流行らない居酒屋の話【完】

流水斎

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杞憂と経験


 頑張った結果が通用することもあれば、残念ながら意味がない事もある。

それでも諦めず精進して居れば、その過程も何かの役に立つことがあるだろう。それに悪評が立つことに比べたら努力が無駄だったというのはマシな方だ。経験値に成ったと笑えばいい。

今回のお客はマイナスの要素がないある意味で豪快な人であった。

「アメリカの方ですか。なるほど」

「はい。ずっと日本のことは聞いていました。カレーとラーメンはそれぞれ三回くらい連れ回されました」

 その女性は体格もってかまったく物怖じしない人だった。

事前に土曜の18時から始めて20時から21時に早めに切り上げると聞いていたので、てっきり留学生なのかと健は勝手に思っていた。そういう訳で女性目線とか気にしなくても、それほど問題なく愉しんでくれただろう。もちろん体格が大きかろうと気にする人はするし、他の女性の為に前回の改善は役に立つと思うので無駄足ではないと信じよう。それと間取りを広くしたことはとても役だったので意味はあったと思っておく。

前向きに捉えることにした健は定例通りにお通しから供する事にする。

「これはお通しというアミューズグールですのでお代は頂きません」

「スリミですね。聞いていた通り二種類あります」

 お通しは酒を頼んだら無料というルールだったが、予約でも無料にした。

予約客ならば殆ど酒を呑むだろうし、ならば最初からそう言っていた方が、色々とサービスしているという証拠になるだろう。そして今回用意したお通しはカニカマを変化させたものだ。一つは蟹足のような形状のまま焙ってタルタルソースを付け、もう片方は解して和風ドレッシングをまぶしてある。最初は大皿に盛ろうとしたのだが、写真に撮った時にいまいちだと思ったのだ。ならばお通しとして出してしまった方が良いという事に成った。

それに日本人のお客がカニカマを料理とみなさないかもしれないろいうのもある。

「頼んでいた物はあるかしら?」

「はい。こちらにご用意させていただきました」

 予定通り茹で野菜に温めたチーズを載せたものを用意。

カニカマの代わりに用意したのは、基本に立ち返ってクラッカーである。安心して飲んでもらえる肴にするならば、余計なことはしない方が良いという判断だ。

興味を引くのは次の皿以降で良いのだから。

「適当な所で次の皿を御持ちしますね。メニューや他のお客の注文で気に成った物があれば、おっしゃっていただければその都度にご用意します」

「その時はお願いするわね」

ひとまずはセットメニューとして、対比できる物を二つ出す。

カツオのタタキとローストビーフは予定通り、クロケットに関してはチーズ味が消えた程度だ。茹で野菜にチーズが付くからチーズ味が消えたというくらいで特に意味はない。もし残念なことがあるとすれば、後日に聞いた感想として、クロケットよりも普通のコロッケの方が食べ応えがあって評判が良かったくらいだ。これはこれでまた別の場所で役に立つことだと思っておくことにした。

ひとまずは好評な様で安堵する健であった。

「そういえばラーメンのスープはどうしてあんなに美味しいのでしょうか? 全て飲むのは健康的ではないと判っているのですが」

「……フランス料理のソースみたいなものですね。アレを大量に欲しいという人は世の中に大勢居られるでしょうけど、やはり健康的ではないかと」

やがて個人経営の居酒屋らしくトークタイムに突入した。

偶に判断に困る質問もあるが、料理人に料理のことを聞く程度の会話なので困ることは無かった。日本語に流暢なのも周囲に在日米軍の友人が大勢いたから覚えておいたという事で、やはり何度も聞いて覚えるのが一番だと逆に教えてもらった。漫画やアニメでよくあるような怪しい外国人というのはあまりいないそうだ(発音的な物は別にして)。

そして話が進めば逆に教えてもらうようなこともある。

「なるほど。自分のこだわりが重要……と」

「そうですね。カレーも美味しいと思いますが、辛さや揚げ物を自分の欲しいだけ追加できるのが一番です」

やがて誰もが知る大手カレーチェーンの話になる。

当事者が居るなら聞いてみたかったのが、どうして某カレーチェーン店が米軍を始めとした海外勢に人気なのかだ。確かにチェーン店は味の保証がされているが、健としては大きな街にはつきものの、こだわりカレー店の方が美味しいのではないかと思っていたのである。

いや、そういう意味ではまだまだ健は甘かった。あるいは日本の常識は世界の非常識という言葉を知らなかっただけとも言える。

「そもそも同じチェーン店で同じ味で、メニューと同じ物が出てくるのは日本だけですね。ステイツでは美味しい店は美味しいですが、ひどい店は形も味もまったく違います」

「……ははっ。それは凄いですね」

 聞きたくなかった事実だが、有名ハンバーガー店でもそうらしい。

マニュアルとかどうなってんの? と聞きたくなったが料理人ではない人に聞くのも野暮だろう。無理に聞いても『レシピは指標に過ぎない』とか『自由の侵害になるから杓子定規に押し付けてはならない』とか言い返されそうで怖いというのもある。

店によっては形が良かったり美味しかったりということは、単純に店長の方針なのだろうと思っておく。

「タケル。質問ですが、この店でカスタムのオーダーは可能ですか? オリジナルの料理は難しいでしょうけれど」

「単純に増やすだけなら普通に可能です。少量で味を変える場合ですと、手間に合わせて割増料金を頂きますが」

 小鉢は400円均一にしているので量を増やすならば割増料金だ。

もちろん大皿ならば最初から量は大目だし、追加料金でかなりお得な追加をしている。それはそれとして味の強弱を修正したり、洋風・和風のアレンジなどは問題ない。

端的に指針を挙げるのであれば、手間の問題だろう。

「量なら数を頼むので問題ありませんね。日本はチップなどがありませんのに、ランチでノーマルな料理が2000円を軽く超えるとかはあまり見ませんでした」

「その辺りは料理と地価によりますかね」

 なんでも欧米では昼食でも2000円を超える事が普通らしい。

日本のカレー店やラーメン店だと辺り1000円を超えると犯罪的とまで言われているのに対照的である。もっともそういった例でも、やはり地価や人件費の問題がメインだと思えば高騰化するのも仕方がないのかもしれない。

それはそれとして注文の話に入ろう。

「注文なのですが唐揚げをもう少しスパイシーにして、大皿の大盛りでお願いします」

「……も、持ち帰りですか?」

「持ち帰りOKならもう少し頼んでも良いかもしれませんね。普通に食べますよ」

 失礼とは思いつつ、即座に質問してしまう健であった。

なにしろ既に色々と注文して食べているのに、今から食事だと言わんばかりに唐揚げを大皿の大盛りで注文するというのだから尋常ではない。設定している量は小鉢の七倍なので相当な量の筈なのだが……。

なんというか物語で見るアメリカ人というイメージそのままではないかと思ってしまった。

「持ち帰りOKなの? じゃあ私は黒ニンニクを中心に持ち帰ろうかしら?」

「器の用意がありません。勘弁してください」

 そんな話になったものの、二人は21時にならない内に切り上げた。

理由としては簡単で、門限はもう少し余裕があるのだが緊急呼び出しがあれば一定時間内に戻らないといけないそうだ。電車では間に合わないのでバスで無ければならず、この辺りは郊外なので21時にはバスが終了するという理由だったらしい。

それらの話を聞いた健は、新しい張り紙に交通機関の時間表を用意する事にしたという。
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