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思わぬ誤算
●
努力することが好きなら創意工夫という物は良いものだ。
健はこれまでメニューを豊富にすることを第一にしてきたが、ひとまず深みやそのバリエーションに力を注ぐことにした。
「今日のオススメは何?」
「こいつです。煮凝りはオマケですがね」
数少ない常連の男性陣に供した後、最後に唯一の女性が来店。
健はまず器を三つ切りに分けた物を用意し、三種類のお通しを並べた。いずれも同じ料理を一口大に絞り、三形態のバリエーションで用意した物だ。一つ目は魚の煮凝り。二つ目は魚の味を移した豆腐の欠片。三つ目は魚と共に煮込んだタケノコの薄切り。いずれも魚市で購入したメバルを使った品である。
お通しなのは小鉢として出す前に、感触を掴む為であった。
(豆腐が一番売れると思うんだが……。まあ今の客数だとタケノコの方でも問題ないかな)
予想お客の好みはまるで別の物だからこそ読めないからこそ対処が重要だ。
昼間に仕込んだメバルの煮付け。これを豆腐と煮込んだ物と、タケノコと煮込んだ物を用意した。味のしない豆腐の方を濃くしており、タケノコの方はもう少し抑えてある。酒に合うのは豆腐の方だとは思うが、他にも歯応えがまるで違うので後は好みの問題である。そして皿への盛り方だが、相手の利き手の位置へタケノコ側を、煮凝りを挟んで豆腐を逆手の側に置く。そうすることで味の濃い順番に食べることができる。
懐石などで仕込まれる盛り方の応用だが、何を好むかを見て取れるのがありがたい。
「お好きな方を後でお出しします。もし煮凝りがお好きな場合は、適当な食材を指定していただければ上に掛けてお出ししますよ」
「それなら熱いご飯が欲しいわね。はしたないけど最後の一杯に丁度良さそう」
この返答を聞いて健はままならぬものだと思った。
常連のカッパさんには『メバルは良いからタケノコだけ山ほど欲しい』なんて言われてしまった。解せぬ。やはり自分が好きな傾向の物を自分が好きなペースでつつきながら、酒を愉しむアテにするのが酒呑みなのだろう。自分勝手にくつろぐことが居酒屋の楽しみなのかもしれない。
ともあれ、ここからは客の選択だ。後は尋ねられたら応えれば良い。
「お酒は日本酒にするとして後はそうねえ。ナムルとお刺身ちょうだいな。ナムルはもやしよね?」
「そうですね。あれが一番手が掛かりませんから。刺身とナムル一丁!」
ナムルというのは茹で野菜に醤油ベースのタレを絡めたサラダ系の料理だ。
この店では生醤油を適量で垂らすことで、香りの強さと甘みを調整している。今日に限ってはお勧めがメバルの煮付けで甘辛いと判っているので、出汁醤油をベースに醤油感は控えめにして、代わりに酢を入れてサッパリさせてあった。唐辛子とニンニクを入れてパンチを効かせれば、同じ醤油系でも甘露醤油を多めに使った煮つけとは違った辛さに感じられるあろう。。
そして良くも悪くも、このお客の注文は醤油の風味の差を愉しむモノと言えた。
(味が被るから出す順番には注意しないとな。口を洗うための御冷も気を付けておくか)
味の差は変えているとはいえ、三種類すべてが醤油系ではある。
そこで以前の失敗を踏まえて出す順番を考慮する事にした。刺身の盛り合わせは前菜とも言えるナムルの少し後に出す。もちろん丁寧に処理したメバルの刺身も入っているので、煮つけとは違った楽しみ方が出来るだろう。他にはイカと貝類の中でその日の市場で手に入り易かった物を盛ってある。最後にメバルの煮つけを小鉢で出してから、飯を茶碗によそって煮凝りは別の小鉢で付ける予定だ。
頭の中で予定が組めたところで、まずは甘酸っぱいナムルを供する。
「今日は薄味のものばかりね。こうなるとこないだのシラウオも欲しく成って来るけど」
「すいません。今日は手に入らなかったので」
煮付けのような濃い料理と、味の強い赤身の刺身は並び立ち難い。
もちろん酒やお冷で口を洗ってしまえば別だが、それならばいっそ最初から薄味の白身魚の方が良いだろうと判断した結果だった。その中でもメバルを刺身と煮つけの対比で演出しているので、後はイカや貝類でまとめた形になる。刺身醤油としては生醤油と甘露醤油を用意しているが、この日ばかりは生醤油がメインの予定だ。長持ちしない生醤油の消費を測りたかったのも事実だが。
そんな目論みを抱えつつ刺身の小鉢を出してひとまずは様子見を行う事にした。
(しかしサラダは思ったより出るな。他の料理に使えることもあるし、バリエーションを増やしてみるか。手早く安価で出せるナムルの他か……対比を考えたら、逆に暖かい温野菜あたりか? となるとシザー・ドレッシング以外だな)
今の所、煮つけのバリエーションは成功しそうで、欠点も補えている。
ならば次の創意工夫も試したくなるのは当然の事だ。最近偶に寄ってくれてるこの女性がナムルで口をサッパリさせているのを見ながら、温野菜のバリエーションを考えてみた。茹で野菜はよく使うので味の変化が欲しい。山ほどメニューを並べるなとは言われているが、定番料理としてナムルと差し替えにするのは悪くないだろう。
妥当なところでチーズあたりだろうか?
