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3章 前編
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さて、自宅から南東に直進すること10分ちょっとで、職場に到着した。
「親方、おはようございます。今日も、お願いします」
「おし。溶解炉の火加減は丁度いいから、すぐ始められるぞ」
ここ、バスチャーガラス工房で俺がビンの制作をするようになってから、2ヶ月くらい経過しただろうか。
1日に20本のビンを作ると、翌日に現物支給で2本が与えられる。
今までトータルで100本近くは家に持って帰ったかもしれない。
俺は自分のビンをそのままの商品として販売しておらず、もっぱら杏仁豆腐の容器として使っている。ビン入り杏仁を納品しても、数日後にビンは返却される。
ただ、返却率は100%ではなく、2~3割ほど戻ってこない分もある。
馬車での輸送中に、揺れた衝撃で割れてしまうこともあるそうだ。
それ以外に、近所の人に1~2本プレゼントした物もある。それでもガラス工房に通い続けている限り、作れば作るほど俺の所有するビンは増える一途だ。
行商人からビンの返却を受けるとき、16本ずつ木箱に入れてもらっていた。
自宅の物置部屋には、既に3箱のビンケースが積み上げてある。他にも水筒や湯呑み代わりに数本を使用中なので、50本は余っている状態だ。
もうビンの在庫は十分確保してある。本当ならバイトは辞めてもいいくらいだ。
近日中、俺は町に出掛ける。
そうすると、今まで通りガラス工房にも通えなくなるかもしれない。
一応、親方に話をしておくべきだろう。
「あのぉ、親方。俺、そのうち町に行ってみようと思うんです」
「ほぅ。ガラス市でも見に行くのか?」
「あ、そういう予定はありませんでしたけど。ガラス市なんてあるなら、行ってみたいです。いつですか?」
「先週くらいに終ったはずだ。次は来年だな」
そういうことなら、もっと早く教えてもらいたかった。
でも、どうでもいい。オッパイコンテストとか、奴隷市場があるなら見学したいが。工房では仕事だからビンを作っているだけで、芸術にそこまで興味はない。
「なんだぁ、それじゃ見れないじゃないですか。それはおいておいて。俺も準備とかで、ちょっと忙しくなりそうなんです。しばらくガラス吹きを休もうと思ってるんですが、かまわないですかね?」
「それなら別に全く問題ないぞ。元々、ワシが1人で作って納品すれば足りているからな。見習いの小僧が作ったビンなんて、あっても無くても大差ないし」
「ですよねー」
「それに、町に出ていたワシの娘一家が帰って来たんだ。孫娘に手伝ってもらうから、お前さんがいなくても助手は間に合うな」
もし俺がバイトを辞めると、入れ違いになってしまうだろうか。
親方の孫娘の話は以前にも少し聞いていたが、顔を見たことは一度もない。
「娘さんの一家って、里帰りでもしてたんです?」
「ワシも娘も生まれは南トリカン村だ。以前、ニンゲンの弟子がいたって話をしただろ。そいつが独立して王都に新工房を作ったんだ。そんで、軌道に乗るまで娘婿がアシストすることになってな。家族総出で長期出張していたが、やっと一段落ついて半年ぶりに村に戻っている」
ということは、今まで親方1人で逆単身赴任という形だったのだろうか。
てっきり、女房子供に逃げられた中年親父だと思っていた。だから、あまり家族の話を聞かないようにしていたのだけど、無駄な遠慮だったようだ。
「へぇ、そんな長く離れて暮らしてたんですか。再会できて良かったですね」
「ああ。ワシの孫娘は目に入れても痛くないほど可愛くてな」
「お孫さんって、年は何歳くらいです?」
親方は蛸入道みたいな顔をしたオッサンだ。こんな人の孫なんて、容姿はあまり期待できそうもない。オッパイが大きいかどうかだけは気になるな。
「孫は4人いて全員メスでな。上が20歳になる。一番下は、まだ8歳だ」
「ほうほう。4人とも女の子なんて珍しいですね」
「ホル族なら普通のことじゃないか。珍しくともなんともない。それよりワシは、孫に1人はオスが欲しかったんじゃが。そしたら、ガラス職人の跡継ぎになって欲しくての。でも、どういうわけか子供も孫もメスしか生まれなかった」
「そればっかりは、授かりものですから仕方ないですねぇ。でも女の子で可愛いなら、それはそれでいいじゃないですか」
