流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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閑古鳥の鳴く頃に


 遠くでガタンガタンと列車が往来する音が聞こえる。

締め切られた居酒屋には客が居らず、相談する二人の男がいるだけだ。


「これは?」

 六席あるカウンターの一つに座った男は並べられた料理を眺める。

目の前には丼が一つ、お茶とみそ汁が据えてあった。

「昼飯まだだろ? 足代変わりだ。食ってけよ」
 これが都合、二人分用意されており、食事しながらお話という事である。

奥にある小上りを見れば、考案されたメニューの品書きが悲しそうに積み上げられていた。2つある小さなテーブル席に至っては荷物置きでしかない。



「昨日使わなかったマグロで作ったヅケ丼だ。上下で味を変えてある」

「豪勢だな。喰わなきゃ捨てるしかないってのが笑えねえが」

 店主の説明に男は丼の蓋を開きながら苦笑いを浮かべた。

醤油に漬けたマグロが載っており、おそらくは飯の中ほどにも埋まっているはずだ。他では味わえない一品でありその辺の飯屋で食えるものではない。

蓋を開けただけでプンと薫る醤油は、ただそれだけで強いインパクトを与える。

の香りが強いな。醤油にする前のやつか」
 残り物で作ったにしては工夫が凝らしてあるが、褒める気にはならなかった。

何しろマグロと言えば刺身のメインを張れる王様である。他の料理に使えることもあり、こんなに残っていてはいけない代物だった。

つまり、それだけ売れてないという事だ。

「お前さんがオレに奢れるほど成功してるとは思えねえ。やっぱ人が来ねえのか?」

「ああ。腕は悪くないつもりだが……何が悪かったのかねえ」

 日が経ってない『若い』生醤油はいかにもと言った醤油の味がする。

もろキュウに使うもろみの味だな。なんて男が思いつつ深い所まで食べていくと、埋まっているマグロは言われた通り別の下味で漬けられている。まろやかな煮切りの醤油に味醂やら使って濃い味付けに調整されており、上のマグロは生醤油を愉しむためのもの、挟まれている方は漬け込まれたマグロを愉しむ為の物だろう。

ただ、この丼はここで終わらない。

「最後は茶か?」
「お好みでどうぞ」
 途中でお茶を一口含むと、味の対比を確認しながら食べ進んだ。

口を茶で洗い、再びマグロを食べて考えを二つばかり整理する。まずは一つ目。この丼がお茶との相性を考慮されていることに理解は及んでいるので、最後の三分の一ほどはお茶漬けにして味の変化を愉しむことにした。

生醤油とマグロとお茶、いずれも楽しめる中々の昼餐であったと言えよう。

「……さっきの話だがな。何が悪いって何もかもだよ。沿線とはいえ支線も良い所でベッドタウンがあるわけでも娯楽施設があるわけでも無し。オマケに過疎化が進んで周囲はシャッター商店街と来た」

 腹が落ち着いたところで、もう一つの考えを口にした。

男はコンサルタントをやってることもあり相談を受けたのだが、僅かとはいえ客の前でやるわけにもいかず、昼間から一緒に豪勢な残り物を片付ける事に成ったというわけだ。

流石に正式な依頼ではないのでまだ調査まではしていないので即座に特定は出来ない。だが判る事もある。

「叔父さんは此処で上手くやってたそうなんだがなあ」

「よほど上手くやってたんだろ。それにだ、売れなくなる理屈は山ほどある。そのどれかが当たってるんだろうな」

 気の置けない仲ではあるが、言うべきところは言わざるを得ない。

店主とは昔馴染みだが、伝奇小説よろしく『叔父さんの遺産を受け継いだ』とか言って、働いていた店を円満に辞めた後で此処に店を開いたのが半年ほど前のことだ。郊外なのに工場は無い、オフィスはない、オマケにライバルにも仲間にも成れるコンビニまで少し離れた場所にあると来た。

