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三回目にはそっと出し
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看板を設置しメニューを張り出した効果だろうか?
まばらな客足というのは変わらないが、効果が少しはあったのか徐々に増えはして来た。どうしてこれだけのことで変わるのか悔しく思うが。たったそれだけのことを思いつけなかったのかという疑問の方が、より比重は大きい。
やはり誰かが先にやったことを漠然と見て居るのと、助言を元に苦心した経験の差なのだろう。
「いらっしゃい。今日は何のセットにします?」
その日も数少ない常連の一人がカウンターに座る。
秘かに『カッパさん』と呼んでいるのだが、決して頭に皿などない。くたびれた帽子を必ず脱ぐのだが、もちろん生え際は後退などしていなかった。
理由としてはセットに選ぶ小鉢の内容にあった。
「もろキュウとキュウリのタタキ」
「あいよ」
そう、必ずキュウリに関する料理を選ぶのだ。
ようやく表れた常連であり、しかも安価なキュウリで済ませて、酒を延々と呑むという非常にありがたい客だった。だがが心の中だけとはいえ、ついカッパさんなどと呼んでしまうのも仕方あるまい。後光がさしているなら拝んでも良いくらいだ。
ともあれ早速の注文なので取り掛かろう。
(最初は食欲のそそるタタキからだな)
キュウリのタタキは棒で叩いてから刻んだニンニク他と和えたものである。
ニンニクの強烈な臭いが良いらしい。一度お試しで自家製の黒ニンニクを出してみたが、臭いが薄いのと甘くなるので首を振られてしまった。ショウガを入れても要れなくても良いのに不思議な物である。ともあれ良い具合に漬け込んだキュウリのタタキを小鉢に盛って提供するための準備を整えていった。
なお、仕方ないので黒ニンニクは後日チーズと盛り合わせることになっている。
「キュウリのタタキ、おまち。日本酒で良かったですかね?」
「ああ」
まずは先に手の掛からない一品出しておいて、オススメの鶏肉に取り掛かる。
スローペースで舐める様にキュウリを少しずつ食べるので、余裕を持って間に合うはずだった。最初のキュウリが尽きた頃に、もろみを封から出して香り高いまま、もろキュウを用意するのがこの人に対するルーチンと言えるだろう。
合間に入れるオススメを考慮すれば良いだけなら、実に気易いお客様であった。
(とはいえ甘えちゃ駄目だよな。知り合いであろうと、無かろうと……だ)
ただそれだけ、提供するだけでは惰性に成り果てる。
二種のキュウリのうちどちらでも良いのに、あえてタタキの方を先に出したのには理由があった(もろみの方が香りが強いのもあるが)。叩いている分だけキュウリのサイズに差ができるので、カッパさんがどの程度のサイズが好きなのかを見測る為だ。
適正サイズを測ってから、もろキュウに使うキュウリの厚さを変化させることにしている。
(不揃いのキュウリで作った浅漬けをサービスしてみるのも良いか。原価は安いもんだしな)
そう考えながら、鶏の骨付きモモ肉をタレに漬けてジックリと焼いていく。
サービスというだけならば、少し大きめの肉でも良いのだが、これだけキュウリが好きなら浅漬けの方が喜ぶかもしれない。もちろん客が居ない事に同情して安いキュウリばかり頼んでくれているかもしれないので、油断は禁物とはいえる。あるいは最初に出したのもこの山賊焼きなので、タレの甘さと喧嘩しないキュウリを選んだだけという可能性すらあった。
それらの場合はやはり、惰性でやって居たら二度と来ないこともあるので油断は禁物だ。
(いきなりはどうかと思うし、少しずつ話を増やす程度かな。まずはサービス品といこう)
勝手な思いで折角の常連客の気分を害しても逆効果だろう。
キュウリが好きなのか、他に意味があるのかも観察していたが、焼き上げの中でも気を付けるところに差し掛かったので考えを中断した。思えばこの焼き加減も程度に差があるのだろうが、まずは自分が一番良いと思う状態で出しておく。
変に気は使わず、親密になってから相手の好みを尋ねる程度で良いだろう。
「山賊焼きの男や……。っとワイルドです。もろキュウはもう少し後で出しますね」
「そうしてくれ。それと、次はぬる燗で」
「あいよ!」
定番商品化するにあたり、山賊焼きのバリエーションに名前を付けた。
骨があってジックリ焼く男焼きはワイルド、骨なし肉を軽く煮込んでから焼く女焼きはマイルドと名称を変更。どっちも出したことがあるが、カッパさんはワイルドの方を気に入っているらしく、今回はこちらを提供、早速ガブリとやってから残った冷酒を呑み切りに掛かっていた。
ぬる燗を温めだした所で、キュウリを縦に割っていく。
(今回は縦長で作るか。この方が手掴みで食う鶏モモと合せ易いはずだ)
いつもとは違って形状に変化を持たせる。
横に切っても縦に切っても良いのだが、手掴みで骨付き肉を喰らいながら箸休めにするならこちらだろう。醤油を作るときに出る『もろみ』を分けてもらっているので、これをベースにした物を掛ければ完成だ。友人は素人でも美味しくできる料理は厳禁だと言っていたが、もろキュウばかりは別だと言っていたくらい酒との相性も良い一品である。
こちらは小鉢と呼びはするが、平皿に盛って『もろみ』を塗り易いようにして提供する。
「今日はスティック型にしてみました。良ければ余りで作った浅漬けも一緒にいかがですか? お通しと同じでサービスしときますよ」
「もらおう」
即座に応える辺りよほどキュウリが好きなのだろうか?