「まあ、そうだな。先に言っておくが、ワシの孫娘に手は出すなよ」
「え? 別に手も足も出しません。顔も見たことない20歳のお姉さんなんて」
「8歳の孫娘に種付けしようとしたら許さんからな」
そっちかよ。8歳なら、うちの妹と同じくらいだろう。
俺はロリコンではない。そのうち妹と一緒に風呂に入りたいとか日頃から考えているが、異常性癖は1ミリも持ち合わせてはいない。
「はぁ? そんな犯罪行為、しませんって」
「もし間違いを起こしたら、溶解炉でオス棒に焼入れするから覚悟しておけよ」
うげ……。想像しただけで痛みに悶絶しそうだ。
少し冷やせをかき雑談しつつも、作業は続けている。
口を動かしながら、しっかり手も動かしている。いつの間にか20個の制作が完了した。自分で設定した1日分のノルマが終ったので、帰宅することにした。
「親方、今日も20個が出来上がりました。というわけで、お先に失礼します」
「お前さんは、明日から休むんだろ? 何日かすれば孫娘が工房に入るからの。ちょうど入れ替わりになるな」
「むむむ。いや、今までの月~金は無理ですけど。週2日くらい仕事したいです」
「それでもかまわんぞ」
孫娘が4人もいるなんて話を聞いたら、美人かブスなのか確認してみたいな。
数日間隔でガラス工房への出勤は続けてみようと思う。
いつものように、前回に制作した分のビン2本をもらうと、帰り支度をする。
「では、お疲れ様でした」
「あ、そうだ。帰るついでに荷物運びを頼みたいのだが、かまわんか?」
外に出ようと思ったところで、急に親方から追加の用事を頼まれてしまった。
「荷物? あまり重い物でなければ別にいいですよ」
「なぁに、そんな大した量じゃない。この箱をワシの娘、テルルの家まで届けてもらいたいんだ。場所は……、地図に書いておくか」
大雑把な図が書かれたメモを手渡された。
メモといっても紙ではなく、柏の葉のような大きな1枚の葉っぱだ。それに黒い鉛筆で線を引いて、どこの道から入って何軒目の家と説明を受けた。
それとともに、1つの木箱を受け取った。
「うっ、けっこう重いじゃないですか。中身は何です?」
「新作のコップやガラス皿だ。普段の食事に使ってもらおうと思ってな。絶対に落として割ったりするなよ」
「げぇっ。まあ、善処します」
イヤな雑用を引き受けてしまった。ビン10本分以上くらいの重さだ。
配達先は南トリカン村で、街道から南に入って5~6分ほどの距離だろう。
いつも行っている治療院より少し西の辺りだろうと目星はついている。
んしょ、んしょと、木箱を抱えながら街道を西へ西へと慎重に歩いて行く。
スライムに襲われたら全力で逃げるつもりで警戒しながら足を進めていたが、幸いと奴らに接近されることもなかった。
途中で行商人の馬車付近まで辿り着いた。
街道にフックとブルッサの姿が見えなかったが、どうやら治療院までパンを配達に向かったところらしい。ちょうど、すれ違いになったようだ。
今朝はミルビー狩りが短時間で済み、ビン作りも順調で退社時間が早かったからだろう。午後1時より前に街道に戻ってくるなんて、今まで滅多になかった。
ボーデンの近くで荷物を下ろし、ひと休みすることにした。
「おや、カイホ君。まいどです」
「ども、こんにちわ」
「ガラス工房のお仕事に行った帰りですよね。もしかして、それはガラス製品の納品でしょうか?」
「いえ、これは違います。単に配達を頼まれた途中でして。売り物ではないです」
「ふむ、そうですか。気になりますな。ちょっと中身を見せてもらえませんか? 見るだけですから」
他人から預かっているだけなので、俺の所有物ではないのだけど。
ボーデンとはそれなりに懇意にしているし、見せるだけなら減る物ではない。
木箱の蓋をパカっと開き、ガラス製品をお披露目した。
俺の作るビンと異なり、美しい綾模様のついた手間が入っている作品だった。
「これは素晴らしい出来栄えのガラス食器ばかりですな。水飲みグラス、お皿に、ガラス棒……、箸ですか。カイホ君が制作したビンとは格が違います」
「え、まあ……。俺と親方とじゃ数段レベル差ありますよね。ちなみに、これらを売るとしたらナンボくらいになります?」
「そうですねぇ。その箱の中身全部で二万エノムなら買い取らせていただきます。お売りになりますか?」
「売りませんよ。配達途中の預かり物ですし。横領を唆さないでください」
