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青空の下にて
15.
しおりを挟むこれはいったい、どういうことなのだろうか。
「「レーネ。迎えに来た。戻ろう」」
何故か片方はハルバードの斧刃を背後から俺の首に突きつけ、片方は前から大剣を俺の腹に押し付け。
双子の兄弟、シャルとシャロンは歪に嗤った。
穏やかな昼下がり。
王様の執務室で、宰相のマーヴィン・ロッド殿と王様2人が、文官や侍従が持ってくる仕事を次々に捌いていくのを、俺はいつも通り何をするでもなく棒立ちで眺めていた。はじめの頃は、敵国である俺が執務室で情報を聞いていることに否定的であった(当たり前のことである)彼らも、いつしか慣れてしまったのか、ちらりと俺を一瞥するのみで何も言うことはなくなった。俺としては執務中くらい王様から解放されたかったのでもっと糾弾してほしかったのだが、彼らにも何か思うことがあるらしい。寧ろ、時折意見を求めてくることすらある。
流石に国家機密にあたる情報に関してのものの時は部屋を出されるが、扉の外から動くことは許されないので俺に自由はないも同義。退屈で退屈で仕方がない。
そして、今日も「レーネ、少し出ていろ」と言われ、文官たちの視線を浴びながら無言で外に出た瞬間。
冒頭に戻るわけである。
廊下には、ここに彼らが来るまでに止めようとしたのだろう。騎士数人が倒れている。命はあると信じていたい。信じる心が何より大事だってこの前お茶会で正妃陛下が言ってた。
部屋を出て扉を閉めた瞬間、見知った顔から大剣とハルバードを前後から突き付けられた時の気持ちを答えなさい。片方に至っては、扉と俺の間に気配を完全に消してぬぅっと入って来たのだ。ビビり散らかしたわ。
「…………え、こわ…………」
「「気付いてたでしょ」」
「いや、気付くのと反応できるのとは別の話なんで……」
「「反応できたでしょ」」
「えぇ……ていうか俺なんで脅されてんの……マジ無理……」
無理矢理侵入したのだろう。廊下の遥か遠くから「侵入者」「騎士団長を――」なんて声が聞こえてくるが、当の本人たちはしれっとしたものである。武器を下ろさせ、触れていた首を撫でる俺を真顔で見つめている。
この幼い侵入者――シャルとシャロンは、俺が率いる第3部隊の隊員の一員である。親に捨てられた身分であるためファミリーネームはない。幼いころに『不老』の呪いにかかり、そのせいで肉体の成長が止まってしまったらしい彼らは、両親に売られ奴隷として見世物小屋で見世物にされていた。
縁あって俺が引き取ることになって以来懐いてくれているのだが、少なくともアリアよりも年上であることはわかっている。まぁ、可愛らしい見た目で抱きつかれたりしたら甘やかしてしまうのが人間の性。ちなみに単純な力比べで言えば、第3部隊最強である。
「「レーネ戻ろう」」
双子らしく、息の合った可愛らしい声に頭を抱える。この子たちの脳に「大人の事情」の文字はないのだ。なんでアリアはこの2人を野放しにしているんだ。監督不行き届きで怒るぞ。
2人とて俺を想ってきてくれたのだと喉まで出掛かった溜息をこらえ、かなり不機嫌な彼等の頭を撫で、努めて冷静に話す。
「あのな。俺は第3王子のせいで魔法契約があーだこーだで戻れないの。王様が見逃してくれてるうちに帰りな」
そう。うちの王族共とは違い、きちんと訓練をしてきたらしい王様なら恐らくもうとっくに気付いているはずだ。今の2人は全く気配を消していないのに出てこないし、仕事が終われば出てくるはずの文官たちも全く出てこない。恐らく、待ってくれているのだろう。優しい所もあるじゃないか。契約解除しろ。
その優しさも、それもいつまで続くか分かったものではないのだ。王様の我慢の限界が来たら、敵国の騎士が不法侵入したとして処刑されかねないし、最悪停戦協定に影響が及ぶ。なんにせよ、2人はここにいるべきではない。
久しぶりの可愛い部下を存分に堪能したいのは山々だが、その気持ちをぐっと堪え、背を押す。
…………。
………………ぜんっぜん動かないッッッ!!
全力で背中を押してもびくりともしない2人。強靭な肉体が産んだ奇跡の体幹。とうとう俺がぜぇぜえと息を吐きながらしゃがみこむことになった。同じようにしゃがみ込んだ2人が覗き込んでくる。くそう、可愛い。
くりっくりの真紅の目がじぃっと俺を見つめ、ニタァ……と歪に笑う。これは決して煽っている訳ではなく、彼らの表情筋が発達していないだけであるーーはずだ。
「レーネ、戻ろうよ」
「戻れないの。魔法契約があるの」
「殺せばいいじゃん」
「殺せないの。停戦協定があるの」
「「じゃあ学園はどうするの?」」
…………………………あれ、たしかに。
もうすぐ、具体的にはあと2週間もしないうちに、バカ王子はへいでる王国最大の魔法学園に編入する手筈となっている。停戦協定に則れば、俺は当然第3王子と共に学園に行くことになるはずなのだが、『サイラス・ヘイデルの許可なく彼の傍を長時間離れることを禁ず』と言う魔法契約の項目に違反することになるのだ。
当然個人間の契約より国際協定の方が強制力は強いはずなのに、魔法契約のせいでそれが逆転してしまっているのが現状。
簡単に言うと、
優先順位:停戦協定>魔法契約
契約の強度:魔法契約>停戦協定
ということになっている。つまりあべこべだ。
正直言おう。学園のことなどすっかり忘れていた。というか、第3部隊の皆に会いたいという思いしかなかった。当然俺としてはフィオーレ王国の騎士としての役目を全うするのが義務なので、学園に共に赴きたいが、王様がそれを許すかどうか。
しゃがみ込んだまま無言で熟考する俺を同じようにしゃがみ込んだまま覗き込む双子。それを取り囲むヘイデル騎士団。シュールである。
「……王サマに聞けばいいじゃないの?」
「こんにちはツヴァイ騎士団長」
「えぇこんにちは。これはどういうことかしら」
俺が聞きたい。顔を顰める俺をじぃっと見つめていた双子が武器を持って立ち上がる。それに伴ってツヴァイ騎士団長率いるヘイデル騎士団も警戒したように剣を構えた。
「やめろ。シャル、シャロン。命令だ」
「「……」」
「ツヴァイ騎士団長。此度は我が部隊の隊員が大変な無礼を。申し訳ございません」
「……陛下の執務室にまで侵入されて、申し訳ございませんで済ます訳には行かないのよ。こちらとしてもね」
唇を噛む。それは、その通りだろう。普通ならば即効捉えて拷問のち処刑だ。しかし、双子は反省するどころか殺気を膨らませる始末で収集がつかない。ツヴァイ騎士団長も徐々に瞳孔が開き始めている。
ぐるぐると頭が回る。あぁ、あぁ、どうすれば。
「あ、ちょっと!」
ツヴァイ騎士団長の焦った声が廊下に響き渡る。が、そんなものは無視だ。
――バァァアン!!!
「陛下!第3王子の学園の件で伺いたいんですけどーーあ、違った。部下が来ちゃったんですけど赦してくれませんか!!!!」
「………………扉は静かに開けるように」
混乱を極めた俺は、扉を豪快に開けて、王様に助けを求めることしかできなかった。
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