(野菜に合わせたチーズを選び、そのままと茹でたバージョンで……いやチーズも焼いた物の組み合わせもあるな。ニンニクは無理だろうがそういう時こそ自家製の黒ニンニクの出番かもしれん)
温野菜のサラダという構想は変えない方が良いだろう。
そこで思い立ったのは、やはり用意するソースを客の好みに合わせて入れ替える方法だった。実際に元居た料理屋でもベーシックなサラダを出してソースを選べるようにしていたし、その変化球として温野菜を選ンだけでと言える。ただ、酒にアテにするならば標準的なサラダよりも悪くないのではないかという手ごたえを感じた。
ちなみに黒ニンニクはプラムみたいな甘さを持つから温野菜のサラダに合うはずだ(チーズを大前提とするならだが)。
「あら? 顔に何かついてる?」
「いえいえ。今度は温野菜とチーズのサラダを用意してみようかと思いまして、酒は何が合うかな? とか思ってただけです」
顔色を伺うのは悪癖だが、嬉しそうな反応を見るのは良いものだ。
適当な答えで返しつつどんなバリエーションが用意できるかを考えていく。歯応えが欲しい人には切り取ったチーズを、軟らかいのが好きな人には焙ったチーズを用意する。それだけならば大した手間ではないし、常連ならば好みに合わせて予め準備することも可能だろう。なんだったらチーズの盛り合わせとして、少数を組み合わせても良い。
やり過ぎと本末転倒には注意が必要だが、シンプルな料理だけに面白そうな展望を思いついたと言える。
「それは嬉しいわね。完成したら教えて頂戴? 試させてもらうわ」
「その時はお通しで出しますよ。いつも通り酒を呑んでくれるなら無料にしますんで、気に入ったら小鉢で頼んでください」
愛想の可能性もあるが、できれば人気の料理になって欲しいものだ。
そんな風に考えていた時期もあったのだが……後日、臭いが薄いのに生よりも健康的であると知って、この女性が持ち帰りまで検討する程に黒ニンニクを気に入るとは思いもしなかった健であった。
ともあれ、こうして徐々に常連と定番料理が充実していく事になった。
努力することが好きなら創意工夫という物は良いものだ。
健はこれまでメニューを豊富にすることを第一にしてきたが、ひとまず深みやそのバリエーションに力を注ぐことにした。
「今日のオススメは何?」
「こいつです。煮凝りはオマケですがね」
数少ない常連の男性陣に供した後、最後に唯一の女性が来店。
健はまず器を三つ切りに分けた物を用意し、三種類のお通しを並べた。いずれも同じ料理を一口大に絞り、三形態のバリエーションで用意した物だ。一つ目は魚の煮凝り。二つ目は魚の味を移した豆腐の欠片。三つ目は魚と共に煮込んだタケノコの薄切り。いずれも魚市で購入したメバルを使った品である。
お通しなのは小鉢として出す前に、感触を掴む為であった。
(豆腐が一番売れると思うんだが……。まあ今の客数だとタケノコの方でも問題ないかな)
予想お客の好みはまるで別の物だからこそ読めないからこそ対処が重要だ。
昼間に仕込んだメバルの煮付け。これを豆腐と煮込んだ物と、タケノコと煮込んだ物を用意した。味のしない豆腐の方を濃くしており、タケノコの方はもう少し抑えてある。酒に合うのは豆腐の方だとは思うが、他にも歯応えがまるで違うので後は好みの問題である。そして皿への盛り方だが、相手の利き手の位置へタケノコ側を、煮凝りを挟んで豆腐を逆手の側に置く。そうすることで味の濃い順番に食べることができる。
懐石などで仕込まれる盛り方の応用だが、何を好むかを見て取れるのがありがたい。
「お好きな方を後でお出しします。もし煮凝りがお好きな場合は、適当な食材を指定していただければ上に掛けてお出ししますよ」
「それなら熱いご飯が欲しいわね。はしたないけど最後の一杯に丁度良さそう」
この返答を聞いて健はままならぬものだと思った。
常連のカッパさんには『メバルは良いからタケノコだけ山ほど欲しい』なんて言われてしまった。解せぬ。やはり自分が好きな傾向の物を自分が好きなペースでつつきながら、酒を愉しむアテにするのが酒呑みなのだろう。自分勝手にくつろぐことが居酒屋の楽しみなのかもしれない。
ともあれ、ここからは客の選択だ。後は尋ねられたら応えれば良い。
「お酒は日本酒にするとして後はそうねえ。ナムルとお刺身ちょうだいな。ナムルはもやしよね?」
「そうですね。あれが一番手が掛かりませんから。刺身とナムル一丁!」
ナムルというのは茹で野菜に醤油ベースのタレを絡めたサラダ系の料理だ。
