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魂の事情
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小屋に着いたマキシウスとソファイアは、簡単な食事を済ませた。
ソファイアはドレスと化粧の乱れを直す。
鮮やかなソファイアの紅の唇に、マキシウスはドキリとする。
山猿子猿だったのに……。
一人前の女の顔をしている……。
「マキ兄さんも、お化粧する?」
瞳の輝きはいつもの子猿だ。
「するわけないだろ」
彼の照れ隠しの言葉に、ソファイアはヘラっと笑う。
「化粧ってね、女の盾だよ」
「何それ」
「禍事から、守ってくれるの」
「へえ、あ、でも俺化粧はいらん」
ソファイアは胸元から小瓶を取り出す。
「じゃあ、これだけ」
小瓶の蓋を開け、ソファイアはマキシウスの耳の後ろと手首に、それぞれ一滴ずつ瓶の中身を付ける。
ふわりと懐かしい香りがする。
甘すぎない、爽やかな香りだ。
「ビャクダンっていう木から取ったお香だよ。どう?」
「うん……嫌いじゃない」
「これも、魔除け。ていうか、鎮魂か」
鎮魂……。
魂を鎮める?
「殿下、そろそろ宜しいでしょうか」
身支度を整えたソファイアに、ゲストハウスに控えていた一人の男が声をかける。
「うん、大丈夫!」
僧服を着た男は、地図を広げる。
フォレスター国王宮の内部の様子であると、マキシウスには分かる。
同時に、リスタリオの間諜は王宮内まで入り込んでいるのかと、マキシウスは妙に感心した。
王太子時代には、想像すらしなかった。
「王宮の大広間、ここで儀式が行われ、数刻後に夜会となります」
いちいち地図など見なくても、王宮内なら知っている。
追放された自分が現れたら、国王や王妃はどう思うのか。
そして、第二王子は……。
「って兄さん、聞いてる?」
「あ、悪い。ちょっと考え事してた」
「ふっ。どうせマキ兄さんのことだから、『俺を見たら王や王妃はどう思うだろう』なんて考えていたんでしょ」
「ち、違うから」
「あのね、これから行く王宮は、兄さんが知っている場所と、多分違うよ」
「そうか?」
地図を見る限り、新たな建造物などはないと思うのだが。
「マキ兄さん、王妃の部屋とか、入ったことないでしょ?」
「……ああ」
それはその通りだ。
あの王妃とは最大限の距離を置いていたのだ。
王妃と目が合うと、頭に金属音が響き、妙に眠くなる。
声を聞くと霞に包まれたように、思考力が奪われる。
「王妃は、人間であって人とは言えないような者。このフォレスター国に呪いをかけているからね」
ざわりと、マキシウスのうなじが逆立つ。
やはりと思う気持ちが走る。
「そこから先はわたしが話しましょう」
僧服の男が頭を下げる。
「王妃マルティアの生家は、フォレスター国の暗部を司っていることはご存知かと」
「ああ」
王太子教育の一環で、各高位貴族の役割は学んだ。
「人知れず、敵を滅ぼす役割ですが、その方法は呪殺」
「!」
そこまでは、マキシウスも教わっていない。
おそらくは、王位継承した者にしか、伝えられていない事実。
「特に現王妃は、遠い異国の地から術者を何人も呼び寄せ、その呪法を習得されました」
異国の、呪法?
マキシウスの喉が渇く。
「その方法は、人間の魂を引きずり出すのです。肉体から」
マキシウスは総毛立つ。
「東の大国の話だと、人間は陽の気を持つ『魂』と、陰の気を持つ『魄』があるんだって。どちらか一方でも欠けると、その人の肉体は滅んでしまうって聞いたよ」
ソファイアは自分にも、小瓶の香りを軽くつける。
「この香りは、魂魄のどちらも、身の内に収めておくもの。だから、マキ兄さんにもつけておいた」
「必要なのか?」
ソファイアは一瞬、ためらいを見せた。
「魂を引きずり出すその方法、別名は『聖女殺し』と言うの」
聖女を、殺す?
