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72.困惑した可哀想な
オレの特徴はわかりやすいことこの上ない。
・可愛い女の子と一緒にいて、いつも手を繋いでいる。
・首に、ばかでかい噛み痕がある。
・妊娠中でお腹が膨らんでいる。
まあこのぐらいの特徴を言えば、すぐにオレのことだとわかると思う。メイは可愛い。
それにしてもだ。突然ここに現れたのはおかしい。
警戒すべきだ。
悪意のレベルが、尋常じゃない。
メイも考えていることは同じだろう。
目の前に立っている彼女は、ニコニコと愛らしい笑顔で、オレのお腹に視線を向けていた。
背筋が粟立つ。
「あのぉ、どちら様でしょうか」
最大限の根性で、動揺を隠して、のんびりと聞いてみた。メイ、頼む。
「あら、ご存知ないの?京利さん、貴方にも話してなかったのね。フフフフ。もう、京利さんたら。本当に無口な方なんだからウフフフ。
勝手によそに子どもを作ってしまって私にも言えなかったぐらいだものね。
そんなことぐらいで私は怒ったりしないのに、可愛い人だわ。
私達の関係が壊れることがよほど怖かったのね。
私はね、京利さんの許嫁よ。赤ん坊の時から決まっていた婚約者。わかるわよね?
最近、アルファ性の男性にありがちな、よそに番を作ってしまった、という話しを聞いて、これは私から貴方に言ってあげた方が良いと思ってわざわざここまで来たのよ。
だって京利さんから直接お別れされるのはさすがに辛いでしょう?母体にも良くないわ。
貴方から、離れて差し上げてちょうだい。そうすれば京利さんは、何もなかったことにできるもの。
ね?とても良い考えでしょう。
腹の子は、いい病院をご紹介するし、費用も私がもってあげるから、貴方は何も心配しなくてもいいわ」
怒りでもない。
狂気でもない。
妬みでもない。
もちろん殺意でもない。
むしろ、憐憫の気配すらある。
純粋で真っ白な悪意だ。
怖い。
人間の悪意でこんなに怖いと思ったことがない。この人物へではなく、何をするかわからないという恐怖。
「あのっ」
意識をこちらに向けておくために何か、何か話さないといけないのに、こんなときは頭が動かない。変に刺激を与えてはいけない、焦る。
「なにかしら?なんでもきいていいのよ」
「お嬢様!!」
その時、離れて待機していたのであろう。執事服をきたおじいさんが走ってやってきた。
「あら、サカイ。もう年なんだから走ってはだめよっていってるでしょうに、心臓にも負担がかかるのよ?」
「申し訳ございません、お嬢様。京利様からのお電話でございます」
「まあ!それを早く言いなさいな」
執事のおじいさんが、両手で掲げた携帯電話を、上品に受け取り、顔に寄せる。ずっとオレのお腹から目を離さない。
オレは、震えをなんとか抑えこんでいた。
オレの顔は、『突然のことに、困惑した可哀想なオメガ』を演じていた。オレも、この人からは視線を絶対にはずせない。はずしてはいけない。メイも何も言わないけど、手だけは力強く握っていてくれた。
「はい。お電話かわりました。サヤですわ、京利さん」
美しく、可愛らしく、愛しの恋人からの電話を受け取って話している完璧な姿だ。
「あらっそうでしたわ!大事なお約束を私ったらごめんなさい、京利さん。はいっ、今からすぐに向かいます」
切った携帯電話を、執事に返して、捲し立てた。
「サカイ!何をしているの?!今日は京利さんとお食事の日でしょ。忘れちゃってたの?もう、これだからサカイは!うっかり屋さんなんだから。さあ!早く、行くわよ!」
ここでやっと、オレのお腹から視線がはずれた。どっと汗が吹き出す。
歩きだしてすぐにこちらに振り返る。
「使いの者を寄越しますから、指示にしたがってちょうだいね。それではご機嫌よう。リンさん」
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