ある日『運命の番』に出逢ったオレに起こる、なんやかんや、でもやっぱり最高に幸せだと思う。

音羽 りんね

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2.何をしていたんだ

 

 扉を飛び出して、番の気配を追う。何も考えなくても、迷わず廊下を進んでいく。

 オレは、もともとフェロモンを感じる事が出来ないし、自らフェロモンを出す事も出来ない体質だった。

 でもそんなこと『運命の番』が相手となると、全く関係なかったみたいだ。オレは、今持てる限りの全ての能力を使って、番の気配を追って走る。番の気配を見逃す事があってはならないからだ。

 しばらく無心で走り続けた。気配が感じられる方へ、早く早く早く。そしてハッと気付く。


「ここだ」


 部屋の中から、番の気配が色濃くただよってきている。
 ここは、会議やミーティングで使用する大型の部屋が並ぶ一角だ。講義室からかなり離れているから、オレは、あまり来たことがない棟だ。今は、たくさんのクラスで講義中だからか、学生や教員の姿はなく、閑散かんさんとしている。

 
 はぁはぁはぁ、
 扉の前で、たたずむ。
 なかなか呼吸が整わない。


 ごくんっ、生唾を意識的に一度のみこんで、扉に手をかけた。あぁどうしよう。泣きそうだ。
 思い切って、一気に開く。

 部屋の中、コの字に配置された細長い机に、軽く腰をもたれさせて、ゆったりとこちらを見ている番がいた。直ぐに目と目が合って、お互いに見つめ合う。
 あぁ、ダメだ。視線が捕らわれてしまった、もうらす事なんてできない。ずっと見ていたい。見ているだけで目が潤んでくる。もう死んでもいい。嬉しい。
 部屋中に満たされた空気と匂いが、求愛の雰囲気を大いにはらんでいた。

 これが、フェロモンというものなのかな。

 蜂蜜はちみつに、薔薇ばらを溶かし込んだような濃厚さでありながら、それでいて、森林の太陽の光が差し込む場所で、朝露あさつゆで濡れる新葉のように静かで清廉なフェロモンが、真っ直ぐにオレに向かって放たれている。

 そして、部屋の中を満たす、とんでもなく温かくて甘くて、肌を撫でてくれる心地良い空気。
 全て目の前の番が、オレの為に準備をしてくれたんだ。嬉しすぎて、嬉しすぎて。何も考えられなくなった頭が、目だけは番の姿を映し続ける。


「俺は、ケイトだ」


 あぁ、かっこよくて素敵な名前。彼にすごく似合っている。それになんて良い声なんだ。かっこよくて響く低音で、落ち着いていて、熱い。早く自分も名乗りたい。オレという存在を全部を知って欲しい。もっと近くに行きたい。扉を開けたまま、立ちすくんでいる自らの足に、叱咤して進めと命令し、とにかく部屋の中へ一歩入った。


「オレは、リンです」


「リン」


 自分の名を呼ばれて、オレの全身の細胞が歓喜に打ち震え、つぎつぎに感覚が目覚めていく。もっと呼んで。


「俺の可愛いリン、扉を閉めて、こちらにおいで」


 番は、腕を広げて待つ姿勢になってくれた。


 きゅうぅんって、しぼられているように胸が苦しい。なんでこんなに足が動かないんだよ。早く、早く番の所に行きたいのに足がもつれる。なんでだよ!


「リン、ゆっくりでいいから」


 ケイトは、蕩けるように目尻をさげて微笑んでくれた。それだけの事でオレは勇気づけられる。歩き始めた赤ん坊のように手を前に出して、ヨチヨチと一歩、二歩と歩き出した。
 五歩ほど進んだあたりで、もう待てないとばかりに、番はすっと立ち上がり、手を伸ばしてオレの肩を掴んだ。そして腕の中にすっぽりと強く抱き込んだ。オレもすぐにケイトの背中に手を回した。
 求愛の匂いはそのままに、歓喜の匂いもたちあがる。甘い匂いがより重く、部屋に満ちはじめた。とてもいい匂いに包まれて、オレの身体の力が急激に抜けはじめる。


「ずっと探していたんだ。俺の可愛いリン、いったいどこで、何をしていたんだ」




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