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豊穣祭

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 豊穣祭の日。

 午後から私はヨナと一緒に、神殿へ向かった。
 姉と妹はそれぞれの婚約者らが迎えに来て、一足先に出かけている。

「お嬢様。念のためお聞きしますが、ハーランドのご子息様とのお約束は?」

 ヨナに訊かれて私は首を振る。
 昨日の帰りの馬車の中で、豊穣祭の話は出なかった。

「ですよねぇ。では、ゆっくりとお参りしましょう」

 今日は馬車から降りて少し参道を歩くので、足さばきしやすいワンピースを選んだ。
 髪は後ろで編みこんで、黄色の花を挿してもらった。
 
「よくお似合いですよ」

 そんなことを言ってくれるのは、ヨナだけだ。
 ヨナも私と似たタイプの服で、赤い髪は一つに縛っている。
 ヨナは東の国の出身だ。
 その国では、季節の変わり目や祭事の時に、神の元へしばしばお参りするという。

「神殿にお参りするなら、綺麗目な服装が良いのですよ」


 馬車に揺られ半刻ほどで神殿に着いた。
 お天気に恵まれた日だからか、たくさんの人たちが神殿に集っている。

 神殿に向かう途中で、参拝帰りらしいマークスのお母様と出会った。

「ごきげんよう」

 いつものように丁寧に挨拶すると、マークスのお母様は微笑みながら私に言った。

 
「あら、マークスと一緒ではないのね」
「え、ええ」
「そう……。朝早く出かけたのだけど」

 チクリと胸が痛む。
 本当だったら、一緒に神殿に来るべきなんだろう。

「お嬢様」

 ヨナがそっと袖を引く。
 私は頭を下げて女神像を目指した。

 女神像の前には、何種類もの野菜や果物、穀物の種や生花、お酒の瓶まで供えられている。
 豊穣祭は一年の農産物の実りに感謝する御祭りだ。

 女神に感謝する人たちは、カップルも多い。

 何組みもの男女が、互いに指を絡ませて、女神様に頭を下げている。
 女神像の前で、ふっくらとしたお腹を擦る女性の笑顔が見える。
 若いお父さんとお母さんが一緒に赤ちゃんを抱いて、参道を歩いている。

 いつか……。

 いつかきっと、そんな未来が来ると……。
 疑いもなく私も思い描いていた。
 だから、端正なマークスと婚約が決まった時は嬉しかった。

 でも思い返せばマークスは、あまり嬉しそうではなかったな。

 ――女神様。
 ちょっとだけお願いがあります。
 女神様は、絶対女性の味方、ですよね。

 マークスとこのまま、結婚に向かって良いのでしょうか。
 会うたびに私を貶す彼といると、私は心にささくれが増えます。
 どんどん自信がなくなるのです。

 いつも誉めて欲しい、なんて思わない。
 溺愛とか望んでいない。
 ただただ、普通の会話がしたい。

 『綺麗なお花』って私が言ったら『本当だ、綺麗だね』っていう、そんな会話がしたいのです。
 ささやかなお願いです。
 
 もしも、マークスとそれが叶わないのなら……。


 お祈り(というか愚痴)が終わって女神像を見上げたら、気のせいだろうけど女神様の目が柔らかく光ったように感じた。

「十分お祈りできましたか?」
「ええ」

 私の目を見つめたヨナは、深く頷いた。


 帰り道。
 参道の両側に並ぶ露天商を見ながら歩く。 
 食べ物や小物だけではなく、小動物を売っている店もある。

「うわあ、賑やかね」
「何か、お土産買いますか?」
 
 ヨナが小銭を何枚か私に渡す。
 
「あ、生き物はダメですよ」
「はあい」

 色鮮やかな組み紐が、何本も下がっている店を覗く。
 複雑な模様を描く紐に思わず見とれていると、ポンと肩を叩かれた。

「君も参拝帰り? シュリー嬢」

 ダニエルが酒瓶を抱いて立っていた。

「ええ。ちょっとお土産を買おうかと」

 いきなり肩を叩かれて、私はドキっとしていた。

「お嬢さん、目の付け所が違うねえ」

 組み紐の隙間から、フードを被った年配の女性が現れた。

「この紐はただの紐じゃないよ」

「へえ……」

「組んだ形に魔力が宿るんだ。例えば恋の願いが叶う紐はコレ」

 薄紅色と淡い紫色が組み合わさった紐を、その女性が取り出す。
 
「わあ。綺麗」

 紐が恋を叶える魔力を持つなんて、信じるわけではなかったが、色の鮮やかさに心惹かれた。

「じゃあ、それ二本下さい」

 いきなりダニエルが女性に言う。
 お店の女性はニカッと笑い、ダニエルから代金を受け取った。

「はい、シュリー嬢」

 ダニエルは買った紐の一本を私に差し出した。

「え、ええ?」
「綺麗だよね。恋の御守りになるんでしょ。あげるよ」
「悪いわ。お代いくら?」

 ダニエルはちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。

「そんな高いものじゃないし、豊穣祭の女神からのプレゼントだと思ってくれ」

「あ、ありがとう」

 ダニエルも誰か好きな人がいるのだろうか。
 せっかく貰った紐だから、大切にしよう。

 ダニエルに挨拶して参道に戻ると、何かのお菓子を買ったらしいヨナが待っていた。
 
「良いお土産、買えたようですね、お嬢様」
「ええ。素敵な豊穣祭だったわ」

 馬車乗り場まで歩く道すがら、男同士が大声で話していた。

「だからさあ、女なんてのは付け上がらせるとダメなんだよ。きつく厳しく言い聞かせなきゃ」
「いや、でもウチのヤツなんて、俺の話なんて聞かないぜ」

「そんな時は、コレだよ」

 大声で話している一人の男が、拳で殴る真似をする。

「少々痛い目みせてさ、躾だよシツケ!」

 私は背中がゾクリとした。
 拳を握っている男性に見覚えがあったのだ。

 あれは確か、マークスの叔父さんだ。 
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