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しおりを挟む足元から這い上がってくるようなこの感情は。頭に黒い靄がかかったようなこの感情は。胸が締め付けられるようなこの痛みは。恋の自覚と共に襲ってきたそれは、、、それは確かに痛く、苦しく、暗いものだったけど、私にはどこか救いのようにも感じました。
小学校の頃、私は一つの小説を読んだ。それは余命宣告を受けた少女の恋の物語だった。努力をして、自分を可愛くして、恋を成就させた少女は死の間際までこの世を謳歌し、存分に楽しんだ。少女はパートナーよりも早く旅に出てしまったけれど、悔いを残さず、最後まで力強く命の炎をもやすその姿を、私は何よりも美しいものに感じた。私は憧れたんだ。あの少女の生き様に。
私が恋した幼馴染とは幼稚園からずっと一緒だった。私の恋もその年月と共に花を咲かせていった。成長するにつれ幼馴染はかっこよくなった。元々運動神経もよく勉強もできる彼は、おませな小学生女子の恋バナの中でもたびたび登場していたのを覚えている。話の中で彼の名前があがったとき、私はどこか気まずさを感じていたんだ。思えばその時からもう私は彼のことが好きだったのかもしれない。それも今ではもうどうでもいいことだが。
私が恋を自覚したのは中学生の頃。ねぇ、と同級生から話しかけられたことが始まりだった。初めはたわいのない日常話から。しかし、そのうち話題は恋バナへと変わっていった。
「逢永くんとは付き合ってるの?」
そう無遠慮に切り込んで来た同級生を私はただ見返すことしかできなかった。
逢永は私の幼馴染だ。牽制の意味も込められていたのだろうその言葉に、私は反応することができなかった。
華の中学生。みんな恋に一生懸命な時期だろう。この同級生も例に漏れず恋をしていた。よく友人から鈍いと言われる私でも流石に気がつく。というか、そのためにわざわざ名前まで出してきたのだろう。彼女が恋したのは私の幼馴染だった。
頭が真っ白になった。だって今まで、14年間で一度も、聞かれたことがないことだったから。でもそこでやっと自覚したんだ。私は逢永に恋をしているんだって。何を言えばいいのか分からなかった。焦って何か答えないとと口からとびだした言葉は、自分の首を絞めることになると分かっていながらも、止まらずにどんどん滑り落ちていった。
「やだなぁ。そんなわけないよ。私と逢永はただの幼馴染。付き合ってないよ。そもそも私彼氏できたことないし」
私が彼との交際を否定する言葉を吐くと、彼女はあからさまに安堵した笑みを浮かべた。それから彼女は私に、彼のどこが好きなのか教えてくれた。彼のどこがかっこいいのかや、彼のバレーの試合を見にいった話とかを恥ずかしそうに、嬉しそうに話す彼女は確かに可愛くて、あまりにも逢永とお似合いだった。仕草も表情も私なんかより全然綺麗で可愛くて。指先から髪先まできちんと手入れされていて。
だけどその時はなんだか諦めたくなくて、逢永がかっこいいのなんて14年間見てきた私が1番知ってるよ、この前の試合だって私も見にいってたんだよ、そんな言葉言う資格なんてないのに、押し留めるのに必死だった。
彼女が逢永と付き合ったのかは知らないけれど、その日私は自覚した恋に蓋をしたんだ。誰にも気づかれないように何重にも。憧れた、あの小説の少女のようになることはできないと諦めて。
いつも通りの目覚ましの音に、多少苛立ちながら起きたその日。私は調子が悪かった。と言っても朝は微熱があったくらいだった。このくらいなら学校に行けると思い登校した。その選択はすぐに後悔することになったけれど。
2限目が終わる頃、熱が上がり、少し眩暈もしてきたから先生に保健室に行くことを告げた。
保健室の先生に朝から熱があったことを伝えると無理はしないの、と少し怒られはしたもののすぐに早退の準備をしてくれ、お母さんまで呼んでくれた。お母さんはすぐに来てくれた。その頃には熱に加え少しの息苦しさも感じていたため、保健室の先生にお礼を伝えすぐに駐車場に向かう。ふらふらしながらもなんとか車までたどり着いた。椅子に座り一息つくと安心したのかすぐに意識を手放してしまった。
目が覚めたら知らない天井だった。白い清潔なベッドに消毒の匂い。ここが病院だと気づくのに時間はかからなかった。とりあえず近くにあったナースコールを押す。看護師さんはすぐに来てくれ、慣れた手つきでいろいろ確認したあと、お医者さんを呼んでくれた。両親も院内に居たみたいですぐに駆けつけてくれた。私と親の3人が揃ったところで、お医者さんは、お話ししたいことがありますと別室に私たちを案内した。
全員が座ったところで医者は話し始める
「まず紬生さんは肺がんを患っていることを先にお伝えいたします」
その一言が私たち家族にとってどれだけ衝撃的だったか。両親は両手を握りしめ精一杯泣くのを我慢していた。今まで健康だと思っていた娘が癌を患っていたんだからその反応は当たり前だと思う。私は実感がなくてどこか人ごとに考えてしまう。
それぞれの反応を医者は見ながらも、これをと言って1枚の写真を取り出しながら淡々と話を続けた。私たち家族の衝撃なんてまるで分かっていないように。
「これは紬生さんの肺のレントゲン写真です。ここに影が写っているのが分かると思います。紬生さんの場合、幸いなことに腫瘍が他の場所に転移はしていませんでした。ですが腫瘍自体が非常に大きい。手術では肺をまるごと取り替えるしか方法はありません。放射線治療もこの大きさではほとんど効果はないでしょう。我々は現在、肺を提供してくれるドナーを今探している最中です。辛いことを言いますが、、、ドナーが見つからなかった場合、紬生さんの余命は」
――半年です
医者の言葉を聞いた瞬間、私の頭に浮かんだのは逢永の顔だった。あの恋は中学生のあの日、蓋をしたはずだったのに。でも、今思い返せば吹奏楽部に入ったのだって、委員会に入ったのだって、あの日以来彼から離れていったつもりだったけれど、今までしてきた行動は、全部全部少しでも逢永との関わりが欲しかったからで。恋心には蓋をしたと思っていたけど全然できてなんていなくて。自分は存外諦めが悪いのだと思い知る。今更気づいたところでもう遅いのだけど。
余命宣告をされてすぐ、足元から這い上がってきたこの黒い感情は。胸が搾り取られるようなあの痛みは。頭に黒い靄がかかったようなあの感情は。それは、たしかに失ったと思っていた恋で、恋に気づいては蓋をした私は。まだ恋をしていたのだと、まだあなたのことが好きだったのだと、気づくのがあと1日でも早ければ。――私はあなたに好きだとこの想いを伝えていたのでしょうか。
高校3年生の春。私は再び、恋を諦めました。
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