ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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フィールドワーク編

森の下拵え

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 エルフ族のことを大まかに調べ終わった。
半分近くが森の海でおおわれているダンジョニアだが、それだけに誰もが交流をしているわけではないし、エルフ族と成ればなおさらだ。必然的に閉鎖的な部族には話を持ちかける気はないし、距離もあるので割りと近くの場所から選ぶことになる。それでも駄目なら少し遠くの部族を選ぶ程度の優先度、現時点ではこんな物だろう。

時間を前後してエレオノーラではなくオークのブーから連絡が入った。
それらしい場所を見つけたので、エルフが居た場合に警戒心を出させないために合流して欲しいと言う事だ。レポートをまとめ現地に移動すると、かつては死体であっただろう残骸や燃えカスの中で情報を交換し合う。

「流石に強心薬と活性薬の素材は少ないか」
「実用目的なら問題ないネ。ワタシ、実は賦活の術を使えるアルヨ。粗末な材料で作た薬、ワタシが食べて皆を元気にするネ」
 ブーからもらった資料では、薬草類の残りが見つかったらしい。
流石に希少ぎみな薬の材料は少なく、今後も採り続けるならば採取量を抑えるべきだ。だがその辺りの対策として、ブーは自分が他者を回復すると提案して来た。

賦活の術というのは自分の気力や魔力を他者へ分け与える術だ。
本来はそれほど効率的ではないのだが、意地汚く生命力の強いオークならば話が違って来る。少ない材料で作った効果の薄いポーションでも、十分に回復することができる。つまりブーが自分で作った怪しい薬を飲んで回復し、その分を他者へ分け与えるという事になる。

「……なるほど。お前さんが俺はともかくサンドニアの連中に殺されてない理由が良く分ったよ」
「それワタシにとっては誉め言葉ネ。さて、此処が目的地ヨ」
 サンドニアはサンドーンの隣国で、昔あったオーク帝国を恨んでいる。
そこを何度も通って居るのにブーが危険な目にあったという話を聞いたことがない。それもそのはずだ。こいつを仲間にすれば簡単に回復してもらえるのだ。傭兵として戦うにせよ砂漠地方に多い遺跡を荒らすにせよ、これほど心強い相手はいない。余った薬代を溜めることが出来ることも大きいだろう。

そんな事を再認識している間に目的地へと辿り着いたらしい。
そこは村の中心にある焼け焦げた大きな木だ。おそらくは村の御神木として祀られて居たに違いあるまい。非常に太く焼け焦げている部分もあれば、まるで動じておらず武器で傷がついただけの場所もある。

「隠し扉ならぬ隠しウロでもあるのか?」
「ちょいと違うネ。それだたら焼け死んでるヨ、焼けてない場所あたらゴブリン槍でも何でも突くネ」
 大樹の焼け焦げてない部分に回ったが、そこではないらしい。
その根元にあるコゲていない地面に這いつくばり、フガフガと鼻を利かせ始めた。見るからに豚の所業で面白みを感じるが、その真剣な表情を見るに必要な事なのだろう。それに専門家のトレジャーハンターがここまでやるのだ、その辺のゴブリンでは気が付くことが出来ない子尾を伺わせた。

そして少しずつ動き、偶に地面を掘り返してニヤリと笑う。

「あたヨ。大木なのに根が張てない。いかにも奇妙ネ」
「なるほど……魔法で地面を掘り返したのか。エルフが同じ系統の魔法を使うなら、複数の魔法を協力し合えるしな」
 おそらく地の魔法を幾つかと、植物操作系の魔法を組み合わせたのだろう。
それも基本形としては大昔ではないだろうか? 木の根っこを操作して避けさせ、魔法で穴を掘って地面を固める。そういうのを手掘りでやれてしまうのがドワーフだが、エルフならば魔法を使って実行するだろう。そして氷室ならぬ土室をイザと言う時の為に作っておいたという訳だ。

本来は貴重な宝物や資料を保管するための場所だろう。
だが以前にブーが言った通り、里にとって重要なのは子供たちだ。空洞部分に子供たちと、世話役の誰かを付けていてもおかしくはないだろう。問題はエルフが壊滅してから、結構時間が経過している事なのだが……。

