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学びの庭にて
24.
しおりを挟む『フォーサイス。お前いつまで傀儡のままでいるつもりかァ?』
俺を無理矢理飲みに連れまわすのが趣味らしい第2部隊隊長が口にした言葉を反芻し、首を傾げる。傀儡も何も、国民は皆王家の傀儡だ。王家の命令なら家族でも笑って殺すのだと騎士団長に教えられた。そう答えると、第2部隊隊長はあからさまに顔を顰め、鼻を鳴らした。
『媚び諂っていれば団長は一生涯いい飯が食える。――あぁ"?不敬だなんだ酒の席でうるせェよ黙ってろ殺すぞォ。お前は馬鹿みてェに団長の言葉鵜呑みにして傷ついて箱庭作って閉じこもって、そんなもんは俺にしてみりゃァクソくらえだ』
『そんな下らねェ矜持なんて捨てて俺に付けば最上級の幸せを与えてやる。お前は有能だからなァ――お前――はァ、ほんと救いようがねェな。団長もお前も』
救いようがないなんて今更だ。だって救われていい人間じゃないんだから。国のために戦って死んで、それで漸く赦されるのだと信じている。
『お前が死んで、第3部隊が死んでそれで終わるだァ?お前の兄貴は?両親は?友人は?お前がお前だけのもんだと思ってンなら酷ェ傲慢だ。お前は――――――――』
「……?」
パチリ、と目を開ける。変な夢を見た気がするが、すっぽりと記憶から抜けてしまったようだ。
柔らかい布団に包まれている感覚に身動ぎをすれば、全身を激痛が駆け抜け思わず呻き声を上げる。痛いのは嫌いなので目だけで周囲を見渡すが、全く見に覚えのない部屋だった。馬鹿王子の部屋より少し広い気がする。
部屋に帰ってきたところまでは覚えているが、そこからの記憶がない。というかお仕置きの途中からひどく曖昧だ。誰かと話したっけ。多分話してない、はず?
身体中を若干締め付けているこの感覚は、包帯だろうか。いつの間にか手当てすら終わらせていたらしい。有能って?知ってる。
ぼんやりと知らない天井を見つめていると、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開いた。気配はしていたが明らかに格下だったので特に警戒もせず受け入れる。
「やっと起きたか」
「あーおはようございます。同室の方です?」
「……あぁ、連絡受けて帰ってきて風呂場から音聞こえると思ったらアンタが中々出てこねぇわ入ってみたら床一面血塗れだわ……」
掠れた喉を咳払いで誤魔化す。
どうやら彼が風呂場で力尽きた俺を手当し、ここまで運んでくれたらしい。有能は俺じゃなかった。にこやかに笑ってお礼をいえば、同室の青年は何故か驚いたように瞬きを繰り返した後、なんとも言い難い(酸っぱい食べ物を丸呑みしたような)顔をした。
「アンタの王子にされたんだってな。王子の同室者から連絡来た」
「なるほど、監視役ですか」
「……。俺も王子の同室も風紀委員会だ」
つまり、俺が馬鹿みたいに寝こけてる間にもう理事長に話が言っていると考えたほうがいい訳だ。学園内では俺の方が立場が上ということは、何らかの沙汰が馬鹿王子にいく可能性もある。
何とか俺と馬鹿王子の身分差くらい考慮してくれないものかとも思うが、ヘイデル王国の王子であるルキナ殿下でも学園の規則に従っているのだから恐らく無理だ。
……卒業するまでに死ぬ気がする。物理的な意味で。
同室者が「包帯を変える」と呟き、俺の体をゆっくりと起こし、体勢が苦しくないように甲斐甲斐しく腰にふわふわの枕を挟んでくれる。そして、顔以外のほぼ全身を覆う包帯を俺の身体を気遣いながら外した彼は、ぐしゃりと顔を顰めた。
上半身はあちこちがが痣や内出血、蚯蚓脹れで覆われており、最早肌色を探す方が難しい。……下半身も似たようなものだが。首から上だけが無傷な当たり小賢しい。化膿こそしていないのは、この男が適切に手当てをしてくれたからだろう。
数秒間固まっていた同室者は、目を閉じて小さく息を吐くと、消毒薬らしきものを塗って暖かいタオルで身体を拭いてくれーー
「いだだだだだだだだだた痛い痛い痛い無理無理無理無理!!!!!」
「いや……この怪我よりマシだろ」
「いやいやいやいやいや違うじゃんあれは正当な痛みだけどこれは違うじゃん必要ない痛みじゃん」
