ある日『運命の番』に出逢ったオレに起こる、なんやかんや、でもやっぱり最高に幸せだと思う。

音羽 りんね

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84.『運命の番』専用席

 


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


 心電図モニターの電子音が真横で聞こえている。

 集中治療室は、親族の者で尚且なおかつ少人数しか入れない。外の細菌やウィルスを、この無菌状態に限りなく近い場所に入り込ませないためだ。パパとママも京利を見たいだろうに、オレに譲ってくれた。『京利のそばに居てあげて』って。

 オレは今、『運命の番』専用席なるものに座っている。嘘みたいな本当の話だ。この病院の集中治療室には『運命の番』専用席がある。

 ここは集中治療室。京利のベッドに辿り着くために、オレは、服を着替えて髪の毛のホコリなんかをすごい風でブオッと吹き飛ばされたあと帽子の中に全部閉じ込めて、手を洗い、顔を洗い、足を洗い、マスクをして、滅菌されたスリッパを履く必要があった。

 オレが妊娠中だということもあってか、足元の様々な機器に繋がったコードや段差で転んでしまわないように、看護師さんが手をひいて誘導してくれた。

『京利っ!』

 心の中で呼ぶ。
 
 専用席は、京利の頭頂部が見える位置から少し左よりだから、眠っている京利の左肩を視界の中心として、頭頂部から足の方まで、斜めに見える感じの位置にある。
 簡素ではあるが、しっかりクッション性がある椅子だ。
 
 椅子に座って、左斜め上から、京利をみる。目が閉じられているからまつ毛は今、ひろげた扇のようになっていて綺麗。鼻が高いから、人口呼吸器大丈夫かな。シュコーシュコーって京利の呼吸をサポートしてくれている。腕から二本の管が出ていて、点滴と輸血が行なわれている。この血は、誰のものなんだろう。京利の中に入れるなんて、ちよっと、いやだいぶ羨ましい。

 もう一度、京利の顔を見る。青白い。京利の匂いがあまりにもしない。覆い被さるように京利の顔にマスク越しに近づく。少しだけ京利の匂いがした。でも薄いし、わかりにくい。消毒液とか血とかいろんな匂いが混じっている。辛い。でも、嬉しい。京利がいた。

 朝(昨日になるのか)には、大学の門の前で、送ってくれた京利と、離れるのがいやだ、さみしい。って、いちゃいちゃして、メイにいい加減にして!って無理やり引き剥がされるところまでがいつものセットで。いつもの朝だったんだ。

 でもオレには、待つしかできない。
 お願い、京利、早く起きて。

 途中で何度も、医師さんや看護師さんや検査技師さんやらなんやらかんやら、見に来ては、点滴パックを交換したり、モニターを調整したり、新たな器具を京利に装着したり、京利の何かしらの数値を観測したり、オレには、よくわからないけど、たくさんの医療を京利にほどこしてくれている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ

 
 もし、この音が消えたら?
 やめろ、考えるな。


 オレは、今の京利の唯一触れても良さそうな頬の部分に指を伸ばした。

 もし、とりかえしがつかないほど冷たかったら?
 やめろ、触るな。

 京利に触れることもできない。
 情けない。

 何もできないまま、そこに居続けた。
 
 皆が声をかけてくるようになった。何を言っているのかわからない。心電図モニターの電子音を集中して聴きながら、京利の高い鼻に被さった人工呼吸器を見ていた。何故かそうしていると、オレはオレのままでいられる気がしていたから。


 やがて夜が明けた。
 
 やがて昼が来た。

 やがて夜が来た。


 遠くにわずかに見える窓の光の濃度で把握した。


 その間に京利に繋がっている輸血パックが、何回か交換されたことは頭が理解していた。


「りんりん」


 名前を呼ばれて、何度か呼ばれていたのかもしれない。よくわからないけれど、頭がさえたんだとわかって顔を上に向ける。

 さえたんだった。わざわざ入ってきたんだ。なんで?




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