「今から穴を掘る準備をして間に合うか? 村人を呼ぶにも時間がかかるぞ」
「そこは問題ないね。多分、潜るのはトンネルを作る魔法、その後は眠りの魔法で熊みたいに仮死状態のはずヨ。付き添いは居ても自害……それだけ覚悟すればヨロシ」
 俺の考えを読んだのだろう、ブーはふてぶてしい顔で時間は問題ないという。
しかしその推論におそらく誤りはあるまい。何百年も前に作った部屋ならば少々の事では傷つかないだろうし、地面を潜るだけならトンネルを作る呪文1つというのも納得できる。後は習得者が珍しい仮死の呪文を使ったのか、あるいは習得が難しいが上位にある休眠の魔法のどちらかが使えれば問題ないのは確かであった。

「まったくどういう経緯で全滅したのやら。お前さんの見解は?」
「エルフの抗争違うネ。それだけ判れば無問題ヨ」
 ブーはあくまで悪漢なので見方が冷めている。
エルフが良く使う魔法で子供たちを隠したのであれば、他のエルフならば見逃さない。つまり他のエルフに保護させるという名目で売り払うに問題はないと判れば良いのだろう。過程が獣の群れに襲われたのであろうが、ゴブリンたちが戦争を仕掛けたことが決定的な理由であるとか関係ないのだろう。子供をお宝としてみなす外道に相応しい考えだ。

俺達も魔力源としてしか見なしていないので同類ではあるが、もう少し納得のできる言い訳が欲しかったんだけどな。

「……死骸を食い荒らしたであろう獣の被害が思ったよりも少ないな。やはり獣に襲われてゴブリンの順番ってところか」
「旦那がそう思いたいのならばそうなんでしょうなあ」
 周囲を見渡して適当に呟いた俺の言葉にブーが肩をすくめる。
俺はコンサルタントであって斥候ではないし、例え一匹であろうと獣が入り込んだのならば居座って食える間は死骸を食っていくのだろう。それを考えれば、俺の言葉はあくまで言い訳をする為に口にしていると思われて間違いはない。実際にそうだしな。

頭が冷えたところで頭を切り替えよう、その方が遥かに建設的だ。

「エルフの件は生き残りが居れば意見を聞いた後は予定通りだ」
「居残りたいならエレオノーラの所で世話をするし、そうでなきゃ俺が預けに行く」
「縁起も悪いし、原因が特定されるまでは住みたいエルフは居ないだろうさ」
「その上でこの辺の開発はダンジョン重視で行く。文字通り獣道でご案内ってところだな。村の連中が森に近づく場所は限定するし、村を大きくするときは要相談な」
 心を落ち付かせるために葉巻を二本取り出し一本はブーへ。
まだ土のついた鼻で愛想笑いを浮かべるのが癪に障るが、周囲をコントロールする演技かもしれない……くらいに思って出来るだけ平静を心掛ける。今の俺はプロのコンサルタントなのだし、余計な感情は切り捨てるべきだ。

感傷だのなんだのは、ブーの台詞じゃないが犬に食わせれば良い。
まあ殊勝にもエレオノーラが啼いて居たら慰める材料にする程度であって、余所者の俺が考える事でもないだろうさ。

「その上で間伐とか割りと重要なんだが、薬草の中で陽に弱いやつがあれば説明できるか? もちろん地図でも良い」
「是。そういうの得意中の得意ネ。広さ単位で引き受けるの事ヨ」
 獣や亜人の通り道というのは相場が決まっている。
得物を見つけ易く自分達を覆い隠せる場所であり、木々のような遮蔽物があって相手からはこちらが見えず、こちらからは相手が見通せるような場所になる。逆説的に言えば、そういう場所を作れば獣はまず人間を避けるだろう。亜人の方は獲物がある内は人間に近寄らないし、獲物が居なくなれば放って置いても襲いに行くものだ。

だから彼らのコントロールは森の間伐と下生えの草になる。
見通しの良くなった森は警戒し始めるし、何も生えてない場所でしかも足元が踏み固めてあったらまず来ないと言っても良い。そういう場所を広げて村を守りつつ、同時に鬱蒼とした森はダンジョンまで続いている場所に限れば良いのだ。ブーに相談したのは、そんな事をすると薬草が駄目になる場合に備えての事である。
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