もろキュウの瑞々しさで鶏肉の油でも流してるのかと思う程に、パクバクとキュウリを食べていく。それはそれとしてオマケで出すとはいえ、浅漬けなんかジップロックに入れて漬け込めば家庭でもできるのだが、不思議なものである。あるいは酒好きで好きでたまらず、時間を掛けてつまめる上に、もろみを肴にして呑めるのを好んでいるだけかもしれない。実際、指先に付いたもろみを舐めて酒を流し込む姿は、小説で出て来る戦国武将を思い出さなくもなかった。
そんなことを思いながら昨日の残りで作ったキュウリの浅漬けを取り出す準備に移る。
(良い浸かり具合だ。難点を言えばアレンジし難いくらいかな?)
まずはお通し様の小皿に入れて様子を見る。
サービスでもあるし、他の料理を作った時に出る手屑で作った場合は、この程度の分量が丁度良いだからだ。料理にも使っている生の醤油を使った物で、日が経っておらず若い状態であることもありツンと香りが漂った。
マグロの漬け丼の時は惜しいばかりだったが、今日はこの香りに手応えを感じていた。
「気に入ったら教えてください。次は小鉢の量で用意しますんで」
「その時はもう一本付けてくれ」
なお、手応えはあったがミスもあった。もろキュウも浅漬けも生醤油の味じだ。
ぬる燗の入った御銚子を振ってるカッパさんから受け取りつつ、その時になってようやくミスに気が付いたというわけだ。どうせ進めるのであれば、キュウリのタタキと前後して出せばよかった気がする。それならば山賊焼きを挟んで、味が変化するからだ。まだまだ未熟なので推敲が必要だなと思いつつ、そろそろ次の客が来ないかなと心配をし始める自分を感じる。
ついこの間までは常連の一人でも付けば大切にすると言っていたのに、この有様とは我ながら浅ましいものだと苦笑した。
いずれにせよ閑古鳥の鳴いていた居酒屋は、徐々に進み始めた。願わくばお客ともども栄えあらんことを。
看板を設置しメニューを張り出した効果だろうか?
まばらな客足というのは変わらないが、効果が少しはあったのか徐々に増えはして来た。どうしてこれだけのことで変わるのか悔しく思うが。たったそれだけのことを思いつけなかったのかという疑問の方が、より比重は大きい。
やはり誰かが先にやったことを漠然と見て居るのと、助言を元に苦心した経験の差なのだろう。
「いらっしゃい。今日は何のセットにします?」
その日も数少ない常連の一人がカウンターに座る。
秘かに『カッパさん』と呼んでいるのだが、決して頭に皿などない。くたびれた帽子を必ず脱ぐのだが、もちろん生え際は後退などしていなかった。
理由としてはセットに選ぶ小鉢の内容にあった。
「もろキュウとキュウリのタタキ」
「あいよ」
そう、必ずキュウリに関する料理を選ぶのだ。
ようやく表れた常連であり、しかも安価なキュウリで済ませて、酒を延々と呑むという非常にありがたい客だった。だがが心の中だけとはいえ、ついカッパさんなどと呼んでしまうのも仕方あるまい。後光がさしているなら拝んでも良いくらいだ。
ともあれ早速の注文なので取り掛かろう。
(最初は食欲のそそるタタキからだな)
キュウリのタタキは棒で叩いてから刻んだニンニク他と和えたものである。
ニンニクの強烈な臭いが良いらしい。一度お試しで自家製の黒ニンニクを出してみたが、臭いが薄いのと甘くなるので首を振られてしまった。ショウガを入れても要れなくても良いのに不思議な物である。ともあれ良い具合に漬け込んだキュウリのタタキを小鉢に盛って提供するための準備を整えていった。
なお、仕方ないので黒ニンニクは後日チーズと盛り合わせることになっている。
「キュウリのタタキ、おまち。日本酒で良かったですかね?」
「ああ」
まずは先に手の掛からない一品出しておいて、オススメの鶏肉に取り掛かる。
スローペースで舐める様にキュウリを少しずつ食べるので、余裕を持って間に合うはずだった。最初のキュウリが尽きた頃に、もろみを封から出して香り高いまま、もろキュウを用意するのがこの人に対するルーチンと言えるだろう。
合間に入れるオススメを考慮すれば良いだけなら、実に気易いお客様であった。
(とはいえ甘えちゃ駄目だよな。知り合いであろうと、無かろうと……だ)
ただそれだけ、提供するだけでは惰性に成り果てる。
二種のキュウリのうちどちらでも良いのに、あえてタタキの方を先に出したのには理由があった(もろみの方が香りが強いのもあるが)。叩いている分だけキュウリのサイズに差ができるので、カッパさんがどの程度のサイズが好きなのかを見測る為だ。
適正サイズを測ってから、もろキュウに使うキュウリの厚さを変化させることにしている。