確か毒や病気では、聖女は死なないと言った。
聖女が亡くなるとしたら、それは呪いだとも。
では……。
マキシウスの母ヴィエーネの死は……。
その魂は今……。
「だから、あたしが来た。ヴィエーネ様の魂を、解放するために。これ以上外道の被害を、出さなくて済むように」
マキシウスは、腰に差した剣の柄を握りしめた。
ソファイアはドレスと化粧の乱れを直す。
鮮やかなソファイアの紅の唇に、マキシウスはドキリとする。
山猿子猿だったのに……。
一人前の女の顔をしている……。
「マキ兄さんも、お化粧する?」
瞳の輝きはいつもの子猿だ。
「するわけないだろ」
彼の照れ隠しの言葉に、ソファイアはヘラっと笑う。
「化粧ってね、女の盾だよ」
「何それ」
「禍事から、守ってくれるの」
「へえ、あ、でも俺化粧はいらん」
ソファイアは胸元から小瓶を取り出す。
「じゃあ、これだけ」
小瓶の蓋を開け、ソファイアはマキシウスの耳の後ろと手首に、それぞれ一滴ずつ瓶の中身を付ける。
ふわりと懐かしい香りがする。
甘すぎない、爽やかな香りだ。
「ビャクダンっていう木から取ったお香だよ。どう?」
「うん……嫌いじゃない」
「これも、魔除け。ていうか、鎮魂か」
鎮魂……。
魂を鎮める?
「殿下、そろそろ宜しいでしょうか」
身支度を整えたソファイアに、ゲストハウスに控えていた一人の男が声をかける。
「うん、大丈夫!」
僧服を着た男は、地図を広げる。
フォレスター国王宮の内部の様子であると、マキシウスには分かる。
同時に、リスタリオの間諜は王宮内まで入り込んでいるのかと、マキシウスは妙に感心した。
王太子時代には、想像すらしなかった。
「王宮の大広間、ここで儀式が行われ、数刻後に夜会となります」
いちいち地図など見なくても、王宮内なら知っている。
追放された自分が現れたら、国王や王妃はどう思うのか。
そして、第二王子は……。
「って兄さん、聞いてる?」
「あ、悪い。ちょっと考え事してた」
「ふっ。どうせマキ兄さんのことだから、『俺を見たら王や王妃はどう思うだろう』なんて考えていたんでしょ」
「ち、違うから」
「あのね、これから行く王宮は、兄さんが知っている場所と、多分違うよ」
「そうか?」
地図を見る限り、新たな建造物などはないと思うのだが。
「マキ兄さん、王妃の部屋とか、入ったことないでしょ?」
「……ああ」
それはその通りだ。
あの王妃とは最大限の距離を置いていたのだ。
王妃と目が合うと、頭に金属音が響き、妙に眠くなる。
声を聞くと霞に包まれたように、思考力が奪われる。
「王妃は、人間であって人とは言えないような者。このフォレスター国に呪いをかけているからね」
ざわりと、マキシウスのうなじが逆立つ。
やはりと思う気持ちが走る。
「そこから先はわたしが話しましょう」
僧服の男が頭を下げる。
「王妃マルティアの生家は、フォレスター国の暗部を司っていることはご存知かと」
「ああ」
王太子教育の一環で、各高位貴族の役割は学んだ。
「人知れず、敵を滅ぼす役割ですが、その方法は呪殺」
「!」
そこまでは、マキシウスも教わっていない。
おそらくは、王位継承した者にしか、伝えられていない事実。
「特に現王妃は、遠い異国の地から術者を何人も呼び寄せ、その呪法を習得されました」
異国の、呪法?
マキシウスの喉が渇く。
「その方法は、人間の魂を引きずり出すのです。肉体から」
マキシウスは総毛立つ。
「東の大国の話だと、人間は陽の気を持つ『魂』と、陰の気を持つ『魄』があるんだって。どちらか一方でも欠けると、その人の肉体は滅んでしまうって聞いたよ」
ソファイアは自分にも、小瓶の香りを軽くつける。
「この香りは、魂魄のどちらも、身の内に収めておくもの。だから、マキ兄さんにもつけておいた」
「必要なのか?」
ソファイアは一瞬、ためらいを見せた。
「魂を引きずり出すその方法、別名は『聖女殺し』と言うの」
聖女を、殺す?
確か毒や病気では、聖女は死なないと言った。
聖女が亡くなるとしたら、それは呪いだとも。
では……。
マキシウスの母ヴィエーネの死は……。
その魂は今……。
「だから、あたしが来た。ヴィエーネ様の魂を、解放するために。これ以上外道の被害を、出さなくて済むように」
マキシウスは、腰に差した剣の柄を握りしめた。
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