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66.一度もとまることはない
「いいかい?りんりん。はじめるよ」
内診が始まって、オレは握ってくれている京利の手を強く握りかえした。京利も事態を正確に把握したようだ。いつになく神妙な面持ちになっている。
カーテンの向こう側には、さえたんがいる。モニターの裏側はこちら側でも見えている。モニターの表側で、さえたんは、じっくり画像を見ながら、かちかちと機械の操作を行い、オレの内部に入れているエコーの向きや角度を調整しながら動かしているのだろう。
オレは固唾を呑んで見守っていたが、さえたんの手がついにとまった。カシャっと乾いたカーテン音がする。
「りんりん、京利くんおめでとう」
カーテンの端からこちら側に顔を出したさえたんが、突き抜けるような満面の笑顔と、聖母のような優しい目で、お祝いの言葉を言ってくれた。
オレは、言葉が出てこない。
京利も、同じようだ。
目だけは、必死にさえたんを見ていた。
「ほら、ご覧。この子は君達の初めての赤ちゃんだよ」
モニターをぐりんとこちらに向けて見せてくれた。
まるく囲われた影の中に、さらにまるくて小さい影が入っているような映像だった。動いているように見えるのがエコー画像のぶれのせいなのか、赤ちゃんの動きそのものなのか、オレには判断できなかった。
オレも京利も画面に目を凝らして、食い入るように見つめた。機械の操作に戻っていたさえたんはさらに、耳をすませるようにオレ達に言った。
「しずかに聴いてて」
どぅくんどぅくんどぅくんどぅくんどぅくんどぅくん
速くて力強い心拍音が部屋中に響きわたる。
「これって」
「そう、赤ちゃんの心臓の音だよ。子宮の中で誕生したその瞬間から心臓は動き始めて、約100年もの間、動き続ける。生を終えるその時まで一度もとまることはないんだ」
どぅくんどぅくんどぅくんどぅくんどぅくんどぅくん
速くて力強い心拍音を真剣に聴いていると、息が切れてくる。
「京利、オレ達の赤ちゃんが、かっこいい」
「ああ、凛その通りだ。なんて力強い心拍音なんだ」
オレ達は上半身で抱きしめあった。
「よし!椅子を戻すよ。画像も音も録音したから、あとでチャットに送ってあげるから。一度ソファに戻ろう」
椅子が戻って、オレの下半身に大きなタオルを掛けてくれてからカーテンが開いて、微笑んでいるさえたんが、赤ちゃんの画像を出力した写真を二枚渡してくれた。
ソファに戻って、二人して写真に釘付けだ。
「かわいいね、京利」
「凛もこの子も、良く頑張ったな。いい子だ」
京利は、オレの頭とお腹を愛おして仕方がないという顔で、優しく撫でてくれた。蜂蜜色の瞳は甘い蜜が滴り落ちそうだ。
「京利が守ってくれたからだよ」
涙が頬を伝う。次から次から流れていく。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
その後は、いつもの検査をして、ジュースをご馳走になった。その間ずっとオレと京利はべったりくっついてお互いに触れ合って安心感を享受し合っていた。
「りんりん、今感じでいる眠気や、だるさ、なんだか億劫だなっていうのも、妊娠の初期に起こる、一般的な症状だからね、心配しなくても大丈夫だよ。
ただこれからは、悪阻、所謂つわりが、程度の差こそあれ、はじまるだろうと思う。気持ち悪くて吐いちゃったり味の好みが変わったりね。そうなると、食べられなくなって、必要な栄養素が不足してしまうことがある」
「冴さん、教えてくれ!どうすればいいんだ」
「そんな鬼気迫る顔しなくても全部教えてあげるから。くくく」
「ぷっふふ、京利、必死すぎて面白いよ。さえたんに全部教えてもらって、それを京利とオレが一緒に協力して実践していけば大丈夫だよ。ね?」
「ふう。そうだな、凛」
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