以来、お客はまばらで閑古鳥がすっかり泣いている。

「つーか、そもそもまだ半年だぞ? そのくらいは赤字上等なんだよ。第一、叔父さんに紹介受けたわけでも『暖簾分け』したわけでもないんだろ」

「そりゃまあそうだが……」

 店主は元から料理人だったが最初から独立狙いだったわけではない。

良い立地と悪い立地の区別など知らず、ノウハウも持ってはいなかった。物覚えは良く小器用にこなす方だったので、場所に合わせて居れば何とかなると思っていたらしい。これが叔父さんの引退で入れ替わったのならば、もう少し客も居ただろう。

ここから更に落とすのは簡単だが、男は良い面も口にする事にした。

「まあライバルは居ねえんだ。大通りは離れてるとはいえ沿線でバスも通る道の前、ライバル自体が居ないとそこだけ聞けば好立地なんだ。客さえつかめばどうとでもなるよ」

 依頼料は出世払いとはいえ、依頼人には違いないし長年の友人である。

やる気を削ぐのはどうかと思うし、改善するならばするべきなのだ。まだ過疎化が進み切ったわけでもない。周囲もベッドタウンではないとはいえ、開発が進む可能性がゼロではないのだ。コンビニの立っている大通側ばかりでこちら側はそうならない可能性もあるが、全てが悪い方向に進むとも限るまい。

それに大規模な投資をしたわけでもなく受け継いだだけなのだ。経験を貯めつつ場所を変更するとか、傷が深くない内にさっさと見切りをつけるとかやりようがあるだろう。

「具体的には? とりあえず色々なモンを並べてみたけどそれ以前の段階だったよ」

「そりゃな。家でも飯は食えるのに、良く知らない店で創作料理とか出されたらゾっとしねえよ。定番の品に絞って、そいつがあれば安心して呑めるようにして見ろよ。お客の懐にも店にも優しい鳥料理とかサラダがお勧めな。それが終わったら、まずはでっかくアピールタイムだ」

 男はそう言いながら店主の差し出したお品書きを分類し始めた。

食べたことがあって美味いとは知っているが、ガーリックチャーハンみたいな腹を満たす料理は除外。そういう意味ではこのヅケ丼も論外かもしれない。他にも呑み屋でよく見かける料理をことごとくサイドメニューと書き綴って分けてしまい、品書きは幾らも残らなかったのである。

そして肝心の、周辺の人々にアピールをしていないという重大な欠点を指摘する。

「頼めばサイドメニューや裏メニューが出てくるのはいいけど、呑み屋の本命は酒。そして酒の進むアテだぜ?」

「判ってるよ。もう少し考えてみる」

 僅か数枚のメニューを見て店主は人生を否定されたような気がしてガックリした。

繰り返すが彼は小器用な性質であり、一品にのめり込む性質では無かったのだ。これぞ! と鼻息荒くするような料理はついぞ覚えがなく、何を作ろうか迷うのであった。アピール? 右から左に流れそうな程度には、重要な事項だと気がついても居ないのは大きな欠点だろう。

ただ、自分でお願いした相談を流すほど愚かでもない。

「後はそいつを中心に据えて、飲み方に合わせたセット価格にしとけば人は来るさ。一杯ひっかけて帰る客、本腰入れる客、ダチと騒ぎたい客。みんな違うだろ?」

「だな」

 それらを踏まえた上で、一意専心。まずはセットメニューに思案を絞る事にした。

場所が場所的に席料を取るのは難しい。お通しは不要な客も居るだろうし、間に合わせで出すなら低価格で。酒を呑んだらお通しはタダということにすれば、一杯だけなら安価に見える。そして本命は小鉢のセットで、あとはそいつの数を出すか、それとも酒を付けるかの差でしかない。

以上が友人の出した改善案であり、店主は夜までメニューの推敲に頭を悩ませるのであった。

これが小沢健という店主の始まりの物語である。
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