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装備品の事情

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 がらんとした会場で、トールオはソファイアに跪く。

「お会いしたかったですよ、聖女様。もう一度、ご挨拶を」

 ソファイアの手甲に、軽く唇をつけようとしたトールオはビクリと顔を上げ、後ろに下がる。

「丁寧なご挨拶、痛み入るぞ王太子殿下。されど……」

 ソファイアは恐れも憂いもなく、トールオに言う。
 いつもの子猿とは違う、神々しいセリフだ。

「我が心も体も、女神の加護がある。よって、よこしまなる者は、近付くこと能わず」

 立ち上がったトールオは、何故か嬉しそうだ。

「あははは! バレてましたか。確かに王妃からは、聖女の体に印を刻めと言われてました」

「印か。呪いの刻印だな」

 手甲をささっと祓うソファイアを庇うように、一歩前に出たマキシウスは、王弟ネロスから託された、仕込み杖を構える。

「その王妃は今、何処にいる」

「怖い怖い。兄さん、目が怒ってるよ」

 両手を肩まで上げて、トールオは首を振る。

「俺は、国王を継ぐことなどに興味はない。お前がやれば良い。だが……」

 カチリと、マキシウスは鯉口を切る。

「借りは返す主義だ」

「それは、僕も同じだよ、兄さん」

 マキシウスが持つ杖の先端が光る。
 三角錐の水晶が強い光を放った。

 同時に。

 トールオの左胸が、同じ様に光る。

「ぐはっ!」

 トールオは胸を押さえる。口元には一筋、血が流れている。

「王太子! 貴殿の胸で光る物は何だ! まさか……」

「ぐっ……父上から、いただいた、ラペルピン……」

 トールオの胸元には確かに小さな宝飾が、眩しい光を振りまいている。

「それは、ヴィエーネ様。ヴィエーネ様の輝水晶だ!」

 ソファイアが呟いた瞬間、双方の光は合体し、たくさんの六角形の光の結晶を、部屋中に降らす。

 光の饗宴の最中にいる三人の目には、揺れるように現れる人影が映る。

「母さん!」

 人影は朧気に、ヴィエーネの姿を成す。

『わたくしは、魂を抜かれました。魂無き肉体は、あと七日後には滅びます』

 ヴィエーネは、哀しそうな声で告げる。

『人の命は儚いもの。滅び行くのもまた自然の摂理。
ただ、心残りは、魂の片方が、封じ込められてしまったこと』

「魂を、抜かれた……」

 マキシウスは愕然とする。
 母の死は、病死などではないと、ソファイアから聞いていた。
 聖女は病気や毒では死なないと。

 死ぬとしたら、呪いであるとも。
 呪いはヴィエーネの魂を肉体から抜き出し、その一つを何かに封じたというのか!

『今、これを見ている方は、二つの水晶を手に入れたはずです。
この水晶は呪法をかけた相手に、それと分からぬように用意した物。
お願いがあります。
わたくしの魂の片割を、解放して下さい……さすれば……この国……』

 光は消えた。
 ヴィエーネの言葉は最後は聞こえなくなったが、封じられた魂を解き放つことが急務であることは分かった。

 しかし、なぜトールオが、ヴィエーネの遺言を秘めた石を、持っているのだろう。
 マキシウスの疑問に、トールオが答える。

「父上が……陛下がずっと手放さなかった宝飾だ。きっと、ヴィエーネ様からの贈り物だったのだろう」

 マキシウスの頭に、金属音が響く。

「ちょっと待て。国王陛下がそれをお前に託したということは、陛下もこの事を知っているのか?」

「分からない……。でも王妃が呪法を使えることは、父上が一番分かっているはずだ」

「王太子よ。なぜ、そなたは我々二人をここに呼んだ? フォレスターが呪術を使うことを、我がリスタリオは忌避している。それは貴殿も既知であろうに」

 ソファイアの詰問に、トールオは口元を緩める。

「だから、呼んだのです、聖女様。あなたと兄さんなら、アレを断ち切れる。自分には、出来ないのだから」

 トールオはマキシウスを見つめた。
 昔の、出会った頃のトールオの眼差しに似ていると、マキシウスは思う。

――兄さん、こっちだ!

「まあ、自分の力を、周囲に見せつけたいというのが、一番だったけどね」

 トールオは、ハンカチを出し、軽く口元を拭く。
 そのハンカチには、丁寧な刺繍が施されていた。

 マキシウスがトールオの手元を見た、その時である。

 王宮全体が、ぐらりと揺れた。
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