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王宮の夜会・破

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 間もなく国王と王妃が入場する。

「急げ!」

 結界修復の指示を出す、団長のライルが檄を飛ばす。
 結界は綻びが生じたら、一旦解除して、再度張り直さなければならない。
 駆けつけたフィーザも、魔力を送る。

 結果、あっという間に張り直しが終わった。

「さすが氷イタチがいると違うな」
「ヘンな呼び名、増やさないで下さい」

 会場にミーヤを残したままのフィーザは、気が気ではない。

「しかし、ウチの連中の張った結界が綻びるとは」
「何か、強力な魔物でも来ているのか……いや、見張っている騎士団から、そんな報告はないな」

 魔導士たちの会話を聞いたライルとフィーザは、互いに顔を見合わせる。

「内部から……」
「出席者の中か、あるいは、他国の間諜が紛れ込んでいるかだ」

「俺は会場に戻ります」
「気をつけろ。陛下には進言しておく」

 小走りに会場に戻ろうとするフィーザに、ライルは言う。

「おい、氷イタチ。いざとなったら、眼鏡外せ」

 了解の代わりにフィーザは、氷粒を一つ、団長に飛ばした。


 そして、何事もなかったかの様に、国王と王妃が入場した。

 その後、壇上の両陛下に高位貴族から挨拶をしていく。
 王妃の姿を見たミーヤは、どこか懐かしさを感じていた。

 公爵家の後に、フィーザは並ぶ。

「え、フィーザ様って、確か……」
「ああ、ゴメン。パドロスは母方の姓なんだ。戸籍はアケボス家に入っている」

 アケボス家と言えば、代々魔術省の大臣を輩出している名門侯爵家だ。
 現アケボス侯爵は、嘗て「水流の貴公子」と謳われていた。
 なるほど、水系の魔力が強い家系なのか。

 本来の家名を敢えて名乗らないと言うことは、それ相応の理由があるのだろう。
 家族のことでは、頭の痛いことを多々体験しているミーヤだからこそ、「理由」をフィーザに訊くことはない。

 フィーザは国王の前でも緊張感を見せることなく、臣下の礼を執る。

「息災で何よりだ。フィーザ・アケ、じゃなかったフィーザ・パドロスよ。先日も火を吹く魔獣を討伐したそうだな。流石、『氷結のイモリ』だ」

「イモリが凍ったら死んじゃいますよ、陛下」

「なんだっけ、そうそう、イタチか」
「それも違います」

 国王とフィーザのやり取りに、思わず吹き出しそうになったミーヤは俯いた。

「陛下。お若い方を揶揄うのは、その辺にしましょう。ねえ、フィーザ卿。お隣の愛らしい女性を、紹介して下さるかしら?」

 ミーヤは顔を上げ、王妃を仰ぎ見た。
 耳元のイヤリングがキラリと光る。

「こちらはゴーシェ伯爵家の……」
「ミーヤちゃん! ミーヤちゃんよね」

 王妃の反応に、フィーザもミーヤも驚く。

「わたくしは、ミーヤちゃん、いえ、ミーヤ嬢の母上で、当時はソーニャ嬢とお呼びしていたけれど、彼女とは、学園時代同期だったの」

 ほら、と言って、王妃は耳元のおくれ毛を上げる。
 そこには、ミーヤが付けているイヤリングと色違いのものが、キラリ輝いていた。

「これはわたくしの成婚のお祝いで、ソーニャから頂いたの。『王妃になるのだから、あなたは絶対ダイアモンドを付けてね。私は同じデザインの、ブラックダイアを付けるから』って」


 ああ、そうか。
 王妃様と母は……。
 お友だち、だったんだ。


 だから、懐かしい感じがしたんだ。

 瞳が潤んだミーヤを見て、フィーザは慈しむように、彼女の手を握る。

「実はわたしは、ミーヤ嬢と、こ、婚や……く」

 フィーザが顔を赤くしながら王妃に何かを言おうとした時だった。

 会場後方から、叫び声が上がった。


 その少し前。

「まったく、高位の方々は、陛下との挨拶が長いのよ!」

 会場の後方で、レイラとロアナはガバガバ酒を呑んでいる。
 ロアナはチラチラ、扉を見る。

 婚約者であるブルーノが、まだ来ないのだ。

「今日は遅れそうだから、ゴーシェ伯爵たちと先に行って」

 ロアナはブルーノから、そう言われていた。

 ゴーシェ伯もまた、遅れると言っていた。
 馬に乗り、何処かへ出かけて帰ってきた後、具合でも悪いのか、彼は部屋から出て来ない。
 今夜はいくらなんでも、王宮へ来るだろうが……。

 レイラがグラスを置いて、首を掻き始めた。

「どうしたの? お母様」
「ちょっと痒くて」

 レイラの首は真っ赤になっている。

「毛皮で、かぶれたのかしら」

 レイラが懇意にしている毛皮店は、隣国あたりから安く仕入れているらしく、他の店よりも三割程安価である。

『そんなに痒いのなら、痒みを止めてあげよう』
「え?」

 レイラの耳に、何かの声が通り過ぎた。

 瞬間。

 レイラの首筋に、激痛が走った。
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