ取ったのか、にっこにこの第1王子は、背後に佇んでいた侍従から1枚の紙とペンを取り出すと、塵屑王子の前に差し出す。この王子、わかってやがる。難しい契約書とかを出されたらよくわからないまま読まずにとりあえず署名をしてしまう奴だってわかってやがる。
そして、王子は父親譲りの金色の目をうるうるとあざとく潤ませる。
「確かにフォーサイス殿が一時的にロバル殿の前から離れるのは不安だろう」
「そ、そうですね。これでも一応まだましな方なん、」
「だから、俺が君を護ろう。フォーサイス殿の代わりになれるくらい、貴方のそばに立って護るよ」
まるで一人の男に恋い焦がれた御伽の王子のように、頬を赤らめさせて微笑む姿は非常に美しい。しかし、俺にはそれが死神による死の宣告にしか見えなかった。もはや俺の顔色は青を通り越して白くなっているだろう。契約書を持っていた侍従がぶふっと吹き出している。殺してやろうか誰だお前。
馬鹿はと言えば、首まで真っ赤にしてもはや口から零れ落ちる音が言語を成していない。あれ、空が滲んでる。
そして、奴はペンを握り。
「……なんのつもりかな?フォーサイス殿。これはロバル殿の意思だよ」
殿下の腕をつかみ上げ、契約書を握りつぶした俺を見つめ、第1王子が楽しそうに嗤う。最早多少の敬意すらも必要ない。
「我が殿下が不当な契約を結ばされようとしているのに止めない騎士がいるとでも?」
「不当だって?心外だな」
「ええ、不当です。貴殿の言葉はただの口約束なのに、何故殿下は魔法契約までせねばならないんです。それに、俺はあくまで我が陛下に『ロバル第3王子を守護せよ』としか命じられていませんので、ここにいる第3王子に俺の護衛相手を変更するほどの権力はありません。」
そう。なんで俺が「第3王子が所有する護衛騎士」になっているんだ。どうやら馬鹿王子すらも勘違いしているようなので俺たち近衛騎士はあくまでフィオーレ国王の持ち物で、それが一時的に第3王子に貸し出されているに過ぎない。借り物を貸し出す権利はない。奴隷じゃあるまいし。――今の王族にとっては騎士なんて奴隷同然の価値なのだろうが。
しかし、それがいけなかった。
認めよう。正直舐めていたのだ。この馬鹿王子は、幼いころから一切の教育を拒否してダラダラと毎日を過ごしていたから、勘違いしていた。第1王子に恋い焦がれて、盲目になっているだけだと勘違いしていた。
俺の手を思いっきり振り払い、動揺した俺からくしゃくしゃの契約書を取った彼が、嘲笑しながら止める間もなく契約書に署名したその瞬間、俺は初めて気づいたのだ。
「ば、馬鹿にするんじゃないよ!!!ボクは王族だぞ!いずれは、お、王にだってなってお前ら全員こき使ってやるんだからなぁ!!!」
こいつが、王位継承権を狙っていたんだということに。
第1王子の甘言の、「王になれる」が決め手だったのか―――――
己の身体が魔法契約によって縛られるのを感じ、びくりと震える。身体の中を自分以外の魔力が這いずり回り、掻き回していくような感覚に、思わず膝をつく。殿下も同じような思いをしているのだろう、お茶会で食べたものがすべて外に出てきてしまっている。訓練している俺よりも耐性がない分、苦しいのだろう。
ふらつきながらも馬鹿に近づき、背中を摩ってやる。出せるものは出し切ってしまった方がいいのだと、飲みの席で第2部隊隊長が言ってた。しかし、暫くして落ち着いた塵王子とは反対に、俺を襲う魔力の奔流は酷くなるばかり。どうやら獲物である俺の方が影響が強いらしい。踏んだり蹴ったりじゃねぇか。死ね全員。
酷い眩暈に、地面に蹲る。騎士団に入団した時以来の魔法契約。当時は速攻気絶したのでまだ成長が見られる、なんて関係ないことを考えながら、吐き気と戦う。
「眠れ」
冷涼な声と共に、ふわりと身体を起こされ、目を大きな手でふさがれる。真っ暗な中で、魔力を持って囁かれたその言葉に、今の俺が逆らえるはずもなく。
「捕まえた」
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