ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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厄介な事故現場

守りと攻めの二重作業

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 村人たちを家に戻してからも作業を続けた。
ジャンが引き連れていた移民や、その近くの開拓民たちはまとめて行動してもらう。相手は狼であり兵士ではないので、集団で行動する連中に飛び掛かっては来ないからだ。

そしてホムンクルスの使い方を教える講座をしながら作業をする訳だ。
必然的に狼たちは襲ってこないし、当初の作業も上流での作業も終えることができるだろう。問題なのは追加作業の方だな。

「ジャンさん。あちらの作業はどんな塩梅ですか?」
「最終過程だったからな。後は穴を深くしながら、岸を整えるだけだった」
 どうやら本来の事故現場は問題なく終わってたらしい。
締めとして次から同じ事故が起きないように、穴を拡げたり、岸での洗濯を扱い易くする作業中で呼ばれたそうだ。この様子ならば最終日に全員で掛かれば良いだろう。もし村人にやる気があれば、彼らだけでも行える作業である。まあ労役であるか、報酬でもなければやらないだろうな。

なので、ここからはまとめて動けるという事だ。
当初の計画通りに進んだだけとはいえ、最近は作業が滞っていたので嬉しく思ってしまう。

「では今から行う作業の全容を説明します」
「工程は三つ。最初に皆で休み、流木の加工を行う場所に柵を作ります」
「言うまでも無く安全に休める場所、狼がやって来ても逃げ込める場所です」
「最悪、ここに籠って内側から射撃を繰り返し、あるいは流木に火を点ければ狼なんぞ何とでもなります。次に上流の作業場で前回同様の作業を行います。これが終わればこの地でもう同じような事故は怒らないでしょう」
 まず村人たちを安心させないといけない。
休憩所と加工場自体の優先度は低いが、イザという時に逃げ込める場所は必要だからな。川から移動させた石を置いた場所もあるし、武器の補給場所と思えば結構重要だ。

休憩所兼加工場と、上流の作業場。
この二か所を抑えておくだけで、数日後には当初の予定はスケジュールの遅延以外は問題なく終わるだろう。その遅れもホムンクルスを計算に入れての話なので、何も知らない地元民からみれば恐るべきスピードの差だ。

「三つの内一つを分けたという事は、積極的な狼対策か?」
「ジャンさんから見れば消極的な部類だと思いますよ? 空いてるホムンクルスを連れて、下生え踏みと間伐を強引に行います。本当は村人にやらせた方がいいんですけどね」
 狼に限らず獣対策の基本は人間の気配と視覚だ。
相手は視線から逃れて隠れて進もうとするし、弱い相手を探る物だ。もし人間が強いと判れば襲おうとしないし、ホムンクルスと人間の区別などつくまい。また、村人にやらせたいというのも、木々を丁寧に扱えないからだ。適当にへし折っても良いのであれば、間伐が少し広過ぎた……と誤魔化せば良いだけの事である。

この作業は本来オマケに過ぎないが、狼が襲ってきそうだという以上は仕方がない。射撃だけで驚かせる為にも、森が見え難い状態だと困る。ボランティアになるが、ここは獣対策を俺たちの手でやってしまおう。

「最初に休憩所に取り掛かるのは、安全面もありますが、全部のホムンクルスを使えば早いからですね。扱いに慣れた者とそうでない者を一緒にして、気を付けながらやりましょう」
「確かにな。私も民を傷つけたくない。我慢するか」
 何というかこいつ、自分は狼退治に加わる気だったな。
こっちに渡って来た移民たちの長みたいなもののはずだが、自覚はあまりないらしい。まあ場合によってはどころか、本人は故郷に戻って親兄弟を助けたいのだろう。あまり村長としては居付きたくないのかもしれない。

とはいえ今回はそういう我儘は止めて欲しいし、ジャンも我慢する気なのだろう。ここはいつまでも我慢して欲しいと思いつつ、作業を始めてしまう事にした。

「ホムンクルスに大きな縦木を立てさせる」
「適当な間隔でこの辺りに立てて行くんだ」
「数名で一つのチームを作って、教える事と練習を繰り返せ」
「ただし絶対にホムンクルスの前に出るなよ? 奴らは人間と違って仲間が居るなんて判断しないからな。縦木を持ったまま歩き続けるし、最悪、転がったお前たちの胸に突き立てちまう。終わったら横に人間の手で木を結べ!」
 作業自体はシンプルだ。縦に木を立てる。
そこに人力で横棒を取り付け、紐で括れば簡易的な柵の出来上がりである。木の高さはどの程度でも良いが、狼が走る時の普通の高さと、ジャンプした時の高さの二段階に横棒が必要だろう。

こうやって柵を巡らし、場合によっては流木を立てかけても良い。そうすることで狼は近寄れず、内側からは射撃できる簡易砦が出来るだろう。もし隣の領地の兵士が奪ったとしても、丸焼きにすれば良いので困らないしな。

「ここはこれで良いだろう。だが、森ではどうするのだ? 遭遇する可能性が高いのだろう?」
「そこはロープを使います。縄張りからのアイデア借用ですが」
 ホムンクルスの最大移動範囲にロープを使う。
この範囲から出るなと命令して置いて、一定ルートを歩かせ、あるいは伐採させていくわけだ。狼が通る高さにロープを結べばよいし、そんなに長いロープがなくとも、盛なのだ、木々の間隔を考えればそれほどの長さは不要だろう。

後は森の中で、人里に近い場所の見通しを良くすれば終りだ。
何も外延部まで移動して、狼と好き好んで接触する必要はない。相手を驚かしつつ、向かって来ても対処に困らないだけの安全圏を広げれば良いだけの話であった。

「その三つをすれば基本的にこの村での作業は終りです」
「もちろん前の作業場を仕上げたり、橋を架ける予定地を見るとか」
「やっておいた方が良い作業はありますけど、危険を冒してまでではないですね。教えていただいた縄張りと言う概念は助かりました。本当に『色々』とね」
 縄を使った敷地の管理は面白い方法だった。
おかげで結界の再起動に関して、色々と言い訳が思いついた。区画の管理で再計算したら、大雨による災害で結界が綻びていたことにしよう。ロープでエリアを区切り、そこの魔力がおかしいことを計測したとでもいって、エレオノーラからありがたい出資と実験のお声が掛かるという流れを作れば良いのだ。

不名誉は自然災害に押し付け、領地を管理している騎士には新方式の実験に協力するという言い訳で名誉を保たせる感じだな。

この時の俺は面倒な作業を簡単に終わらせることばかりで気が付いて居なかった。人間という者は、とても愚かなミスをして、時にもっと馬鹿馬鹿しい事態を引き越すということを忘れていたのである。
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