「全部必要ない痛みだろ」
胡乱げに暴れる俺を見つめていた青年の空気が変わる。何処か張り詰めたようなそれに、俺は思わず首を傾げた。
「必要ありますよ。殿下が必要とするなら必要なことなんです」
「は……?なんだそれ、ただの盲信じゃねぇか」
は?盲信?違うよ。これは忠誠だ。
そう呟けば、彼は苦虫を噛み潰したような顔で「そうかよ」とだけ吐き捨て、黙々と新しい包帯を巻き直し始めた。
別に俺から会話を続ける必要も無い為、大人しく彼の手当をぼんやりと見つめる。ぶっきらぼうな口調や、ツリ目がちで冷たい印象を与える強面からは想像もつかないほど丁寧な手付きに少し擽ったいような気分になる。
アリアも、俺がお仕置きを受けた後はこうやって何時も治療してくれるのだ。彼の手付きは彼女とよく似ていた。
「終わったぞ。卵粥ならあるが食べるか」
「お腹すきました。有難くいただきます」
「傷口から熱が出てるから無理するな。持ってくる」
立ち上がろうとすれば、彼は仏頂面で優しいことを言って出ていってしまう。そして、1分もしないうちにほかほかと湯気が出ている鍋を抱えて戻ってきた。部屋の中にふわりと卵粥の出汁の香りが漂う。昼に携帯食を食べたっきりだった腹がきゅる、と音を立て、思わず赤面する。
しかし、彼は笑うでもなく「食べれるならよかった」と呟き、また寝具の隣の椅子に腰掛けた。
「熱いから気を付けろ」
そう言いながら小皿によそって手渡してくれた卵粥を受け取り、恐る恐る口に入れる。流石に毒などは入っていないと思うが。ーーあ、美味しい。
ふわりと出汁の風味が口の中に広がる。しかし決して濃すぎる訳ではなく、卵の味と絶妙にバランスを保っていて食べやすい。粥自体もドロドロになりすぎず硬すぎず、力の入らない身体でもちゃんと実感を持って食べられる程よい塩梅で炊かれていた。
一口食べて目を見開き、そこからはもう一瞬だ。パクパクと食べては水を渡され、飲んでいる間におかわりをよそってくれてまた食べる。
「めひゃくしゃおいひいれふ」
「作りがいのある食べっぷりだよ」
頬杖をついて此方を呆れたような、でも安心したような目で見つめる青年。初対面とは思えない程穏やかな目に、何故か俺は恥ずかしくなって、目の前の粥を食べることに集中するのだった。
「ご馳走様でした」
「まさか全部食うとは……流石と言うべきか」
「怪我には耐性があるので!」
空っぽの鍋を抱えてそう言う青年にドヤ顔で返すとまた微妙な顔をされてしまった。そして彼はぐしゃぐしゃと優しく俺の頭を撫で、鍋を机に置く。
青年が立ち上がって窓帷を開くと、眩しい朝日が部屋に差し込んでくる。思わず目を細めるが、何度か瞬きをする内に次第に目が慣れた。ーーそうか、もう朝か。
ぽかぽかと暖かい光が俺の身体を癒してくれるような気がして、少し気分が上がった。
「アンタの欠席は担任に伝えてある。俺も今日は部屋にいるからなんかあったら言ってくれ」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。本当にこの程度の怪我、慣れてるんで。えー、…………あれ、貴方誰ですか?」
そういえば、名前を聞きそびれていた。彼自身、自己紹介をしていない事に今気付いたらしく、気まずげにがりがりと後頭部を掻いている。そして、少しばかり照れくさそうに俺を見つめた。
「これから2年、アンタの同室者兼護衛を務める、ノア・シトリン。階級は翡翠。学級はアンタと同じく高等部2学年2組。歳も同じだから敬語はいらない」
ーーはぁ"?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ノア・シトリン(17)
フォスフォフィライト王立魔法学園高等部2学年2組。風紀委員会所属。翡翠階級。この度レーネの学園内での護衛に任命された同室者。ガタイがよく強面で低い声の為よく初対面で怖がられるが、渾名は「お母さん」「ガチ恋製造機」。世話焼きで男前で思慮深い彼は学園内でも人気が高い。風呂場で血塗れのレーネを見て卒倒しかけた。特技は料理。
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