横領か背任か窃盗かを判別する問題は苦手なので、どの罪状になるかは分からない。ただ、寄託物を勝手に売って代金を自分の懐に入れたら、間違いなく何らかの犯罪行為に該当してしまうだろう。絶対にやってはいけない。
「それは残念です。ラミックさんに、たまには実用品を仕入れさせて欲しいと、お伝えください」
親方も、普段はオッパイビンばっかり作っている。おそらく自分の身内用としてはネタ製品ではなく真面目な形状の食器も制作できるのだろう。
オッパイ型のガラス製品は鑑賞する分には楽しいのだけど、日常用としては多少使いにくい面もある。オーソドックスな定石型の方が売りやすいので、商人の買い取り価格も高くなるようだ。
あの親方も趣味に走らずに普通の製品だけ作っていれば、今頃は一財産を築いていたかもしれない。ちょっと、もったいない話だ。
道草を食ってしまったが、まだ徒歩の宅配便をしている途中だ。
こんな所で雑談ばかりしているわけにはいかない。そろそろ移動再開しよう。
「さて、これを運び終わらないと家に帰れないので行ってきます」
「はい、お気をつけて」
よっこらしょ、どっこいしょ、と荷物を抱えながら歩いて行く。
街道から南に入る小道を進み、目的地らしき家の前に辿り着いた。
村では、どの家も同じ形をしているので分かりにくい。おそらく、ここで合っているはずだ。
「ごめんくださーい。お届け物です。ガラス工房の方から来ました」
「はい、はーい」
俺が玄関ドアをノックすると、中から女性の声で返事が聞こえてきた。
「ども、こんにちわ。ラミックさんに頼まれて荷物を持って来たんですが。ここはテルルさんのお宅でしょうか?」
「ええ。テルルは私の母です。ラミックおじいちゃんから届け物って食器かな?」
家の中から18歳前後くらいに見える女性が出てきたが、親方の孫娘だろうか。
人間で言うところの、耳から頬が隠れる程度の短い髪をした女性だった。
(ホル族なので耳は上から出ていて、どんな髪の長さでも隠れることはないが)
なかなか品の良い感じで、とても可愛い子だ。
あの、いかつい親方とは全く似ても似つかない。
「コップとかガラスの皿みたいなんです。この木箱に入ってますから、家の中まで運びましょうか?」
「けっこうあるね。重かったでしょ? じゃあ台所まで運んでもらおうかな」
「はい。では、お邪魔します」
やはり間取りは、この家も同じようだ。村で標準規格になっている2LDKだ。
目を瞑っても台所まで歩いて行ける。
「親方、おはようございます。今日も、お願いします」
「おし。溶解炉の火加減は丁度いいから、すぐ始められるぞ」
ここ、バスチャーガラス工房で俺がビンの制作をするようになってから、2ヶ月くらい経過しただろうか。
1日に20本のビンを作ると、翌日に現物支給で2本が与えられる。
今までトータルで100本近くは家に持って帰ったかもしれない。
俺は自分のビンをそのままの商品として販売しておらず、もっぱら杏仁豆腐の容器として使っている。ビン入り杏仁を納品しても、数日後にビンは返却される。
ただ、返却率は100%ではなく、2~3割ほど戻ってこない分もある。
馬車での輸送中に、揺れた衝撃で割れてしまうこともあるそうだ。
それ以外に、近所の人に1~2本プレゼントした物もある。それでもガラス工房に通い続けている限り、作れば作るほど俺の所有するビンは増える一途だ。
行商人からビンの返却を受けるとき、16本ずつ木箱に入れてもらっていた。
自宅の物置部屋には、既に3箱のビンケースが積み上げてある。他にも水筒や湯呑み代わりに数本を使用中なので、50本は余っている状態だ。
もうビンの在庫は十分確保してある。本当ならバイトは辞めてもいいくらいだ。
近日中、俺は町に出掛ける。
そうすると、今まで通りガラス工房にも通えなくなるかもしれない。
一応、親方に話をしておくべきだろう。
「あのぉ、親方。俺、そのうち町に行ってみようと思うんです」
「ほぅ。ガラス市でも見に行くのか?」
「あ、そういう予定はありませんでしたけど。ガラス市なんてあるなら、行ってみたいです。いつですか?」
「先週くらいに終ったはずだ。次は来年だな」
そういうことなら、もっと早く教えてもらいたかった。
でも、どうでもいい。オッパイコンテストとか、奴隷市場があるなら見学したいが。工房では仕事だからビンを作っているだけで、芸術にそこまで興味はない。
「なんだぁ、それじゃ見れないじゃないですか。それはおいておいて。俺も準備とかで、ちょっと忙しくなりそうなんです。しばらくガラス吹きを休もうと思ってるんですが、かまわないですかね?」
