人違いです。

文字の大きさ
18 / 115
青空の下にて

15.

しおりを挟む


 これはいったい、どういうことなのだろうか。


「「レーネ。迎えに来た。戻ろう」」


 何故か片方はハルバードの斧刃を背後から俺の首に突きつけ、片方は前から大剣を俺の腹に押し付け。

 双子の兄弟、シャルとシャロンは歪に嗤った。








 穏やかな昼下がり。

 王様の執務室で、宰相のマーヴィン・ロッド殿と王様2人が、文官や侍従が持ってくる仕事を次々に捌いていくのを、俺はいつも通り何をするでもなく棒立ちで眺めていた。はじめの頃は、敵国である俺が執務室で情報を聞いていることに否定的であった(当たり前のことである)彼らも、いつしか慣れてしまったのか、ちらりと俺を一瞥するのみで何も言うことはなくなった。俺としては執務中くらい王様から解放されたかったのでもっと糾弾してほしかったのだが、彼らにも何か思うことがあるらしい。寧ろ、時折意見を求めてくることすらある。
 流石に国家機密にあたる情報に関してのものの時は部屋を出されるが、扉の外から動くことは許されないので俺に自由はないも同義。退屈で退屈で仕方がない。

 そして、今日も「レーネ、少し出ていろ」と言われ、文官たちの視線を浴びながら無言で外に出た瞬間。

 冒頭に戻るわけである。


 廊下には、ここに彼らが来るまでに止めようとしたのだろう。騎士数人が倒れている。命はあると信じていたい。信じる心が何より大事だってこの前お茶会で正妃陛下が言ってた。
 部屋を出て扉を閉めた瞬間、見知った顔から大剣とハルバードを前後から突き付けられた時の気持ちを答えなさい。片方に至っては、扉と俺の間に気配を完全に消してぬぅっと入って来たのだ。ビビり散らかしたわ。


「…………え、こわ…………」
「「気付いてたでしょ」」
「いや、気付くのと反応できるのとは別の話なんで……」
「「反応できたでしょ」」
「えぇ……ていうか俺なんで脅されてんの……マジ無理……」


 無理矢理侵入したのだろう。廊下の遥か遠くから「侵入者」「騎士団長を――」なんて声が聞こえてくるが、当の本人たちはしれっとしたものである。武器を下ろさせ、触れていた首を撫でる俺を真顔で見つめている。
 
 この幼い侵入者――シャルとシャロンは、俺が率いる第3部隊の隊員の一員である。親に捨てられた身分であるためファミリーネームはない。幼いころに『不老』の呪いにかかり、そのせいで肉体の成長が止まってしまったらしい彼らは、両親に売られ奴隷として見世物小屋で見世物にされていた。
 縁あって俺が引き取ることになって以来懐いてくれているのだが、少なくともアリアよりも年上であることはわかっている。まぁ、可愛らしい見た目で抱きつかれたりしたら甘やかしてしまうのが人間の性。ちなみに単純な力比べで言えば、第3部隊最強である。
 

「「レーネ戻ろう」」


 双子らしく、息の合った可愛らしい声に頭を抱える。この子たちの脳に「大人の事情」の文字はないのだ。なんでアリアはこの2人を野放しにしているんだ。監督不行き届きで怒るぞ。
 2人とて俺を想ってきてくれたのだと喉まで出掛かった溜息をこらえ、かなり不機嫌な彼等の頭を撫で、努めて冷静に話す。


「あのな。俺は第3王子のせいで魔法契約があーだこーだで戻れないの。王様が見逃してくれてるうちに帰りな」


 そう。うちの王族共とは違い、きちんと訓練をしてきたらしい王様なら恐らくもうとっくに気付いているはずだ。今の2人は全く気配を消していないのに出てこないし、仕事が終われば出てくるはずの文官たちも全く出てこない。恐らく、待ってくれているのだろう。優しい所もあるじゃないか。契約解除しろ。
 その優しさも、それもいつまで続くか分かったものではないのだ。王様の我慢の限界が来たら、敵国の騎士が不法侵入したとして処刑されかねないし、最悪停戦協定に影響が及ぶ。なんにせよ、2人はここにいるべきではない。

 久しぶりの可愛い部下を存分に堪能したいのは山々だが、その気持ちをぐっと堪え、背を押す。

 …………。

 ………………ぜんっぜん動かないッッッ!!


 全力で背中を押してもびくりともしない2人。強靭な肉体が産んだ奇跡の体幹。とうとう俺がぜぇぜえと息を吐きながらしゃがみこむことになった。同じようにしゃがみ込んだ2人が覗き込んでくる。くそう、可愛い。
 くりっくりの真紅の目がじぃっと俺を見つめ、ニタァ……と歪に笑う。これは決して煽っている訳ではなく、彼らの表情筋が発達していないだけであるーーはずだ。


「レーネ、戻ろうよ」
「戻れないの。魔法契約があるの」
「殺せばいいじゃん」
「殺せないの。停戦協定があるの」


「「じゃあはどうするの?」」


 …………………………あれ、たしかに。


 もうすぐ、具体的にはあと2週間もしないうちに、バカ王子はへいでる王国最大の魔法学園に編入する手筈となっている。停戦協定に則れば、俺は当然第3王子と共に学園に行くことになるはずなのだが、『サイラス・ヘイデルの許可なく彼の傍を長時間離れることを禁ず』と言う魔法契約の項目に違反することになるのだ。
 当然個人間の契約より国際協定の方が強制力は強いはずなのに、魔法契約のせいでそれが逆転してしまっているのが現状。

 簡単に言うと、

 優先順位:停戦協定>魔法契約
 契約の強度:魔法契約>停戦協定

 ということになっている。つまりだ。

 正直言おう。学園のことなどすっかり忘れていた。というか、第3部隊の皆に会いたいという思いしかなかった。当然俺としてはフィオーレ王国の騎士としての役目を全うするのが義務なので、学園に共に赴きたいが、王様がそれを許すかどうか。
 しゃがみ込んだまま無言で熟考する俺を同じようにしゃがみ込んだまま覗き込む双子。それを取り囲むヘイデル騎士団。シュールである。


「……王サマに聞けばいいじゃないの?」
「こんにちはツヴァイ騎士団長」
「えぇこんにちは。これはどういうことかしら」


 俺が聞きたい。顔を顰める俺をじぃっと見つめていた双子が武器を持って立ち上がる。それに伴ってツヴァイ騎士団長率いるヘイデル騎士団も警戒したように剣を構えた。


「やめろ。シャル、シャロン。命令だ」
「「……」」
「ツヴァイ騎士団長。此度は我が部隊の隊員が大変な無礼を。申し訳ございません」
「……陛下の執務室にまで侵入されて、申し訳ございませんで済ます訳には行かないのよ。こちらとしてもね」


 唇を噛む。それは、その通りだろう。普通ならば即効捉えて拷問のち処刑だ。しかし、双子は反省するどころか殺気を膨らませる始末で収集がつかない。ツヴァイ騎士団長も徐々に瞳孔が開き始めている。

 ぐるぐると頭が回る。あぁ、あぁ、どうすれば。


「あ、ちょっと!」


 ツヴァイ騎士団長の焦った声が廊下に響き渡る。が、そんなものは無視だ。

 ――バァァアン!!!


「陛下!第3王子の学園の件で伺いたいんですけどーーあ、違った。部下が来ちゃったんですけど赦してくれませんか!!!!」
「………………扉は静かに開けるように」


 混乱を極めた俺は、扉を豪快に開けて、王様に助けを求めることしかできなかった。



 
しおりを挟む
感想 185

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...