(不揃いのキュウリで作った浅漬けをサービスしてみるのも良いか。原価は安いもんだしな)
そう考えながら、鶏の骨付きモモ肉をタレに漬けてジックリと焼いていく。
サービスというだけならば、少し大きめの肉でも良いのだが、これだけキュウリが好きなら浅漬けの方が喜ぶかもしれない。もちろん客が居ない事に同情して安いキュウリばかり頼んでくれているかもしれないので、油断は禁物とはいえる。あるいは最初に出したのもこの山賊焼きなので、タレの甘さと喧嘩しないキュウリを選んだだけという可能性すらあった。
それらの場合はやはり、惰性でやって居たら二度と来ないこともあるので油断は禁物だ。
(いきなりはどうかと思うし、少しずつ話を増やす程度かな。まずはサービス品といこう)
勝手な思いで折角の常連客の気分を害しても逆効果だろう。
キュウリが好きなのか、他に意味があるのかも観察していたが、焼き上げの中でも気を付けるところに差し掛かったので考えを中断した。思えばこの焼き加減も程度に差があるのだろうが、まずは自分が一番良いと思う状態で出しておく。
変に気は使わず、親密になってから相手の好みを尋ねる程度で良いだろう。
「山賊焼きの男や……。っとワイルドです。もろキュウはもう少し後で出しますね」
「そうしてくれ。それと、次はぬる燗で」
「あいよ!」
定番商品化するにあたり、山賊焼きのバリエーションに名前を付けた。
骨があってジックリ焼く男焼きはワイルド、骨なし肉を軽く煮込んでから焼く女焼きはマイルドと名称を変更。どっちも出したことがあるが、カッパさんはワイルドの方を気に入っているらしく、今回はこちらを提供、早速ガブリとやってから残った冷酒を呑み切りに掛かっていた。
ぬる燗を温めだした所で、キュウリを縦に割っていく。
(今回は縦長で作るか。この方が手掴みで食う鶏モモと合せ易いはずだ)
いつもとは違って形状に変化を持たせる。
横に切っても縦に切っても良いのだが、手掴みで骨付き肉を喰らいながら箸休めにするならこちらだろう。醤油を作るときに出る『もろみ』を分けてもらっているので、これをベースにした物を掛ければ完成だ。友人は素人でも美味しくできる料理は厳禁だと言っていたが、もろキュウばかりは別だと言っていたくらい酒との相性も良い一品である。
こちらは小鉢と呼びはするが、平皿に盛って『もろみ』を塗り易いようにして提供する。
「今日はスティック型にしてみました。良ければ余りで作った浅漬けも一緒にいかがですか? お通しと同じでサービスしときますよ」
「もらおう」
即座に応える辺りよほどキュウリが好きなのだろうか?
もろキュウの瑞々しさで鶏肉の油でも流してるのかと思う程に、パクバクとキュウリを食べていく。それはそれとしてオマケで出すとはいえ、浅漬けなんかジップロックに入れて漬け込めば家庭でもできるのだが、不思議なものである。あるいは酒好きで好きでたまらず、時間を掛けてつまめる上に、もろみを肴にして呑めるのを好んでいるだけかもしれない。実際、指先に付いたもろみを舐めて酒を流し込む姿は、小説で出て来る戦国武将を思い出さなくもなかった。
そんなことを思いながら昨日の残りで作ったキュウリの浅漬けを取り出す準備に移る。
(良い浸かり具合だ。難点を言えばアレンジし難いくらいかな?)
まずはお通し様の小皿に入れて様子を見る。
サービスでもあるし、他の料理を作った時に出る手屑で作った場合は、この程度の分量が丁度良いだからだ。料理にも使っている生の醤油を使った物で、日が経っておらず若い状態であることもありツンと香りが漂った。
マグロの漬け丼の時は惜しいばかりだったが、今日はこの香りに手応えを感じていた。
「気に入ったら教えてください。次は小鉢の量で用意しますんで」
「その時はもう一本付けてくれ」
なお、手応えはあったがミスもあった。もろキュウも浅漬けも生醤油の味じだ。
ぬる燗の入った御銚子を振ってるカッパさんから受け取りつつ、その時になってようやくミスに気が付いたというわけだ。どうせ進めるのであれば、キュウリのタタキと前後して出せばよかった気がする。それならば山賊焼きを挟んで、味が変化するからだ。まだまだ未熟なので推敲が必要だなと思いつつ、そろそろ次の客が来ないかなと心配をし始める自分を感じる。
ついこの間までは常連の一人でも付けば大切にすると言っていたのに、この有様とは我ながら浅ましいものだと苦笑した。
いずれにせよ閑古鳥の鳴いていた居酒屋は、徐々に進み始めた。願わくばお客ともども栄えあらんことを。
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