「それなら別に全く問題ないぞ。元々、ワシが1人で作って納品すれば足りているからな。見習いの小僧が作ったビンなんて、あっても無くても大差ないし」
「ですよねー」
「それに、町に出ていたワシの娘一家が帰って来たんだ。孫娘に手伝ってもらうから、お前さんがいなくても助手は間に合うな」
もし俺がバイトを辞めると、入れ違いになってしまうだろうか。
親方の孫娘の話は以前にも少し聞いていたが、顔を見たことは一度もない。
「娘さんの一家って、里帰りでもしてたんです?」
「ワシも娘も生まれは南トリカン村だ。以前、ニンゲンの弟子がいたって話をしただろ。そいつが独立して王都に新工房を作ったんだ。そんで、軌道に乗るまで娘婿がアシストすることになってな。家族総出で長期出張していたが、やっと一段落ついて半年ぶりに村に戻っている」
ということは、今まで親方1人で逆単身赴任という形だったのだろうか。
てっきり、女房子供に逃げられた中年親父だと思っていた。だから、あまり家族の話を聞かないようにしていたのだけど、無駄な遠慮だったようだ。
「へぇ、そんな長く離れて暮らしてたんですか。再会できて良かったですね」
「ああ。ワシの孫娘は目に入れても痛くないほど可愛くてな」
「お孫さんって、年は何歳くらいです?」
親方は蛸入道みたいな顔をしたオッサンだ。こんな人の孫なんて、容姿はあまり期待できそうもない。オッパイが大きいかどうかだけは気になるな。
「孫は4人いて全員メスでな。上が20歳になる。一番下は、まだ8歳だ」
「ほうほう。4人とも女の子なんて珍しいですね」
「ホル族なら普通のことじゃないか。珍しくともなんともない。それよりワシは、孫に1人はオスが欲しかったんじゃが。そしたら、ガラス職人の跡継ぎになって欲しくての。でも、どういうわけか子供も孫もメスしか生まれなかった」
「そればっかりは、授かりものですから仕方ないですねぇ。でも女の子で可愛いなら、それはそれでいいじゃないですか」
「まあ、そうだな。先に言っておくが、ワシの孫娘に手は出すなよ」
「え? 別に手も足も出しません。顔も見たことない20歳のお姉さんなんて」
「8歳の孫娘に種付けしようとしたら許さんからな」
そっちかよ。8歳なら、うちの妹と同じくらいだろう。
俺はロリコンではない。そのうち妹と一緒に風呂に入りたいとか日頃から考えているが、異常性癖は1ミリも持ち合わせてはいない。
「はぁ? そんな犯罪行為、しませんって」
「もし間違いを起こしたら、溶解炉でオス棒に焼入れするから覚悟しておけよ」
うげ……。想像しただけで痛みに悶絶しそうだ。
少し冷やせをかき雑談しつつも、作業は続けている。
口を動かしながら、しっかり手も動かしている。いつの間にか20個の制作が完了した。自分で設定した1日分のノルマが終ったので、帰宅することにした。
「親方、今日も20個が出来上がりました。というわけで、お先に失礼します」
「お前さんは、明日から休むんだろ? 何日かすれば孫娘が工房に入るからの。ちょうど入れ替わりになるな」
「むむむ。いや、今までの月~金は無理ですけど。週2日くらい仕事したいです」
「それでもかまわんぞ」
孫娘が4人もいるなんて話を聞いたら、美人かブスなのか確認してみたいな。
数日間隔でガラス工房への出勤は続けてみようと思う。
いつものように、前回に制作した分のビン2本をもらうと、帰り支度をする。
「では、お疲れ様でした」
「あ、そうだ。帰るついでに荷物運びを頼みたいのだが、かまわんか?」
外に出ようと思ったところで、急に親方から追加の用事を頼まれてしまった。
「荷物? あまり重い物でなければ別にいいですよ」
「なぁに、そんな大した量じゃない。この箱をワシの娘、テルルの家まで届けてもらいたいんだ。場所は……、地図に書いておくか」
大雑把な図が書かれたメモを手渡された。
メモといっても紙ではなく、柏の葉のような大きな1枚の葉っぱだ。それに黒い鉛筆で線を引いて、どこの道から入って何軒目の家と説明を受けた。
それとともに、1つの木箱を受け取った。
「うっ、けっこう重いじゃないですか。中身は何です?」
「新作のコップやガラス皿だ。普段の食事に使ってもらおうと思ってな。絶対に落として割ったりするなよ」
「げぇっ。まあ、善処します」
イヤな雑用を引き受けてしまった。ビン10本分以上くらいの重さだ。
配達先は南トリカン村で、街道から南に入って5~6分ほどの距離だろう。