この店では生醤油を適量で垂らすことで、香りの強さと甘みを調整している。今日に限ってはお勧めがメバルの煮付けで甘辛いと判っているので、出汁醤油をベースに醤油感は控えめにして、代わりに酢を入れてサッパリさせてあった。唐辛子とニンニクを入れてパンチを効かせれば、同じ醤油系でも甘露醤油を多めに使った煮つけとは違った辛さに感じられるあろう。。
そして良くも悪くも、このお客の注文は醤油の風味の差を愉しむモノと言えた。
(味が被るから出す順番には注意しないとな。口を洗うための御冷も気を付けておくか)
味の差は変えているとはいえ、三種類すべてが醤油系ではある。
そこで以前の失敗を踏まえて出す順番を考慮する事にした。刺身の盛り合わせは前菜とも言えるナムルの少し後に出す。もちろん丁寧に処理したメバルの刺身も入っているので、煮つけとは違った楽しみ方が出来るだろう。他にはイカと貝類の中でその日の市場で手に入り易かった物を盛ってある。最後にメバルの煮つけを小鉢で出してから、飯を茶碗によそって煮凝りは別の小鉢で付ける予定だ。
頭の中で予定が組めたところで、まずは甘酸っぱいナムルを供する。
「今日は薄味のものばかりね。こうなるとこないだのシラウオも欲しく成って来るけど」
「すいません。今日は手に入らなかったので」
煮付けのような濃い料理と、味の強い赤身の刺身は並び立ち難い。
もちろん酒やお冷で口を洗ってしまえば別だが、それならばいっそ最初から薄味の白身魚の方が良いだろうと判断した結果だった。その中でもメバルを刺身と煮つけの対比で演出しているので、後はイカや貝類でまとめた形になる。刺身醤油としては生醤油と甘露醤油を用意しているが、この日ばかりは生醤油がメインの予定だ。長持ちしない生醤油の消費を測りたかったのも事実だが。
そんな目論みを抱えつつ刺身の小鉢を出してひとまずは様子見を行う事にした。
(しかしサラダは思ったより出るな。他の料理に使えることもあるし、バリエーションを増やしてみるか。手早く安価で出せるナムルの他か……対比を考えたら、逆に暖かい温野菜あたりか? となるとシザー・ドレッシング以外だな)
今の所、煮つけのバリエーションは成功しそうで、欠点も補えている。
ならば次の創意工夫も試したくなるのは当然の事だ。最近偶に寄ってくれてるこの女性がナムルで口をサッパリさせているのを見ながら、温野菜のバリエーションを考えてみた。茹で野菜はよく使うので味の変化が欲しい。山ほどメニューを並べるなとは言われているが、定番料理としてナムルと差し替えにするのは悪くないだろう。
妥当なところでチーズあたりだろうか?
(野菜に合わせたチーズを選び、そのままと茹でたバージョンで……いやチーズも焼いた物の組み合わせもあるな。ニンニクは無理だろうがそういう時こそ自家製の黒ニンニクの出番かもしれん)
温野菜のサラダという構想は変えない方が良いだろう。
そこで思い立ったのは、やはり用意するソースを客の好みに合わせて入れ替える方法だった。実際に元居た料理屋でもベーシックなサラダを出してソースを選べるようにしていたし、その変化球として温野菜を選ンだけでと言える。ただ、酒にアテにするならば標準的なサラダよりも悪くないのではないかという手ごたえを感じた。
ちなみに黒ニンニクはプラムみたいな甘さを持つから温野菜のサラダに合うはずだ(チーズを大前提とするならだが)。
「あら? 顔に何かついてる?」
「いえいえ。今度は温野菜とチーズのサラダを用意してみようかと思いまして、酒は何が合うかな? とか思ってただけです」
顔色を伺うのは悪癖だが、嬉しそうな反応を見るのは良いものだ。
適当な答えで返しつつどんなバリエーションが用意できるかを考えていく。歯応えが欲しい人には切り取ったチーズを、軟らかいのが好きな人には焙ったチーズを用意する。それだけならば大した手間ではないし、常連ならば好みに合わせて予め準備することも可能だろう。なんだったらチーズの盛り合わせとして、少数を組み合わせても良い。
やり過ぎと本末転倒には注意が必要だが、シンプルな料理だけに面白そうな展望を思いついたと言える。
「それは嬉しいわね。完成したら教えて頂戴? 試させてもらうわ」
「その時はお通しで出しますよ。いつも通り酒を呑んでくれるなら無料にしますんで、気に入ったら小鉢で頼んでください」
愛想の可能性もあるが、できれば人気の料理になって欲しいものだ。
そんな風に考えていた時期もあったのだが……後日、臭いが薄いのに生よりも健康的であると知って、この女性が持ち帰りまで検討する程に黒ニンニクを気に入るとは思いもしなかった健であった。
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