いつも行っている治療院より少し西の辺りだろうと目星はついている。
んしょ、んしょと、木箱を抱えながら街道を西へ西へと慎重に歩いて行く。
スライムに襲われたら全力で逃げるつもりで警戒しながら足を進めていたが、幸いと奴らに接近されることもなかった。
途中で行商人の馬車付近まで辿り着いた。
街道にフックとブルッサの姿が見えなかったが、どうやら治療院までパンを配達に向かったところらしい。ちょうど、すれ違いになったようだ。
今朝はミルビー狩りが短時間で済み、ビン作りも順調で退社時間が早かったからだろう。午後1時より前に街道に戻ってくるなんて、今まで滅多になかった。
ボーデンの近くで荷物を下ろし、ひと休みすることにした。
「おや、カイホ君。まいどです」
「ども、こんにちわ」
「ガラス工房のお仕事に行った帰りですよね。もしかして、それはガラス製品の納品でしょうか?」
「いえ、これは違います。単に配達を頼まれた途中でして。売り物ではないです」
「ふむ、そうですか。気になりますな。ちょっと中身を見せてもらえませんか? 見るだけですから」
他人から預かっているだけなので、俺の所有物ではないのだけど。
ボーデンとはそれなりに懇意にしているし、見せるだけなら減る物ではない。
木箱の蓋をパカっと開き、ガラス製品をお披露目した。
俺の作るビンと異なり、美しい綾模様のついた手間が入っている作品だった。
「これは素晴らしい出来栄えのガラス食器ばかりですな。水飲みグラス、お皿に、ガラス棒……、箸ですか。カイホ君が制作したビンとは格が違います」
「え、まあ……。俺と親方とじゃ数段レベル差ありますよね。ちなみに、これらを売るとしたらナンボくらいになります?」
「そうですねぇ。その箱の中身全部で二万エノムなら買い取らせていただきます。お売りになりますか?」
「売りませんよ。配達途中の預かり物ですし。横領を唆さないでください」
横領か背任か窃盗かを判別する問題は苦手なので、どの罪状になるかは分からない。ただ、寄託物を勝手に売って代金を自分の懐に入れたら、間違いなく何らかの犯罪行為に該当してしまうだろう。絶対にやってはいけない。
「それは残念です。ラミックさんに、たまには実用品を仕入れさせて欲しいと、お伝えください」
親方も、普段はオッパイビンばっかり作っている。おそらく自分の身内用としてはネタ製品ではなく真面目な形状の食器も制作できるのだろう。
オッパイ型のガラス製品は鑑賞する分には楽しいのだけど、日常用としては多少使いにくい面もある。オーソドックスな定石型の方が売りやすいので、商人の買い取り価格も高くなるようだ。
あの親方も趣味に走らずに普通の製品だけ作っていれば、今頃は一財産を築いていたかもしれない。ちょっと、もったいない話だ。
道草を食ってしまったが、まだ徒歩の宅配便をしている途中だ。
こんな所で雑談ばかりしているわけにはいかない。そろそろ移動再開しよう。
「さて、これを運び終わらないと家に帰れないので行ってきます」
「はい、お気をつけて」
よっこらしょ、どっこいしょ、と荷物を抱えながら歩いて行く。
街道から南に入る小道を進み、目的地らしき家の前に辿り着いた。
村では、どの家も同じ形をしているので分かりにくい。おそらく、ここで合っているはずだ。
「ごめんくださーい。お届け物です。ガラス工房の方から来ました」
「はい、はーい」
俺が玄関ドアをノックすると、中から女性の声で返事が聞こえてきた。
「ども、こんにちわ。ラミックさんに頼まれて荷物を持って来たんですが。ここはテルルさんのお宅でしょうか?」
「ええ。テルルは私の母です。ラミックおじいちゃんから届け物って食器かな?」
家の中から18歳前後くらいに見える女性が出てきたが、親方の孫娘だろうか。
人間で言うところの、耳から頬が隠れる程度の短い髪をした女性だった。
(ホル族なので耳は上から出ていて、どんな髪の長さでも隠れることはないが)
なかなか品の良い感じで、とても可愛い子だ。
あの、いかつい親方とは全く似ても似つかない。
「コップとかガラスの皿みたいなんです。この木箱に入ってますから、家の中まで運びましょうか?」
「けっこうあるね。重かったでしょ? じゃあ台所まで運んでもらおうかな」
「はい。では、お邪魔します」
やはり間取りは、この家も同じようだ。村で標準規格になっている2LDKだ。
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